第三六話 魔術師のマスターは――
魔獣の魔術師は、余裕な態度だ。
目の前には、ヘリムとまだアージェが召喚したスクランがいる。それに魔獣対応の剣も魔術師は持ってない。シリルがいたとしても、勝ち目はないように見えるが、この余裕を見ると皆不安になった!
「護衛を倒して来たか。まさか城まで入って来るとはな」
ゴーチェが睨み呟く。
「おや? 私が魔獣だという事は、もう知っておられるのでは?」
「なるほど。城の結界は、対魔獣用ではないと。そういう事か?」
返された言葉に、ゴーチェは頷くも、皆は驚いた。
よく考えれば、人間が施した結界だ。魔獣に効くはずもない。
「まさか魔獣を使って魔法陣を狙って来るとは思わなかったのでな。しかしここに現れたという事は、狙いは魔法陣で間違いないみたいだな」
「この子を手に入れた時は、これで上手くいくと思ったのだがな」
魔術師はチラッとシリルを見て言った。
だが何か違和感があった。
まるで、この魔術師の魔獣の目的の様に聞こえたからだ。
「本当にあの者は、魔獣なのか?」
ゴーチェが聞くも頷くのは、ヘリムだけだった。
魔術師が自分の意思で動いている様に見えるが、ヘリムも命令されているとはいえ、自分の意思で動いているのだからおかしくはない。
「今更だが、自己紹介がまだだったな。私は、エミール」
なぜ今更名乗るのだと、全員探るようにエミールを見た。
「シリルをどうする気だ?」
まさかリーフと交換とか言い出すのではないかと、オルソが聞いた。
だがエミールは、不敵にほほ笑む。
「その話をする前に、我がマスターを紹介しよう。そんなところにいないで、こっちへ来たらどうだ。我がマスターよ!」
エミールが扉に振り返り叫んだ。
今まで姿を見せなかった謎のマスターも乗り出して来たと、扉に注目する!
ゆっくりと扉から入って来て、階段を下りて来る人物に息をのんだ。
緑のマントを羽織り、剣を下げている。――皆がよく知る人物だった!
「フ、フランク……」
愕然としてダミアンが呟く。
皆信じられなかった!
彼は、エミールに瀕死の状態にされたのだ! 下手すればフランクは死んでいた!
本当にフランクがマスターなら、エミールは下手すればマスターを失っていた事になる!
「あり得ないな! 私が助けなければフランクは死んでいた! 彼にも術を掛け操っているのだろう!」
「その節は、ありがとうございました。マスターを失わすにすんだ」
その返答に、ロイは目を見開く。
「まさか! 私が見ているのに気が付いて、フランクを狙ったのか! しかし一歩間違えば死んでいた!」
「えぇ。ウリッセと言ったか、あの者と一緒に来ていたのに気づいていましたよ。ダメですよ。あんなに視線を飛ばしては、気づいて下さいと言っているようなものです」
そうにっこりと、エミールはロイに返した。ロイは悔しそうに、エミールを睨み付ける。
まんまと作戦に引っかかったと言っているのだ。
瀕死を負ったフランクが、エミールのマスターであるはずがないと、内通者から外された。
だから寝ているフランクには、監視をつけていなかった!
「フランク! この者が言っている事は本当なのか! お前がマスターなのか!」
ダミアンが嘘であって欲しいと、階段を下りた所でつったったままのフランクに問うが、彼は俯いたまま黙っている。
それが答えだった。マスターだと言わずに語っていた!
「何故勝手に召喚を行った! 何故魔法陣を狙うのだ! 何を望んでこんな事を……」
ダミアンは、フランクに怒鳴る。最後には声は消失していった。怒りと悔しさと悲しみと……ダミアンは、いろんな感情が込み上げて来た!
「何とか言ったらどうだ? 言い訳は今しか言えないかもしれないぞ!」
ゴーチェが、フランクにそう問いかけた。
その問いかけに、フランクは顔を上げた。
「申し訳ありません。私の傲慢が、このような魔獣を召喚してしまいました」
フランクは、驚く事に深く頭を下げた!
何か、ちぐはぐだった!
「私も召喚出来ると思ってしまった。そして、その魔獣を研究に役立てようと思ったのです……」
フランクは頭を下げたまま、そう述べた。
「私も? とは?」
ゴーチェが問うと、オルソが驚いて呟く。
「まさか、アージェが出来たからなのか? だから自分もと言う事なのか?」
「すみません……」
肯定と取れる返事がフランクから帰って来た。
リーフは、意味がわからなかった。
確かに魔獣を勝手に召喚してはいけないと聞いたが、今の話からするとアージェが召喚出来たのだから、自分にもできるはずだと言っている様に聞こえた。
「アージェさん以外は、召喚できなかったんですか?」
だからつい、ボソッと隣にいるアージェにリーフは聞いた。
「え?」
まさかこの場で、そのような事を聞かれると思っていなかったアージェは、驚いてリーフを凝視する。
「そうだ。召喚師を選ばせておいて、召喚はさせない。だから隠れてするしかなかった。そうだろう? フランク」
リーフの問いには、エミールが答えた。
「何を言っていますか! 私はちゃんとお願いしてさせて頂きました!」
アージェが、慌ててエミールに言う。
「そうだな。だがあなたは、成功してしまった」
「え?」
「わからないのか? 彼らでさえ出来ない事をあなたはしてしまったのだよ。そんな事があれば、違う者が言い出したところで、させてはくれまい。ここに来たと言う事は、大方の話を聞いているだろう?」
エミールに言われ、アージェは俯く。
召喚を試したいと思ってもアージェが成功したせいで、以後させない事になったと言われたのだ。
つまりフランクは、させてもらえなかった事になる。だから陰で試した!
「やめろ! アージェは何も悪くない! 全て私が悪いんだ。私が……」
フランクは、そうエミールに叫んだ。
どう見ても主導権は、マスターのフランクではなくエミールにあるように思えた!
危惧していた事になったのだ。やはり従わない魔獣もいるのだとガッドは思った。
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