第三七話 開けてはいけない扉

 召喚をしてみたい! そう言い出したのは、アージェが八歳の時だった。

 それなりに魔術も剣術も出来るアージェは、召喚にも興味津々だった。

 お願いした相手はオルソ。アージェは、おじいちゃんっ子だったのだ。だから将来は、オルソと同じ召喚師の道を選ぶ事を既にこの時に決めていた。


 この話をオルソは、当時の団長に話し、ガッドに話を通してもらったのだ。

 ほとんどの者が魔術師を選び、召喚師を選ぶ者がいなかった。魔術を使えるのに使えなくなるからだ。しかも騎士になれば、王都から自由に出られなくなる。

 だいたいの者は、親に自由がなくなると言われ、魔術師を選んでいた。

 フランクを最後にずっと召喚師になった者はいない。


 召喚の許可がおりたアージェは、ガッド、騎士団長、オルソ、それにダミアンから聞いてフランクも見守る中、期待を胸に召喚する。


 「いでよ! 召喚の扉! 我が名はベランジェ! ここに契約を願う!」


 手を掲げ、教えて貰った台詞をアージェは叫ぶ。

 魔法陣から扉が出現し、その扉が光り輝き真ん中からかぱっと開くと、エメラルドグリーンの光が二つ見える。

 扉から長い黒髪に黒いローブの男が出現した! スクランだ。


 アージェ以外は、体を強張らせる。本当に召喚など出来ると思っていなかったからだ。だから何も対処方法を考えてはいない!


 「見て! おじいちゃん! 出来たよう!」


 アージェだけが、嬉しくて舞い上がっている。

 スクランは、フッと立ち尽くす四人に振り返った。

 全員、剣に手を掛けた。


 「物騒だな。それで斬りかかってくるつもりか? 大丈夫だ。魔獣は、マスターの味方だ。しかし驚いたな。こんな小さな子供に呼び出されたのは初めてだ。芯の強い子だな」


 そう言うと、片膝を地面につけスクランは屈んだ。


 「ベランジェと言ったか。私に何を望む」

 「ベランジェ! こっちへこい!」


 オルソが慌てて呼ぶも嫌だと、アージェは首を横に振る。


 「暫くこの世界に呼ばれないと思っていたが、召喚はすたれたのか?」


 膝をついたままスクランは、四人に聞いた。


 「他の国の事はわからないが、我が国では許可なく召喚は出来ない」


 スクランの質問に、ガッドが答えると、なるほどと頷く。


 「ベランジェ。次に呼ぶ時は、どうしてもの時にした方がよさそうだ。その時は、力をかそう」


 察したのかスクランはそう言うと、立ち上がった。

 不思議そうな顔をするもアージェは頷く。


 「では。また会えるのを楽しみにしている」


 そうアージェに言うとスクランは、右手を掲げる。


 「召喚の扉よ。私を元の世界へ導け!」

 「あ、待って!」


 スクランが帰るんだとわかったアージェがそう言うも、魔法陣から扉が出現し、真ん中からかばっと開くと、スクランの体が光が包まれる。そして、扉の中に吸い込まれるように消え、ぱたんと扉は閉じ消えた。

 アージェは、茫然としている。

 直ぐに立ち去った事により三人は安堵する。

 だがフランクは違った。


 「あの、私にも召喚をさせて下さい!」


 その言葉に、三人は驚く。


 「ならん! いいか。今日の事は外には漏らさないように!」


 そう言うと、ガッドはその場を去って行く。


 「ダミアンには、オルソから召喚はできなかったと伝えておくように」

 「え? 父さんにも内緒ですか? どうして!?」

 「わからないのか? 今の我々には、魔獣に対して対抗する術がない! 何かあったらどうする? 召喚が本当に出来れると知れれば、我々だって狙われる可能性がある! いいな。私達が黙っていればただの騎士だ!」


 フランクは愕然とする。

 確かに魔術を捨て、騎士を選んだ。でもフランクは、騎士を選んだのではなく、召喚師を選んだのだ。

 他の者は、召喚など信じていなかったが、フランクはアージェの様に、最初から信じていた。


 「オルソ。ベランジェにも言って聞かせる様に! 出来ないようであれば、魔術師になるように言え」

 「え!? わ、わかりました。きちんと伝えます」


 アージェは、もう召喚が出来ないんだという事だけはわかった。だが、何故ダメなのかはわからなかった。

 召喚師になりたいアージェは、オルソと約束を交わすのだった。


 その一週間後。ダミアンがオルソと王都の外に出掛けた。フランクはチャンスだと思った!

