第4話 鈴木さん
行く先々で「鈴木さん」と声をかけられるのがイヤだ。
最初に声をかけられたのは福岡でのことだった。キャナルシティでぼんやり水を見ていたら「あれっ、鈴木さん? 鈴木さんでしょう? 千歳烏山の」 と声をかけられた。誰だかわからずにますますぼんやりしていると「内田です。わからない? そうかー、そうだよね。ほら、中2まで一緒だった……」
突然のことで混乱して考える。え? 中2まで一緒だった内田さん? ということは彼女は中2で転校したということか? ああ。それでいまは福岡に住んでいるのか。
「こっちへはどうして?」
やっぱりそうだ。この人、こっちに住んでいるんだ。
「お仕事? それとも観光?」
「半分仕事で」
「いいなあ。会社からお金出してもらって、アゴ・アシ・マクラはただで、観光もしちゃうんでしょう!」
そういうことではなかったが、説明するのも億劫なので笑ってうなずいておく。
「そっかー。ゆっくり話したいけど、ちょっと急ぐんでごめんね。また連絡するわ」
そういうと、わたしを置き去りにして内田さんは派手に手を振りながら足早に去っていく。
北海道でもいきなり声をかけられた。「あれ、鈴木さん? 千歳烏山の!」
広島でも、京都でも、隙だらけの状態でお土産屋さんをのぞき込んでいるときに声をかけられた。京都では、まさにその土産物のお店のおばさんに声をかけられた。
いちばん驚いたのは雑貨の買い付けに東南アジアをめぐっていたとき、バンコックとシンガポールとハノイで別々な人から「鈴木さん! 千歳烏山の 鈴木さんだよね?」と声をかけられたことだ。一度の旅行で、3カ国3都市で声をかけられたのだ。その3都市それぞれに、千歳烏山の鈴木を知っている人が住 んでいるというのも驚きだが、それがたった一度の旅行で連日のように会ってしまうというのは、いったい確率的にどういうことになるのか見当もつかない。ものすごい偶然だ。
でも最大の問題は、わたしは鈴木さんではないということだ。生まれてこの方鈴木姓を名乗ったことはない。それどころか、千歳烏山に住んだこともないし、もっといえば東京に住んだこともない。仕事がら、出張で旅することは多いけど、生まれも育ちも大阪だし、学生の頃ちょっと高槻に下宿した以外は、ずっと実家の阿倍野で暮らしている。
最近では出張の予定が決まるたび、また「千歳烏山の鈴木さん」と呼ばれるのではないかと、少し気が重くなる。というか本物の「千歳烏山の鈴木さん」はいったい何をしているんだろう? 彼女もやっぱり、あちこちで声をかけられているのか。それとも「阿倍野の牧野さん」なんて呼ばれているのかな。
(「鈴木さん」ordered by ariestom-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)
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