第8話 もうひとつ同じものを

 目を閉じて、目を開く。


 同時にからからと目の前の引き戸が開いて小柄なおばあさんが出てきてようきなすったさあさあお上がんなさいと声をかけてくれる。ああどうも軽くお辞儀をして中にはいるとたたきがあってくつぬぎ石があって上がりがまちの向こうはすぐ畳の取次になっている。


 あたたかい空気の中には煮物の甘い香りが柔らかく漂っている。空腹を思い出す。ずっと空腹だったことを思い出す。お邪魔しますとつぶやき家にあがる。おばあさんに案内されたのは入ってすぐ右手の応接室でそこにはふかふかした絨毯にソファセットがこじんまりと身を寄せ合っている。


 どうぞと勧められるままに一人がけのソファに腰を下ろすと見た目の印象と異なりクッションが堅めでからだをしっかり支えてくれるのが意外だ。悪くない。こういうしっかりしたソファを家にも買おうかと考える。部屋の隅には石油ストーブが置かれ上に置かれたやかんから湯気が上がって冬の張りつめた堅い空気を少しやわらげている。


 気がつくとサイドテーブルにお茶と菓子が出ている。湯飲みを手に取るとかじかんでいた指先がゆるゆるとほどけていく。茶をすすり思わずああと嘆声をあげる。小豆のはいったカステラのようなお茶受けを口に運ぶ。ふうん。なんだ今の音は? 自分が満足げなため息をついたことに気づき口元がほころぶ。


 いいなあ。こういうのはいいなあ。

 ここはどこだっけ。誰のうちだっけ。誰を訪ねてきたんだっけ。

 それから徐々に部屋の印象が薄れていく。ああ。終わって欲しくない。もう少しこのままでいたい。


     *     *     *


 気がつくと店の中だった。わたしは空のグラスを前にカウンターに座っていた。

「いかがでした?」

 微笑みを浮かべたバーテンダーがわたしの顔をのぞきこんで尋ねる。

「うん。悪くない」わたしは答える。「あれは君が考えたのか? あの家は」

「いいえ」バーテンダーは答える。「何をご覧になるかはその人ごとに違うんですよ」

「その人ごとに違う?」

「はい。その人にとっての一番心地よい、おもてなしの体験をされるようです」

「じゃあ、あの家は」

「お客様の記憶の中から一番落ち着く場所を見つけたのではないかと」

「あれが一番落ち着く場所?」

「日によっても違うそうですよ」

 たいしたもんだ。

「たいしたもんだ」声に出して言い、グラスを指して注文する。「もうひとつ同じものを」

「レセプションですね。かしこまりました」


(「レセプション」ordered by aisha-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

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