 召喚が出来るのを目の当たりにして、諦めきれるわけがなかった。

 それにもし万が一があったとしても、向こうの世界に戻せる事もわかっている。スクランがやった事をこちら側でやればいいだけだ。フランクはそう思っていた。


 「いでよ! 召喚の扉! 我が名はイザック! ここに契約を願う!」


 手の上に魔法陣が出現し、扉が現れた! その扉が光り輝き真ん中からかぱっと開くと、エメラルドグリーンの光が二つ見える。

 成功した! フランクは、興奮して叫びそうになる。

 現れたのは、紫色の髪で魔術師の様な魔獣だった。


 「よく呼んでくれた同士よ。私はエミール」

 「私はフランク。宜しく」

 「フランク? イザックではないのか?」

 「あ、そっか。うーん。そうだな。ちょっと説明するよ」


 フランクは、この国の事を話してしまった。

 自分が呼び出した魔獣なら信頼出来ると思ったのだ。アージェが呼び出した魔獣スクランは、魔獣はマスターの味方だと言って戻って行った。


 「なるほど。ではあなたの事はフランクと呼ぼう。で、あなたは何を望む」

 「召喚師と魔獣の共存です! その為には、魔獣の事を知らなくてはいけないんです。協力をお願い出来ませんか?」

 「協力ねぇ。で、何をすれと?」

 「あなたの事を色々調べさせてほしいのです」

 「調べる? 私に実験体になれと?」


 ギロッとエミールがフランクを睨む。

 フランクは、ハッとする。呼び出されて、実験体になれなんて言われれば怒りもする。


 「そういう事ではなく、召喚師自体、今はいない事になっていて、私は召喚師と魔獣の事をもっと知りたいのです。あなたがどんな事が出来るのか。そして、私達、召喚師も何が出来るのかを……」


 「わかった。いいだろう」

 「ありがとう」


 フランクがそう言うと、エミールはにっこりほほ笑む。


 「だがその前に、少しこの国を見てきたい。半日時間をもらおう」

 「わかった」


 フランクは頷いた。だが、国を見て回って戻って来たエミールは、意外な事を言い出した。


 「私も召喚に興味が湧いた。上手くいけば私でも召喚を出来そうなのだ。協力してくれるよな、フランク。召喚の事がわかるぞ」

 「え……。何を言っているんだ。君は、魔獣だろう?」

 「だからこそだ! 試してみたい。君だって同じだろう? 隠れてまで私を召喚したのだから」


 アージェが呼び出した魔獣とは、全然違うとフランクは思った。このままだと制御が出来なくなる!

 フランクは決意する。


 「悪いけど私とは、意見が合わない様だ。帰ってもらうよ」

 「帰る? 何故? 君が望んだ事だろう?」

 「私が望んでいるのはそういうのではない! 召喚は価値ある物で、魔獣は安全なパートナー。それを実証して、召喚師の復活を望んでいるんだ! 君がそんな事をしたら魔獣は、安全ではなくなる!」

 「安全? 何を持って安全だと? 意思を持っていなければ、安全と言う事か? なら未来永劫、安全は訪れない! わかり切っている事を探求してどうする? 私は、あなたの探求心に惹かれて来たと言うのにがっかりだ!」

 「だったら戻ってくれ! いでよ! 召喚の扉! エミールを元の世界へ導け!」


 手を掲げフランクが叫ぶ。だが、魔法陣は出現するも扉は出現しない! 

 てっきりこれが、戻す方法だと思っていたフランクは、愕然とする。戻せない!


 「嘘だろう?」

 「あなたは勘違いをしている。私はあなたの呼びかけに答えて、自分の意思で来たのだ。帰る時も自分の意思で帰るのみ」


 その言葉を聞いて、フランクは何も言葉が出なかった。

 自分が大変な過ちを起こした事に気が付くが既に遅しだ。エミールは、不敵な笑みを浮かべていた。

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