第37話 ダイイング・メッセージ

 DVDを見終わる頃、せかせかとした足取りで女探偵は現れた。戸口でいったん足を止めひとわたり部屋を眺め、関係者が全員そろっていることを確認し、口を開く。

「遅れてしまって申しわけありません」

 口元には軽く笑みを浮かべている。ちっとも申し訳なくなんか思っていない顔つきだ。

「事件の概要をまとめたビデオはご覧いただけましたか」

 室内のあちこちから唸るような返事が聞こえる。確かに事件の概要はよくまとまっていた。殺された作家が見つかった夜に始まり、誰が発見し、どう通報したか。どの証言が疑わしく、どの証拠が何を意味しているか。人物関係はどのようになっていて、そこにどんな利害関係があったか。手際よくまとめられていた。


 でも、そこに結論はなく、ただ、いまここにいる室内の関係者全員が容疑者だと匂わされたところで終わっている。誰もいい気分になれっこない。だいたい予めこんな映像を用意しておくなんて、最初から遅れて来るつもりだったのは明白だ。いけすかない演出だ。「もし私が遅れるようなら先に事件をまとめたDVDを見ておいてください」などとメモがついていたが、この登場のタイミングは良すぎる。本当はどこか近くで様子をうかがっていたに違いない。あるいはDVDを見ている我々の反応から犯人の目星をつけようとでもいうことだったか。


「今回の事件は一見、非常に簡単に見えました」女探偵は戸口のそばにたったまま話し始めた。「刺された傷、凶器のナイフ、落ちて止まった時計、口紅のついたグラス、そしてダイイング・メッセージ。」

 それから女刑事は滑り込むような身のこなしで部屋の中に入り、ある一人の大柄な女性の前にたった。

「アンナさん、あなたが犯人ですか?」呼ばれた女は目を白黒させて、とんでもないわたしは何の恨みもないし、ご主人さまにはよくしていただいたと返事した。「はい。家政婦のアンナさん、あなたは犯人ではありません。あなたご自身には完璧なアリバイがあるんです。にもかかわらずあらゆるものがあなたが犯人だと指し示しているのです。あなたはご存じないでしょうけど」

 わたしが? 犯人ですって? どうして? とおろおろするアンナをそのままにして、女探偵は華奢で体の弱そうな女の前に進む。「マリエさん、あなたは犯人ですか?」そう言われた女はただでも青い顔を一層蒼白にして凍り付く。「大丈夫あなたも犯人ではありません。でもアンナさんを指し示す証拠を丹念に洗っていくとやがてあなたに行き着くように巧妙な仕掛けが施されていました。これは驚嘆すべき周到な計画です」。


 女探偵は中央に進むと全員に向かって言う。「あなたがたは犯人ですか?」不満げな否定の声が漏れる。「はいその通り、あなたがたのどなたも犯人ではありません。でも一つひとつの証拠を洗っていくと、まず誰かが浮かび上がり、それが崩れ始めると次に他の人物が浮かび上がる。アンナさんの次はマリエさん、マリエさんの次はジローさん、ジローさんの次はナオミさんという具合に」

 聴衆はざわつくが女探偵は構わずに続ける。

「でもどの場合にもその人が犯人でないことを示すものが一つだけ残るんです、それが」思わせぶりに間を取って元容疑者たちを沈黙させ、続ける。「ダイイング・メッセージです。みなさんご記憶ですか? そこになんと書かれていたか」

「何者かがわたしの背後から迫ってくる。しかしこれだけは書いておかなければならない。急募!『お題』」太った紳士が怒鳴るようにして言う。「それがパソコンの画面にあった文字だ」

「その通りです。ありがとうございます、ユーゴさん」女探偵はその場でくるりと綺麗なターンを決めて、パソコンの画面を覗き込むようにして言う。「最初これがなかなかわかりませんでした。ダイイング・メッセージなのかどうかすらわかりませんでした。ただ書きかけの途中で殺されたんじゃないかとも思いました。でも違う。これはやはりダイイング・メッセージです」


 わたしは沈黙して様子を見ている。女探偵が本当に正しい結論に達したのかどうか見極めるためだ。でも彼女は正しいと言うことがわかる。彼女は画面に指を突きつけ、つまりパソコン画面の中からわたしを指さし、はっきりと言うからだ。「あなたが犯人です。作家を殺したのはあなたに他なりません。なぜならこの話はあなたが書いたからです。急募『お題』を求む! これはあなたのお得意のフレーズです。しかも言わせてもらえば殺された作家はあなたの分身でしょう?」


 そこでわたしは書き込む。

「そんなことを言ったら君だってぼくの分身だ」

「もちろんです」女探偵は言う。「アンナもマリエもジローもナオミもユーゴもね。こんな海外でも日本でもありうる名前ばかりそろえるなんて不自然なことはフィクションだから許されることです」

「では、君はこの事件をどう終えるつもりかね」好奇心に駆られて私は尋ねる。「どう解決して終わらせるんだ?」

「ご冗談でしょう」女探偵は言う。「それはこちらのセリフです。あなたこそこの話をどう終えるつもりなんですか? ご自分を登場なんかさせてしまって」

 確かに。それはそうだ。この話を終えるのはわたしの仕事だ。だからわたしはこの話をこう書き終えよう。何者かがわたしの背後から迫ってくる。しかしこれだけは書いておかなければならない。急募!『お題』


(「急募!「お題」」ordered by futo-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

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