第35話 セールストーク
店員「スーツをお探しですか」
客「ええ。まあ」
店員「リクルートスーツ」
客「ああ。はあ」
店員「どういったものをお探しですか」
客「いやまだ特に何も」
店員「個性的なものを」
客「個性的? って言うか」
店員「ありきたりなのを」
客「いや、あんまりありきたりでない方が」
店員「ではこちらなどいかがでしょう?」
客「女性用じゃないですか」
店員「ありきたりじゃないですよ」
客「そこまで個性的でない方が」
店員「女性用の中では地味な方です」
客「そういうことじゃなくて」
店員「ではこちらなどいかがでしょうか」
客「ああ。いいですねえ」
店員「裏地にバリ在住のアーティスト、ウギャン・グン・デルエさんの傑作『極彩色の歓喜』をあしらってみました」
客「要らないですから。裏地にそんな派手な絵、要らないですから」
店員「裏地ない方がいいんですか。寒いですよ」
客「いやいや。裏地は要りますよ。だけどそういう派手な絵は……だって必要ないでしょう!」
店員「ははあ。わかってきました。するとお客様の好みは表も裏もありきたりでもなく個性的すぎもせずというあたりですね」
客「ええ、まあ」
店員「これなどいかがでしょうか」
客「……いい、感じだと、思いますけど」
店員「私がデザインしました」
客「ええっ?」
店員「いけませんか」
客「あ……い、いけなくはないけど」
店員「お客さん、こういう話をご存じですか?」
非常に長い間。
客「えっ? 何? あ! 返事待ってんの? 何だよそれ」
店員「こういう話をご存じですか?」
客「……こういう話ってどういう話ですか」
店員「リクルートスーツ棺桶説です」
客「棺桶!?」
店員「ここに2つの棺桶があります」
客「はあ」
店員「1つはマホガニー製で熟練した職人の手になる精緻な細工が施された非常に豪華な棺桶です」
客「ああ。はあ。」
店員「もう1つは使い古しの段ボールでできた間に合わせの棺桶です」
客「そんな棺桶はないでしょう」
店員「あるんです」
客「いやないでしょう」
店員「それがあるんですよ」
客「いくら粗末でも使い古しの段ボールって」
店員「まあいいでしょう。そのうちわかりますから」
客「わかんないって! そのうちも何もわかんないって!」
店員「ではもし、この豪華な棺桶を見たらあなたは非常に立派な人物が、あるいは極めて裕福な人物がそこに眠っていると思うでしょう?」
客「まあ、はあ、そうですね」
店員「ところがバッ! 開けてみる。何だ! つまらないやつだ。そんじょそこらにいくらでも転がっている冴えないうだつの上がらない機転の効かない出世街道からも見放されたうらぶれた一束いくらでたたき売りされているような平々凡々の親父だ。どう思います?」
客「どう……って」
店員「食べたいと思いますか」
客「はあ?」
店員「やっぱり栄養をタップリ摂って、脂がのってて、食べごたえのある金持ちでなくちゃ」
客「何言ってるんですか」
店員「冗談ですよ、お客さん」
客「当たり前でしょう!」
店員「棺桶だけ立派でもダメ。そういうことです。中身が伴っていないのに棺桶だけ立派にしても、がっかりさせるのがオチ、いざふたを開けたときの失望が大きくなるだけなんです」
客「ああ。なるほど。無理に自分を良く見せようとしないで、身の程に合ったのがいいってことですね」
店員「よくおわかりで」
客「うん、まあ納得が行きました」
店員「ではお客さん、どうぞこちらに」
客「え? あ、はい」
店員「お客さんだけに特別にお見せしたいものが」
客「はあ、ありがとうございます。……えっと。何ですかここは」
店員「これなどいかがでしょう。あまり派手すぎず、でもそれなりのファッションへのこだわりを感じさせるデザインになっています」
客「これって、え? 何?」
店員「納得行ったんでしょう。買っちゃいましょうよ」
客「ちょ、だってこれ……」
店員「そうそう。これがほら、段ボールの」
客「か、棺桶じゃないですか!」
店員「ね、あったでしょう? 段ボール製の棺桶」
客「そういうことじゃなくて」
店員「私がデザインしました」
客「いいかげんにせいっ!」
(「リクルートスーツ」ordered by あべっちょ-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)
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