第73話 持ってくるもの
月曜日の6時間目の終わりに先生が言ったひとことが原因で、それからのヒロの1週間はメチャメチャになってしまった。
最初からすべてが謎めいていた。家から持ってきた容器を使うというのはわかった。でも宝箱って何だろう? みんなは納得できたんだろうか。どうしていまから工作の日までにそんなものを手に入れたり集めたりできるのかもわからないし、まして学校に「金曜日を持っていく」というのはどういうことなのだろう? 先生の言っていることがよくわからない。みんなは平気な顔をして聞いている。ぼくだけがわかっていないんだろうか。どうすればいい? ヒロは不安だったけれど誰にも聞けずにいた。
先生は宝箱を集めろといった。ということは、もうみんなは宝箱を集めているのか? ぼくが知らないだけで、みんなはふだんから当たり前のように宝箱を集めているんだろうか? だいたい宝箱っていったい何だろう? ぼくが思いつく宝箱は海賊やドラゴンなんかが出てくる絵本にかいてあるような、木でできた大きな箱だ。ふたがちょっと丸っこかったりして、頑丈な鍵がかかったりして、角のところやなんかが黒い鉄のちょうつがいで止めてあったりして。
火曜日、ヒロは1日中そんなことばかり考えていた。でも宝箱だなんてそんなもの、もちろん、うちにはない。
そうか。水曜日にヒロは考える。もうひとつ思いつくのは、せみのぬけがらとか特大のビー玉とか超特大のおはじきとか必勝のメンコとか大事なモノをいろいろしまってあるヒミツの箱だ。けど、そんなものを学校に持って行くんだろうか? ヒロはそれをカバンに入れるかどうか迷う。ヒミツの箱を学校の工作の時間なんかに持っていきたくない。だってそんなことしたらヒミツの箱じゃなくなっちゃうじゃないか! 少年はちょっとずる賢く考えて、ヒミツの小箱のように見えるクッキーの缶をお母さんからもらって、それを持っていくことにした。中にはふだんから遊んでいるようなビー玉とメンコを入れた。特大のや超特大のにくらべるとずっとフツーのやつだ。
でも、本当にわからないのは金曜日だ。金曜日を持っていくというのはどういうことだろう? 宝箱と金曜日を持っていくなんて、ぼくの学校は魔法学校にでもなってしまったんだろうか?
ヒロは考えすぎてだんだん頭がぐらぐらしてきた。
金曜日の学校の準備をして来いってことかな、なんて思ったけど、その日は金曜日なんだからあたりまえの話だ。じゃあカレンダーから金曜日のところを切り抜いて持っていくのかな。それとも金曜日っぽいモノをいろいろ集めて持っていくのかな。金曜日っぽいものって何だろう? 金曜日の新聞。金曜日のテレビ番組。それくらいしか思いつかない。それとも金色のものかな。ボタンとか色紙とか色鉛筆とか。
木曜日の終わりの時間にまた先生が「明日は宝箱と金曜日に容器をくっつけて工作するから忘れず持ってくるように」と言った。まただれも質問しなかった。どうしてだろう? どうしてぼくだけわからないんだろう? ぼく以外のみんなはわかっているのに、ぼくだけわかっていない。まるでどこか知らない他の世界にまぎれこんでしまったみたいだ。ヒロはだんだんこわくなってきた。どうなっているんだろう? 金曜日の朝、少年はとうとう本当に熱を出してしまい、学校を休むはめになる。だから、その工作の時間、いったい何が行われたのかわからずじまいになってしまう。
それ以来ずっと、みんなはどんな宝箱や金曜日を持っていったのか、自分の理解できない不思議な授業は何だったのか、ヒロは心の奥深くで気にし続けることになった。
* * *
四半世紀ぶりに小学校の同窓会が開かれ、四十歳近くなったヒロは思い切って恩師にその時のことを尋ねてみる。もしかすると自分が熱を出して見た夢なのかも知れないけれど、と前置きして、宝箱と金曜日に悩み続けたその1週間の話をする。横で話を聞いていたクラスメートたちは皆ぽかんとして「何のことだ?」とさっぱり要領をえない。やはり夢だったのかと思ったところで恩師が呟く。
「なんて言ったんだっけ? 『ぜんじつまでにあつめたからばこときんようびにいえからもってきたようきをつかって……』」
「ほら!」
「何が」
「前日までに集めた宝箱と金曜日に、って」
「えっ?」そして恩師が笑う。「宝箱じゃない。から箱だよ、前日の木曜日までに集めた“から箱”と、金曜日に家から持ってきた容器だよ」
どっと笑いが起き、ヒロは頭をかく。長年の謎が氷解してほっとする気もするが、どことなく釈然としない心地も残る。それからしばらくすると再び、疑念が頭をもたげる。本当はどうだったんだろう? ぼくのいない工作の時間、みんなは宝箱と金曜日を持ち寄っていたんじゃなかろうか。そしていまとなっては、そうであった方が自分にはしっくりくることにヒロは驚いたり納得したりする。
(「宝箱と金曜日」ordered by 巻巻-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)
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