第三二話 ヘリムの経緯

 大きい丸いテーブルに十個の椅子。昨日会議をした部屋にリーフ、オルソ、アージェ、そしてアージェが召喚した魔獣も一緒に居た。

 この魔獣の名は、スクランと言う。先ほどリーフは、自己紹介をしてもらった。

 あと犬のヘリムもいる。まだ気を失ったままアージェの腕の中だ。


 「七年前の魔術師と同じ人物でした……」


 ボソッとリーフが呟く。


 「やはりそうか」


 リーフの言葉にオルソがそう言った。

 アージェも頷いている。


 「いえ、その……歳を取った感じがなかったんです!」

 「歳ですか?」


 アージェは、リーフの言っている事がわからなかった。


 「ヘリムが言っていたように、魔獣だったのかもしれない」

 「なんだと!」


 オルソが驚く。

 アージェも驚いて、抱いているヘリムに目線を落とした。


 「弱いのではなく、相手が同じ強さだったのですね……」


 アージェもそういう結果に至った。


 「ちょっと待って下さい! あの魔術師が魔獣なら誰がマスターなのです? ヘリムさんとやりあった。しかも彼の上を行く。マスターはいるでしょう……」

 「しかし、シリルやリーフを狙っている。偶然じゃないだろう。俺の孫だと知っている……。この事は、ほとんどの者が知らないはずだ」


 アージェとオルソは、強張った顔を見合わせた。

 謎が増えたのだ!


 トントントン。

 ノックが聞こえ、扉が開いた。

 ゴーチェにダミアン、ウリッセにロイ。そしてガッドが最後に入室した。

 フランクは、別室で寝ている。


 「おや? ヘリムがいないようだが……」


 ガッドが部屋を見渡し言った。


 「ここに居ります」


 アージェに抱きかかえられた犬のヘリムを見て、ガッドは目を丸くする。


 「何故犬に?」

 「すみません。この方が移動しやすかったので……」

 「十年ぶりに見る姿だ……」


 アージェの腕の中で眠るヘリムを覗き込み、ガッドはそう呟いた。

 ガッドが言っていた事は本当だったのかと、皆は驚く。


 「皆すまない。大事な話がある」


 ヘリムを覗いていた顔を上げ、ガッドが言った。

 それに皆頷き、席についた。

 時計回りにガッド、ロイ、ダミアン、ウリッセ、一つ開けてスクラン、アージェ、リーフ、オルソ、そしてゴーチェの順に座った。


 「まずは皆に謝らなければならない」


 そう言ってガッドが口火を切った。

 真剣な眼差しで、皆を見渡す。


 「昨日、私達は、皆に揺さぶりを掛けた。この中に内通者がいるのではないかと思っての事だ。一番怪しんでいたのはフランクだった。あの魔術師の格好をした魔獣のマスターの可能性を疑ったからだ」


 ガッドの驚く内容の話に皆驚いた。

 疑ってはいるとは思ったが、あの魔術師を魔獣と知っていたとは思わなかった!


 「お、お待ち下さい! 陛下は、あの魔術師が魔獣だと知っておられたのですか!」


 そう驚いて尋ねたのは、ダミアンだ!


 「すまないダミアン。あなたの息子だった為内緒にしていた。知ったのは昨日だ。ヘリムに聞いたのだ」

 「ヘリムと私達が結託していないと思わせる為に一芝居打った。父上がヘリムがこの城に居た事を知っているのは、相手も承知の所。また何らかのアクションをするだろうと思っての事だ。すまない」


