第23話 マジックナンバー7

「極めて論理的です」女探偵は人差し指をぴしりと立てると、言い放った。「児玉さん。曜日はいくつありますか?」

「曜日?」

「そう。曜日です。いくつありますか?」

「いくつって。7つってこと?」

「そうです」勢いよくうなずくと女探偵はせかせかと歩き回り始めた。「そう、7つです」


 私は椅子にかけたまま彼女を目で追う。身のこなしはバレリーナを思わせる。細身ながら鍛え抜かれて優雅で、無駄がない。からだにぴたりと合った黒いスーツはダンサーの練習着のようにも見える。音楽が流れ出せばいまにも華麗なステップを見せてくれそうだ。


「7つ。それが何か?」

「マジックナンバーです」

「マジックナンバー」私は苦い薬を飲み込むような気分でその言葉を口にした。「7が? マジックナンバーなんですか?」

「そのとおり!」

「ラッキーナンバーじゃなくて?」

「マジックナンバ-ですよ児玉さん!」女探偵は近づいてきてぐっと顔を寄せてきた。そして私の顔にわざと息を吹きかけるようにして言う。「あなたはご存じのはずです。どうしてこれがマジックナンバーなのかを」

「わかりませんよ」美しい女の顔が至近距離に近づいてきたので内心動揺しつつも、それには惑わされないようこらえて答えるべきことをきちんと答える。女探偵の話は飛躍し過ぎだからだ。「わかるわけないじゃないですか」

「わかるわけないとおっしゃる。あなたが!」ためこんだ笑みを顎のあたりに含ませながら女探偵は両手の指先を合わせる。透き通るように白く細長い、形のいい指だ。その指先を顎の下に当てて話し続ける。まったく見飽きることのない女性だ。「記憶の名人のあなたが」

「どなたかとお間違えでしょう」

「いいえ。著書も拝読しました。ああなるほど」再び指をぴんと立て、女探偵は間をおく。「ご著書ではペンネームを使っておられるし、顔写真もない。でもだから違うと言われても困る。そういう子供だましはナシです」


 面白い女だ。私は興味が湧いてきた。まるで『刑事コロンボ』か『古畑任三郎』あたりのキャラクターを演じてでもいるような話し方だ。これは本人の地なのか、それともつくりもののキャラクターで、その演技をひっぺがすと別な人格が顔を出すのか。


「人間が1度に記憶できるチャンクは7±2というんでしたっけ?」女探偵は私の考えなどお構いなしに続ける。「マジックナンバーは7というわけです。完璧な数字。世界を動かす原理」

「だから何なんです?」この女探偵をもうしばらく眺めていたい気分になってきたので、会話を引き延ばすことにする。「話がそこから進んでいませんよ」

「はい。問題はそこなんです」再び顔を近づけてきて女探偵が言う。ミント煙草を吸っているらしい。「あなたは発見した。世界を動かす原理を。完璧な装置を」

「それがどうしました?」

「この装置が最近機能していないから世界は前に進まなくなった」

「その装置が世界を前に進ませている、と?」

「そう。正確に言うと次の選択肢を選んでくれるのです」

「選択肢? ロールプレイングゲームのように?」

「そう。ただし人間界の選択肢より一つ多い選択肢の中から」

「何なんですそれは」

「正七面体の完全物質」

「そんな立体は存在しない」


 少し間があいた。その美しい女は眼を輝かせながら何を言おうか頭の中を整理しているようだ。

「そんな立体は存在しない」女探偵は復唱する。「では犯行現場に残されていたこれは何でしょう?」

 そう言うとスーツの右ポケットに無造作に突っ込んでいた白いハンカチを取り出す。そんなはずはない。これはフェイントだ。私の動揺を引き起こそうとしているのだ。

「どうしました?」

「何を言っているのかさっぱりわかりませんよ」

「ではここで振ってみましょうか」

「振る?」私は頭を回転させる。そして会話の方向を変えることにする。「私を振るんですか? まだ口説いてもいないのに? ではまず口説きましょうか。あなたは美しい、あなたの目は」

「では振りましょう」

 私の言葉を相手にもせず、女はハンカチの中のものを右手にとるや手首のスナップを利かせ丸めた手の中でころころと転がし始めた。いけない! そんな使い方をしてはいけない!


「いけない!」私は叫んだ。「サイコロをそんな風に使っちゃいけない!」

 女探偵は手を止めずにちらっとこっちを見る。それからゆっくり手を止め、右のポケットにつっこむ。何も言わない。私も何も言わない。

 間があいた。

「サイコロ?」やっと女探偵は言った。「ひとことも言ってませんよ、私は。サイコロなんて」


 かくてわたしは女探偵にとらわれる。正七面体のサイコロを神から盗んだ不届き者として。まあいい。どうせとらわれるなら美しい女にとらわれる方がいい。それに、世界を動かす原理なんかより、この女探偵の心の方がずっと盗み甲斐があるというものだ。『カリオストロの城』の銭形警部風に言えば、だが。


(「サイコロ」ordered by miho-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

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