第6話 telephone call @ 1:34 A.M.

 夜遅くたどり着く。家はマンションの2階だから階段で上がる。廊下の一番突き当たり。蛍光灯が古くなって陰気に明滅している。解錠してドアを開けると、どこか隙間にさしこんであったらしい紙が落ちる。折りたたまれた紙を広げるとご不在連絡票だ。郵便受けが空っぽだったので、そんなものでも嬉しい。


 部屋にはいると電気をつけカバンを置きエアコンをつけ服を脱ぎ捨てパジャマに着替えカーディガンを着込みお湯を沸かしカップに入れたインスタントコーヒーに注ぐ。それからご不在連絡票を見る。ごちゃごちゃといろいろ書いてある。わかりづらい、ダメな仕事だ。どうしろっていうの? どこを読んで欲しいの? 読んでいるだけで眠ってしまいそうだ。いらいらさせられる。裏を見る。電話番号がいくつも並んでいる。一番上が「1.ドライバー携帯電話」だと気づいて目が開く。面白い。へえ。ドライバーの携帯電話にかかるんだ。ドライバーがこんな時間にどこまでやってくれるか試してやろうじゃないの。電話をかける。短い コール音の後、すぐにつながる。でも流れるのは時間外通知の録音だ。舌打ちをする。卑怯者め。逃げやがって。手元のご不在連絡票を見る。確かに「ドライバー携帯電話」は「電話受付 8時~21時」となっている。もう何時間も何時間も前に受付は終了していたのだ。不意に胸が熱くなる。バカにしている。酔っぱ らいだと思ってバカにしている! 不注意さを思い知らせようとでも言うのだろうか。仕事でミスをするのはそういう不注意さのせいだと。だってさっきはなかったじゃないか。そんなこと書いていなかったじゃないか!


 次の欄には「電話受付 7:30~21:30」と書いてある。かけるなということだ。こんな時間に。 こんな日付も変わったような真夜中に電話なんかかけるなということだ。


「まだ何も言ってないじゃないか!」思わず子機をソファにたたきつけ、どなる。声が震えているのに気づき悔しさと恥ずかしさでますます怒りがこみあげる。「かけるともかけないとも言ってないじゃないか。それなのにいきなり門前払い、何も、まだ何も……」


 そこまで言ってから自分が言っていることの筋道が通らないことに気づく。誰に向けて何を怒っているのかもわからない。連絡票をにらむ。目に入るのは「2.サービスセンター」とその番号だ。「不サービスセンター」と声に出して呟き、突然ふきだしてしまう。笑いが止まらなくなる。笑って笑って咳き込んでしまう。それから次に「24時間受付」の文字を見つける。思わず身を乗り出す。乗り出したつもりだが、実際には姿勢は変わらない。ソファにずぶずぶとうもれたままの姿勢だ。ソファにずぶずぶ埋もれたまま、声に出して読み上げる。「4.インターネット受付」。身震いする。インターネットだなんて! 家に帰ってまでインターネットなんて、パソコンなんてつけたくない。拷問だよ、そんなの。待とう。明日の朝まで待とう。その時、何かが頭をノックする。なんだよ。もしもし。なんだよったら。もしもし、まだ3つしか見てませんよ。なんだって? まだ3つしか見てないんですよ。


 不意に頭がはっきりする。ああなるほど。それはおかしい。3つしか見てないのに「4.インターネット受付」ってのは変だ。何かを見落としている。そして見つける。「3. 自動受付センター(24時間受付)」の文字を。音声案内に従って番号を入力しろ、とある。黙って子機を手に取り、電話をかける。


 そしてあの人が出る。


「やあ。やっとかけてくれたね。待っていたんだよ」

 気がつくと目から熱い涙があふれ、嗚咽が漏れるのを抑えることができない。

「いいんだよそのままで。朝までだってこうしているんだから」


(「ご不在連絡票」ordered by sachiko-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

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