第9話 三択問題

 学習塾が小学校に言った。

「なんていうか、おれたち本当に必要なのかな、二つもさ?」

「それって」小学校は警戒しながら答える。「どういう意味?」

「どういう意味も何も、可哀想じゃん、子どもたち。朝早くから学校行ってさ、一日授業やら何やらあってさ、それが終わっただけで十分くたくただと思うんだよね。集中力を使ってさ」学習塾は一言一言確かめるように口にする。「それが今度は夕方から塾だよ。もつわけないよ。そんなのどっちか一つでいいって」

「でもどっちかひとつ選べって言われたら」小学校は上目遣いに学習塾を見て言いにくそうに口にする。「みんなは塾を選ぶんだろ?」

「おいおいおいおい!」学習塾は両手を大きく広げて肩をすくめる。「そりゃあないだろ。っていうかお前がそれを言っちゃあダメだろ。しっかりしろよおい」

「だって、みんな結局ペーパーテストの学力のことしか考えてないわけだし」

「だからさ。そうやってきょろきょろ目移りするからダメなんだろ? お前はお前でどーんと構えて、ペーパーテストの結果に一喜一憂するような家庭には来てもらわなくていい、くらいのことを言い放つべきなんだよ堂々と。だろ? そうすりゃその考え方についてくる人もいるって」

「いないよそんなの。ぼくにはわかっているんだ」小学校は暗い目つきをして言う。「ゆとり教育だってそうさ。ゆとりが大事だゆとりこそ人生だと大声で言っていたやつらはいまどこに行ったんだ?」

「まあまあまあまあ」学習塾は小学校の肩をポンポンと叩き激励する。「わかる人にはわかってるって。おれは応援しているんだぜ、結構お前のことを。というよりお前が頑張ってくれなきゃ、こっちだって張り合いもないしな」


 学習塾と小学校は別れると即座に仲間に連絡を取り合う。学習塾は「小学校の奴、めげてるフリをしていたけどあれは芝居だな。もっと追い込まなきゃ。学力向上のニーズをもっとPRするんだ」と言う。小学校は「学習塾はほとんど勝ったも同然というつもりでいる。あいつらが大好きなマーケティング・データで、あいつらの足元に揺さぶりをかけるんだ。入試突破に最重要の力点を置いてきた児童が自主性を失って入学後に受動的にしか振る舞えなくなるという事例を徹底的に掘り起こすんだ」


 そのころどうしようもないど田舎の素寒貧の家庭の偏差値最低のクソガキは今年二頭目の鹿を仕留めて、刃物で胸を裂き、そこから手を差し入れると心臓を探り当て大動脈を握って血流を止め、すぐさまくるくると毛皮をはぎとり、運びやすいサイズまでばらばらに解体し、前近代的な迷信の作法にのっとって狩りの神様に祈りと獲物の一部を捧げ、毛皮と肉をまとめ、山道を下るのに扱いやすいように天秤につるし里まで一気に駆け下りる。死に際の鹿に引っかけられた傷を手当するための野草を摘み、ついでに鍋に入れる山菜も必要なだけ集める。「ケガなんかしやがって! アホンダラ、ボケ、カス、グズ、ノロマ!」と病気の父親に罵声を浴びせられることはわかっているが、鍋料理のことを考えると唾がわいてくる。鍋料理の味付けには自信があるのだ。


 さてここで問題です。切れ者の学習塾で学ぶ子どもと、処世術に長けた小学校に通う子どもと、どうしようもないど田舎の素寒貧の家庭の偏差値最低のクソガキの中からひとりだけ、あなたがいざというときに頼れそうな友だちを選ぶとしたら誰を選びますか?


(「学習塾」ordered by yasu-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

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