第39話 冬の雷
がらがら、がらがらがらと、間延びした音が聞こえて窓の外を見る。しばらくの間、がら、がら、と続くが光は見えない。冬の夕方。雨の一日。あたりはすっかり暗くなっている。ひとしきり残響を轟かせた雷はそれっきりもう光りもせず音も聞こえない。旅先のホテルの窓から見る風景は(雨のせいもあるのだろう)どこかよそよそしく、見ていると胸の内ががらんとするようなわびしさに襲われる。特に今日は雨にとじ込められ一日何をするでもなくホテルの部屋でむなしく過ごしてしまったからなおさらだ。
夕食を食べに行かなければならないのだが、こんな寒々とした氷雨の中、出かけていくのは億劫だ。かといってこのホテルのあのひどい食堂に行くのはまっぴらだ。どうしたものだろうと考えながら、それでもやはり出かけるしかあるまいとクローゼットを開いてマフラーとコートを出す。それにしてもどこに食べに行けばいいのだろう。駅の方まで出ればなにがしか店はあったように思うが、あまり立ち寄りたいような店はなかった。もう一度窓辺に立って町を見下ろしながら考える。冷たい雨の中うろうろと店を探すのは気が進まない。
その時コートの右ポケットの中の小銭と紙切れに気づく。紙切れを取り出すとレシートだ。支払った金額は4802円。どこかのレストランのレシートらしい。そして日付は今日。混乱する。どういうことだ? ただの食事にしては結構な金額だ。そんなものを食べた記憶はない。おまけに今日は外に出ていない。このレシートは一体何だろう。見るとレストランの住所が書いてある。前日購入した市内の地図を取りだし、さっそくチェックする。すぐ近くだ。行ってみよう。
店はドイツ料理の店でひとりで軽い夕食を食べるにしてはいささか値が張りそうだったが、店に一歩踏み入れて暖かい空気とうまそうな料理の匂いを嗅いだ途端、無性に食欲が出てきて、迷わず贅沢をすることにした。コートを預け席に着く。勧められるままに注文し、すぐさまビールと皿にたっぷり盛られたザウアークラウトが運ばれる。続いて素朴だが体の温まる野菜スープ、いろいろなソーセージの盛り合わせ、鉄板の上でじゅうじゅう湯気を立てるハンバーグステーキとライス。付け合わせのジャガイモとニンジンも火傷しそうにあつあつだ。そして重ねる何杯かのビール。無我夢中で食べて飲んですっかり満足し、テーブルについたまま会計を頼む。5000円札を渡すと198円のお釣りと一緒にレシートが届く。4802円のレシート。ついさっきまでポケットに入っていたあのレシートだ。
あわてて席を立ち、コートを受け取りポケットの中を探ると、どうしたわけかからっぽだ。振り向くと給仕頭の男がにっこり微笑み「また、お越しくださいませ」という。
(「198円」ordered by sachiko-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)
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