第50話 空からの手紙

 井上平太について調べれば調べるほど奇妙なことが次から次に出てくる。まず彼は日本においてはまったくうだつの上がらない冴えない中年男に過ぎなかった。会社に勤めていたのだが出世コースからもはずれ、いつ肩を叩かれてもおかしくない閑職で日々を無為に過ごしていた。それがネッセメアに訪れて以降、人が変わったように精力的になり、性格もとても同一人物とは思えないくらい明るく積極的になり、事実また人望も集めるようになっていた。日本にいた頃には井上がリーダーシップを発揮するなんてほとんど考えられもしなかったことだ。


 ところがここでは違ったようだ。いまこうして彼の足跡を訪ね歩いて、当時を知る人を探していても、井上平太の名前を出すとそれだけで村人たちの対応が変わってくる。話を聞く限りほぼ全員が井上のことを知っており、それも極めて重要な人物だと認識しているらしいのだ。ある村では、我々が井上の知り合いだとわかっただけで、いったいどこからこんなに出てきたのかというほどの群衆がわらわらと湧いてきて完全に取り囲まれた。身の危険を感じるほどだったが、後からわかったことは、彼らには井上の知人を傷つける気なんてあるわけがなかった。なにしろ井上はネッセメアにおいて、ほぼ神に等しいと言っていい崇拝を受けていたのだから。


 その証拠を示すものがあるというので、ある村で我々はその証拠とやらを見せてもらうことにした。村の中心の広場に面して建つ呪い師の広壮な家に連れ入れられ、そこで何かの木の根を搾ったえぐみのある飲み物を飲まされ、さんざん霊力を自慢された後で我々はその証拠を見せてもらった。そこには数枚の英語で書かれたビラがあった。ビラにはこのエリアに潜伏するテロリストへ降伏を呼びかけるメッセージが書かれていた。このあたりの島ならどこにでもまかれているようなありふれたビラだった。


 どういうことだろうと我々が顔を見合わせていると、呪い師は突如、長々とした話を物語り始めた。それはこれまでネッセメアでは採集したことのないような不思議で陰影に飛んだ物語だった。世界が終わる危機に瀕し、大地は揺れ、大波が押し寄せ、恐ろしい毒が満ちあふれた。世界を闇に引きずり込もうとする力に反して、ネッセメアの民の中から非力な者たちが立ち上がり、途方もない冒険を経て闇の力を闇の中に押しとどめることに成功する。スケールの大きなファンタジーだった。


 語り終えると呪い師は言った。これがその手紙に書かれている物語だ、と。イノウエはそれを読むことができ、我々に伝えることができたのだと。空からの手紙には大切なことが書かれているのだ、と。


(「空からの手紙」ordered by helloboy-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

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