第38話 骨董女

 え? 彼女ですか? いましがた帰っていった方。ええ。骨董女。確かにそう呼ばれています。さっきも呼ばれてましたよね。どうしてかって? さあ、お客さんはどうしてだと思います? 骨董を扱う仕事をしているから。妥当ですね。でも違います。骨董品好きだから。うーん。そのこと自体は間違っちゃいないでしょうけど、でも名前がついた理由ではありません。え? 意外と年がいっているから? ああ。あっはっは。お客さん、知りませんよ。ご本人に言いつけちゃいますよ。そうですねえ、確か30歳を少し越えたくらいだったと思いますけど、でも、それで骨董呼ばわりされちゃたまりませんね。あなた、そういうこと言っていると30過ぎた女性全員を敵に回しますよ。しかしあれですね。考えて見りゃ家具や調度が30年たてばそれなりに年季が入ってくるもんですが、人間の場合40〜50年は過ぎないと「年季が入った」って感じはなかなかしてこないもんですなあ。


 失礼。脱線してしまいまして。え、何ですって? 住んでいる家が骨董だらけだから。ははあ。いろいろ思いつきますねえ。でもそれは不正解。あたしはたまたま彼女のお宅を知っているんですが、ごぞんじでしょうか、ほら一昨年だったか、神社の森の近くにできた大きなマンション、あそこにモダーンな感じで住んでますよ。家具なんかもほらイームズだかなんだかの椅子とかね、ミラノだかどこかの机だとかね、わたしは詳しくないんでわかりませんが、そういう素敵な住まいを写真入りで紹介している雑誌に出てきそうな、そんな部屋ですよ。えっ? なんでそんなに家の中の事情まで詳しいのかって? ふっふっふ。ご想像におまかせしますよ。


 実はお父さんなんだろうって? おやおや。色っぽいほうには想像してくれないんですか? まあこんなおじいちゃんですからね。想像しろっていう方が無理がありますね。いや実際おっしゃるとおり、年齢的にはあたしなんか父親と言ってもおかしくない。付き合う人ならお客さんくらいの年齢の方のほうがふさわしい。え? そこに住む前の家が骨董だらけだったからだろうって? そりゃあそういうこともあるかもしれないけれど、やっぱり名前がついた理由じゃありませんなあ。名前? ああ。苗字か名前をもじったんだろうって? うーん。


 お客さん。聞くまでもないことですが、彼女のことが気になるんですよね。「骨董女」って呼び名が妙で気になったからだけだって? そんな。誤魔化しちゃいけません。美しい人ですし、とても理知的です。ピアノなんかもお上手で。お仕事でも、かなりできる方のようですよ。素晴らしい女性です。でもね。ああ。やっぱりやめときましょうか。これは言わない方がいいんでしょうかね。え? 聞きたいですか? 本当にいいですか? ひょっとすると聞かない方がよかったと思うかも知れませんよ。


 じゃあ白状しますがね。さっきの話、なんで彼女の家の中をよく知っているのかって話。実はね。以前にその、お付き合いしていたことがあるんですよ。冗談でしょうって? いやいやお気持ちはわかります。それはね、あたし自身がそう思っていましたからね。親子の年齢差ですし、それにあたしの方はもう……。ああ、こういうこと、本当は言わない方がいいかも知れないんですがね、お客さんだから話してしまいますがね、あたしはもう、そういうこととは縁がないと思っていましたからね。それこそ何年も、いや家内に先立たれてから二十年近くも、その、女性にその、触れることもなかったわけですから。はい。しかし忘れていないもんですね。お付き合いしている間はすっかり若返ったような感じでしたな。心も、身体も。体の向きとか道具とかそれこそ場所とか、あたしどもの若い頃には考えられないようなことを最近の女性は……ああ、これはさすがに言い過ぎですね。失礼しました。


 ただ、話はこれだけじゃないんです。さっき一緒のテーブルにいた男性、一緒に出て行ったでしょう? ご覧になりました? そう、年輩の方です。わたしより二つ三つ上じゃないかな。いまはあちら様とお付き合いされているんです。信じられないって? いやいや。半年くらい前まではもう少し若いけど、やはり年輩の方とお付き合いされていたんですよ。おわかりになりましたか? そう。彼女と付き合うことのできたわたしたちがね、自嘲的に言い始めたんですよ。こんな骨董品みたいなものを愛してくれるとは、ってね。それで骨董女です。


 どうです? ショックでしたか? やっぱり聞かない方がよかったですか? おやおや。大丈夫ですか。水でもお持ちしましょうか。いやいや失礼しました。お客さんがあんまり熱心なんでちょっとからかってみたくなってね。え? 冗談ですよ冗談。決まっているじゃないですか。さっきお客さん、正解をおっしゃったんです。そう。名前のもじり。本当はね、トウコさんっておっしゃるんですよ、あの方。それがひっくり返ってコットウさん。さっきの男性は一緒にジャズバンドをやっているベーシストの方です。付き合っているかどうかまでは知りませんがね。はっはっは。半信半疑って顔をしてますね。おわびに一杯おごらせてください。アンティーク・ウーマンって名前のカクテルです。たったいま発明しました。


(「骨董女」ordered by futo-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る