 ガッドに続き、ロイもそう言って説明した。


 「ではヘリムさんが逃げ出して行った先と言うのは、陛下の元だったという事ですか?」


 ゴーチェの問いに、そうだとガッドとロイは頷いた。

 そしてガッドは、詳しい内容を話し出した。




 ――昨日、ゴーチェから魔獣を捕まえたと連絡があった後すぐに、ヘリムがガッドの前に姿を現した。

 初めは信じられなかったが、城にいないと知らない内情を知っていた。そして、今までどうしていたか話し出したのだ。

 ヘリムは十二年程前、城の敷地内を散歩していた。あまり城の外には人目につくので出ないのだが、その日は天気もよく誰もいない時を狙って散歩した。

 だがあの魔術師が、フッと現れ連れ出されてしまったのだ。


 犬にされているヘリムは、魔術も使えないのでただの犬と一緒だった。抵抗する手段がなかったのだ。

 そして、結界の張った部屋に監禁され、しかも放置だった。

 魔術師が何をしたいのかわからなかった。殺すでもなく勿論、ペットとして連れて来た訳でもない。


 そして、十年程経ったある日、魔術師はシリルを連れて来た。その彼に、何故かヘリムの世話をさせていた。

 ヘリムが、シリルに話しかけるも反応はない。召喚師ではないと判断し、逃げる機会を伺っていた。

 シリルは明らかに、魔術師の術にかかっていた。家から出るなと言われているシリルは、鍵がかかっていなくても家から逃げ出す事はなかった。

 シリルが来てからは、魔術師も頻繁に顔を出す様になった。彼の食べ物を持って来る為だ。

 そこでヘリムは気が付く。やはり自分を魔獣だと知って連れて来ていると。

 ヘリムには、水は用意されていたが、食べ物はほとんど用意されなかった。魔獣はこの世界では、食べなくとも生きていける。それを知っているのだ。

 だから召喚師かもしれないと、ヘリムはこの時思っていた。


 そして逃げ出すチャンスが来た!

 ヘリムには専用の部屋あった。そこから出さない様に言われていたシリルは、その部屋でヘリムを抱っこしていた。だがその日、その部屋の扉が少し開いていた!

 咄嗟にシリルの腕から逃れ部屋から出た。そして、開いていた窓から脱出したのだ!

 シリルは追いかけて来なかった。家から出るなと命令を受けていたからだろう。


 兎に角ヘリムは走った!

 ある程度逃げてからどうやって城に帰るか考えた。この体では、城に戻るのは凄く大変だからだ。

 一番いいのは召喚師に伝える事だった。

 魔獣の声は、召喚師には聞こえるのだ。たとえ犬の姿だとしても。

 しかし、王都の外だと召喚師の騎士がいない。


 そこで珍しい犬と言う事で、捕らわれようと思った。噂を聞けば、もしかしてと召喚師が訪ねて来るか、あるいは、王都に連れて行ってもらえるかもしれない。

 この作戦は、半分は成功した。

 エメラルドグリーンの瞳だったので、珍しいと魔術師に捕らえられた。そして、閉じ込められた!

 捕まったボシェロ家は、代々魔術師の家系だが、召喚師の家系でもあった。ただ必ず魔術師を選んでいたのだ。

 だから魔獣の存在を信じていた。ヘリムを魔獣だと確信して捕らえたのだ!

 それがヘリムの誤算だった! 元召喚師だが能力を失っている為、ヘリムの声は届かなかった。


 ところがそこへ、リーフがやってきた。

 リーフは、ヘリムの声が聞こえた!

 部屋から出してもらい、試しにリボンをほどいてもらうと、術が解けヘリムは本来の姿に戻る事が出来た。

 だがリーフは、召喚師でありながら魔獣も召喚師も信じていなかった。そこで記憶を覗かせてもらうと、驚く事にリーフはシリルの知り合いだった!

 シリルがリーフの目の前で、あの魔術師に襲われた記憶があった! そしてその記憶で、リーフがオルソとアージェとも知り合いだと知った。


 リーフが一先ず犬にと言うので、犬の姿に戻り向かった先で、驚く事にアージェと出会う。

 そこにオルソも現れ、何かややこしい事になっていると思ったヘリムは、大人しく捕まる事にする。

 本来の姿に戻ったのならいつでも城に行けるからだ。

 だが甘かった!


 騎士団の館に行く途中で、シリルに襲われてしまった。

 取りあえず城に戻りガッドに合って話をしようと、館を抜け出した。

 ヘリムは、リーフをマスターにした事を告げ、そしてシリルを連れ去った魔術師が魔獣である事を告げた。

 シリルが使った魔法陣のトラップは、本来魔獣側の魔術だった!

 つまりシリルが、あの魔術師から教わったという事だ。


 そうなると、魔術師のマスターをあぶり出さなくてはならない。

 一筋縄ではいかないだろう。

 魔術師のマスターは、オルソとシリルの関係を知っている者だ。魔術師を使い村を襲わせている。しかも王都に来た時にまた襲っている!

 自然に、オルソの近くにいる召喚師という事になり、森で襲われた時に一緒にいたフランクが怪しいとなった。

 万が一の為に疑われない様に、手に怪我を負って見せた。

 そうヘリムは睨んだのだ!


 取りあえず、リーフと係わった者達を城に集め、揺さぶろうとした。

 そして、手はずを整えヘリムは戻ったのだった――。

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