第34話 掘り出し物

 日曜の朝は早起きをして骨董市に行く。原宿の町がまだ目を覚ます前に東郷神社の境内だけが活況を呈する。10代や20代の若い子たちであふれ返るのはそれから何時間も後のことだ。私にとって原宿は骨董の町である。とはいえこの早起きはさすがに堪える。6時過ぎのできるだけ早い時間に行かないとめぼしいものは出払ってしまう。もちろん私はあくまで趣味で見て回るだけだから、損をすることはない。むしろめぼしいものなんか見つけた日にはいくら金があっても足りない。見つけない方が家計のためにはなる。そうは言っても、やはり「これは!」というものを見つけるときの快感は何者にも代え難い。妙なものを持ち帰ると小言を言う家人ももういない。だから気楽に買い込むようになったかというとそういうことでもない。少し張り合いがなくなったのかも知れない。


 年明けの時分は、特に厳しい。7時前など夜だと言っていい。それでも店はもう開き始めているし、そういう店に限ってすごい出物を置いていたりする。気温はあまりに低く、身体の芯から凍り付きそうだし、朝もやなぞ出たとなると、とてもじゃないが1000万人の世界的な大都市にいるとは思えない。箪笥があり椅子がありランプや燭台がある。扇風機があり、コーヒーミルがあり、大小さまざまな額縁がずらり並ぶ。凝った装飾のグラスや皿、茶器やティーセットなど食器やカトラリーも勢揃いしている。和洋を問わず衣類がもやの中から浮かび上がる。美術書が並び、刀剣の類や鎧兜までもある。お面が整然と並んで空虚な視線を投げかける。


 そんな中にボウリングの玉を見つけてわたしは失笑する。それを見て店の親父は言う。これはおすすめですぜ。ボウリングの玉が? ただの玉じゃござんせん。誰か有名な選手の持ち物なの? いえいえ、ボウリングの玉じゃないと言ったんです。よく見るとどこにも穴がない。でも見る限りボウリングの玉以外の何物でもない。これはあれだろ穴をあける前の玉だろう? 違いますって。どう違うの。どうぞようくご覧なさいな。じっくり見るがやはりボウリングの玉だ。ただ、まるで玉の奥の方までのぞき込めそうなとても深い紺色をしていて、確かに美しい玉だということがわかる。で、どこが違うの? 夜になればわかります。夜になれば? 何だよおっかないね悪いものでも憑いているんじゃあるまいな。とんでもござんせん、これはね、星雲玉というものです。セイウンギョク? さよう、内なるプラネタリウム、星の光を溜め込む黒水晶でございやす。


 1500円という、能書きの割にめっぽう安い価格を聞いて好奇心が勝ち、購入する。親父は玉を大事そうに抱えると丁寧に包み、箱に収め、おまけに保証書めいたものまでつけてくれた。家に帰り紙を広げるとそこにはただ「2001年11月19日採集」とだけ書いてあった。何だかわからないままに部屋の隅に飾り、夜まですっかり忘れていた。夕食を終え風呂から上がり、しばらく部屋で本を読んでいたが、やがて目が疲れ寝ることにして部屋の電気を消した瞬間、それは始まった。


 闇の中にひゅっと光が流れ闇に一条の痕を残す。おや、と思うとまたひとつ、さらにまたひとつ。続けざまに流れるものもある。早過ぎもせず遅過ぎもせず、明るすぎはしないが堂々とクッキリと闇を裂いて光が流れる。次から次へ。ひときわ明るいライトグリーンの光のすじが闇を切り裂きしばらく煙を上げたような痕を残す。ばりばりと音を立てたように感じる。


 そうだった。

 これは2001年のしし座流星群だ。

 車を出して湖畔のキャンプ場まで観測に行ったものだった。寒さに震えながら家人とポットの紅茶を分け合って、次から次へ降り注ぐ流星に息を飲んだ、あの時の流星群だ。息をするのも忘れるようにして空が白むまで見入った幻想的な夜空の祭典だ。布団に横になったまま私はあの夜を再び過ごす。手を伸ばすと横には生前の妻がいて、私の手を握り返す。


(「流星群」ordered by カウチ犬-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

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