第67話 えっ、どこどこ?
小さいころから「えっ、どこどこ?」というのが口ぐせで、よくみんなにからかわれてきた。
みんなが同じものを見ているとき、たとえば遠足に行ってバスの中から「ほら、ウサギがいるぞ」とかみんなが騒いでいるときに見つけられない。中学校の行き帰りに友だちが「あの子かわいい!」とか話しているときにその子が見つけられない。水族館などに出かけて「あそこに説明が書いてある」とか言われてきょろきょろ探しても見つからない。見つけられず「えっ、どこどこ?」と言ってしまうのだ。
近視だからというのもあるけれど、そんなに目が悪いわけじゃない。それなのにしばしば一人だけ見逃してしまうのだ。「エッドコドコ」、略してエドッコというあだ名を付けられたこともある。女子として、そんなあだ名は本当に嫌だったので何とかみんなと同じように見ようとするのだが、どうしても見ることができない。まるで自分の視界にだけ、対象物が存在しないかのように。
そのことが屈辱的で、コンプレックスだったので、何かが見えるとか見えないとか言う話にはできるだけ近づかない習慣ができた。さらに年齢が上がるに従って「えっ、どこどこ?」と口に出してしまわず、まわりと調子を合わせて見えているフリをするようになっていった。自分だけ見損なっているというのをわざわざ告白しなければ、いちいち確認を取るわけでなし、ものごとは円滑に進むように思われた。
けれどごく最近になって、ある発見があった。これはかなり重大な発見だった。長い間気づかずにいたのだが、冷静に観察してみれば、逆に相手が「えっ、どこどこ?」と言う場合も、実は結構多いのだ。この発見のきっかけは、ある人と付き合うようになったことだ。何かの拍子に「見逃すキャラ」の話になって、その時に相手が首を傾げたのだ。
「あれ?」と彼はしばし考えてから言った。「それ、最近よく言ってる気がするんだけど」
「えー! わたし、言わないようにしているからそれはないと思う」
「君が、じゃなくて、ぼくが、だよ」
「へっ?」
いままでそんな話をあまりしたことがなかったので、なかなか気づかなかったのだが、言われてみればそんな気もする。彼の場合、わたしが何かを見つけて「あ。綺麗な模様」とか、「あれって人の顔みたいに見えるね」とか、「わー、すごいカラフル」とか叫んだときに、何のことを言っているのかさっぱりわからないことがあるというのだ。そんな情けない話ってあるだろうか。わたしはみんなの見ているものが見えないし、みんなはわたしの見ているものが見えないなんて! ものすごくズレてるみたいじゃない。超どんくさいみたいじゃない。
「それ、違うかもよ」情けない顔をしていると彼が言った。「それって、実はひょっとしてひょっとするとすごいことかもよ」
「なにが」ぶんむくれてわたしは答える。「なにがすごいのよ」
「犬笛ってわかる?」構わず彼は続ける。「犬を呼ぶ笛。人間には聞こえない笛」
「犬笛? 知らない」っていうか、犬笛くらい知ってたけど、何なのそれ?と思ったからそう言ってやった。「っていうか何なのそれ?」
「それが聞こえる人がいるんだ。わかる?」そんなに噛んで含めるように言わなくてもいいじゃない。わかるよそれくらい。「普通の人には聞こえない音域が聞こえる聴力の持ち主が」
「ふーん」そこでようやくあっと気がついた。「あっ」
「かもよ」彼がうなずきながら言う。「普通の人と見える色覚の範囲がずれてるのかもよ」
さてここで質問です。
みなさんはページの左下の「♡応援する」という文字に青い色が付いているように見えていますか? 見えていたらわたしのと同じ視力の持ち主かも知れません。
(「視力」ordered by aisha-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)
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