第19話 ハレルヤ!ハレルヤ!
当初ハレルヤ斎藤はデイヴィッド・カッパーフィールド的なマジシャンとして登場した。1990年には北海道のだだっ広い大麦畑で最新鋭の巨大なトラクターを一瞬で消し、1991年には富士山麓の自衛隊演習場で戦車部隊をまるごと消してみせた。トラクターの所有者や自衛官が演技でなく真剣にあわてふためく様子など、スケールの大きさに加えユーモラスな演出が話題になり、一躍人気を得て番組改編期のテレビ番組の常連となった。1992年には東京タワー上空を飛んでいた2機のヘリコプターを消してしまい東京中をあっといわせた。同年、羽田空港でジャンボジェット機が一瞬にして100羽の鶴になって飛んでいった。 1993年の正月番組では、神宮球場で360度から見られている状態でリトルリーグの少年少女50人を消してみせた。しかしこの時、パニックに陥った保護者の痛ましい悲鳴が球場内に響き渡り、以来、ハレルヤ斎藤はテレビ向きではないという烙印を押され、マスコミから遠ざけられた。
おりしもバブルがはじけ、制作費のかかる番組が敬遠されだしたタイミングだったこともあり、突然どこの局からも声がかからなくなった。ラスヴェガスのようなショー空間を持たない日本において、ハレルヤ斎藤のようなタイプのマジシャンにとってテレビは唯一のステージだったから、これは死活問題だった。テレビ局が安心するようなネタを次々に考案して持ち込んだが、いったんケチのついた状態となるともはや検討すらしてもらえなかった。
各地のバブリーなホテルのディナーショーで食いつないでいた時代はまだ良かったが、これも景気の悪化とともにじりじりと減っていった。ハレルヤ斎藤のショーの特長だった「笑い」の要素は姿をひそめ、自然、受けも悪くなっていった。判断力の鈍ったハレルヤ斎藤はそれを、最も得意とするスペクタクルマジックが封印されたせいだと思いこんでいた。追い打ちをかけるようにマジックのトレンドがテーブルマジックに移行してしまうと、もうどこからも全く声がかからなくなり、事実上廃業に追い込まれた。いや。チャンスはまだあったのかも知れないが、ハレルヤ斎藤の中で何かが終わってしまったのだった。
* * *
2001年の冬、牧師だった父が亡くなり、ハレルヤ斎藤は宮崎の実家に戻った。そのまま教会に住み着き牧師の仕事を継ぐべく勉強を始めた。何度か無神経な雑誌の「あの人はいま」「一発屋伝説」といった特集に取り上げられたこともあったが、その記事すらもたいして話題にならないほどひっそりと過ごした。2003年には正式に牧師になった。2004年の秋、地元の子どもたちと話していて彼らが雪を見たことがないと言うのを聞いてクリスマスに雪を降らせ、短い時間雪景色を出現させた。もちろん誰にも言わずただ雪を降らせだけなので、それがハレルヤ斎藤の仕業だということを誰も知らない。
けれどもハレルヤ斎藤にはそれが楽しかったので、2005年の春には何度かにわたって桜が満開を迎えるようにした。ただ実際にやってみると、花見の宴会が長引き公園のゴミが増えただけだったので、これはもうやめようと思った。最近の子どもたちが虫取りにつれていってもらったことがないと聞いて、夏には教会の裏手の山を虫取りのワンダーランドにしてみせた。たくさんの子どもたちが虫取りに夢中になり、「最近では珍しく山野を駆け回る子どもたちの声が聞こえる」と地元紙でも紹介された。これは成功例だった。以後ハレルヤ斎藤は季節ごとになにがしかのイリュージョンを人知れず現出させるようになった。
* * *
そしていまハレルヤ斎藤は今年のクリスマスは何をしようかと考えている。ホワイトクリスマスはもうやってしまった。宮崎だけにサンタクロースが現れてもぴんと来ないだろう。雪だるまが行進したりしたらさすがに誰の仕業だってことになるだろうし、それは困る。
毎週火曜日には入園前の小さな子どもたちが遊びに来る。ハレルヤ斎藤は簡単なトリックで子どもたちをからかう。人生の全てが驚きに満ちている小さな子どもたちは、ハレルヤ斎藤が引き起こすマジックをいちいち不思議がったりはしない。ただ他の大人より面白い大人としてハレルヤ斎藤を面白がるだけだ。落としたはずの帽子を服の中から取り出されてけらけらと笑ったり、部屋の隅で万国旗たちが振り付けの練習をしているのを見て大はしゃぎしたり。
そうだ。不意にハレルヤ斎藤は思い出す。どうして忘れていたんだろう? 笑わせるために始めたんじゃないか。小学生の時には給食の時間、友だちが持っている箸を一瞬で2本の鉛筆にかえて大受けした。中学校では黒板に書きつけるべく生徒に背を向ける先生の頭の寝癖の上に矢印を飛ばして教室中爆笑に巻き込んだ。ああそれがいい。笑えるマジックがいい。今年のクリスマスにはひとつ、みんなが笑って大はしゃぎして腹の底から愉快な気分になれるようなことをやってみようじゃないか。
(「ハレルヤ」ordered by みやた-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)
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