第13話 A Heart of Rock'nRoll

「この季節になると毎年テレビでもラジオでも街の中でもかかる曲がありますね?」


 インタビュアーの女性がそう言うと、ロッカーはソファの中で居心地悪そうに姿勢を変えた。


「あれは別に俺がそうしろと言ったわけじゃない」

「もちろんです。曲のパワーですよね」

「曲のパワー?」しばらく物申したいとでも言うように口を開きかけては顎を何度かかみしめ、それからようやく曖昧な口調でぽつりと言う。「まあそうかもしれんよな」

「あの曲はどんな風にして生まれたんでしょう?」

「同じだよ、他の曲と。ピアノの前に座って鍵盤を叩きながらコード進行をいじったりしているうちにメロディが見つかる」不意にロッカーは身を乗り出しインタビュアーにぐっと顔を近づける。インタビュアーは体を反らすまいと懸命に姿勢を持ちこたえる。煙草か酒のにおいでもするかと思ったが不思議に老いた男からは何もにおわない。しゃがれた声に張りが戻る。「俺はあいつらとは違うんだ。ある朝起きたらいきなりメロディが浮かんできたり、曲が丸ごとバーンと頭ン中に飛び込んできたりするような奴らとはな」

「そうなんですか」


 ロッカーはまたソファに身体を預け深く息をする。


「あんたはいい匂いがする。香水の名前は知らんがラズベリージャムみたいだ」

「ラズベリー、ですか?」複雑そうな表情でインタビュアーは言う。

「うん。好きな香りだ。ああそうだ。ガラスの瓶がいっぱいあったんだ」ロッカーは目を細めて、ここにはない何かを見つめる。「小さい瓶だ。透明の。それがいっぱいあった。一つひとつ丁寧にラベルが貼られていて。ラズベリー、パパイヤ、パイナップル、チェリーもあったな。ピーチとかカシスとか。パイナップルはもう言ったか? あとあれだ。バナナとトマト。あんなものもドライフルーツにするんだな」


 インタビュアーは上手に相づちを打つことができずにいるが、ロッカーは気にしない。


「それで俺が勝手に開けてつまむとあいつが怒るんだ」

「リサさん?」

「そう。怒るんだ。勝手に開けないで!って」しわだらけのロッカーの顔に微笑が浮かぶ。「一度こんなことがあった。あんまりいつも怒られるもんだから、でっかい瓶をいくつも買って、その中に適当にドライフルーツを詰め込んでプレゼントしたんだ。そうしたらあいつ、どうしたと思う?」

「喜んだでしょうねえ」

「逆だよ。ガシャーン!」大きく腕を上げ下げしてロッカーは大きな塊を投げおろすしぐさをした。「3階の窓から。全部だ。ドライフルーツもガラスも砕け散って飛び散って建物の入り口のあたりはもう大変な騒ぎだ。通行人もいるんだ。普通に歩いている。その上にガシャーン!」

「それは、ちょっと……」

「でも綺麗だった。窓から見下ろしたら、赤や黄色や紫やオレンジ、いろんな色が一面にぶちまけられて。粉々になったガラスが日の光にキラキラ光っていて。あんな女はもういない」そう言ってから、不意にその意味に気づいたようにロッカーは繰り返す。「あんな女はもういない。『ドライフルーツ』を書いたのはあいつが」


 唐突にロッカーは口を閉ざし、こみあげるものを抑えるように何度か顎をかみしめる。その眉間に深い縦じわが刻まれ、やがて元に戻る。それからロッカーは平坦な声で言う。

「飛行機事故のあとに書いたんだ、『ドライフルーツ』は。だから季節なんて関係ない。これはあいつと俺の曲なんだ」


 インタビュアーが何か気の効いた悔やみの言葉を思いつこうとしていると再び身を乗り出しロッカーは言う。

「あんたのにおいはあいつのにおいに似ている。あいつはいつもドライフルーツに囲まれていたからな。どうだ一杯やっていかないか。俺は医者に止め られているから飲めないが、あっちの方は誰にも止められていない。というより誰にも止められやしない。おれにもだ。一晩中だって相手してやるぜ」


(「ドライフルーツ」ordered by 花おり-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

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