第九話 犬の行方

 リーフの問いかけに答えたアージェだが、何故かムッとしてリーフを睨み付けていた。シーンとその場が静まり返る。

 何故魔獣が怖くないのかと言う問いで、そこまで怒るのかとリーフは戸惑う。


 とんとんとん。


 と、そこにドアをノックする音が響いた。


 「イサルコです。宜しいですか?」

 「え? イサルコさん……」


 助かったと思ったリーフだが、アージェは少し驚いていた。


 「少しお待ちを!」


 アージェは、ドアの向こうのイサルコにそう返すと、慌てて研究所に入っていった。

 リーフは、アージェの慌てぶりに相手は誰だとドキドキする。

 直ぐに戻って来たアージェは、まだ座り込んでいるヘリムにがばっと、緑色の服をかぶせる。


 「おわ。何だよ……」

 「しぃ! 静かに! それを服の上から着ていて下さい。そしてあなた達は、何も話さない様に!」


 驚いて文句を言ったヘリムを睨み付け、アージェは何も言うなと二人に言うと、返事も聞かずにドアに向かう。

 ヘリムが着せらせたのは、フードがついたローブだった。


 「どうなさいました?」

 「失礼するよ」


 アージェの問いには答えずに、イサルコはズカズカと中に入って来た。その後ろでアージェは小さな溜息をもらす。

 イサルコは、黒髪で背丈はリーフより顔半分高いくらいで、がっしりした体格だ。紺色の衣服にリュックを背負っている。

 見た目からして、異国の者だとわかった。


 「犬の件できた」


 イサルコは、辺りをぐるっと見渡しながら言った。

 リーフは、このイサルコが依頼主だったで、アージェが慌てていたのかと納得する。

 犬。すなわちヘリムが人の形をとってここにいるのだから。


 「あ、はい。明日には必ず……」


 アージェは、犬はまだ捕獲していないと伝えるも、イサルコはジッとアージェを見つめる。


 (まさかヘリムが、犬だった事がばれているんじゃ……)


 リーフもドキドキとして、二人を見つめていた。


 「おかしいですな」


 イサルコの言葉に、アージェがチラッとリーフとヘリムの二人を見た。


 「おかしいとは一体?」

 「ボシェロ家の者が必死に犬を探している様子。もう、連れ出したのではないのですかな?」


 そう言ったイサルコは、ビシッ室内に置かれていたゲージを指差した。三人もそれにつられゲージを見た。

 一応用意は整っている。

 犬を探しているという事は、ボシェロ家にはもう犬はいない。となれば、連れ出したはず。

 連れ出した犬は、どうしたとイサルコは言っていたのだ。


 「申し訳ありません!」


 突然、深々とアージェは頭を下げた。

 イサルコだけではなく、リーフとヘリムもその行動に驚く。


 「実は、今回の為に雇った魔術師が、犬が苦手だったらしく森で逃げられてしまいまして、今、その報告を受けていたところなのです」


 アージェが、リーフがした言い訳に似せてイサルコに報告した!

 イサルコは、その魔術師がリーフとヘリムかと二人に振り向く。慌ててリーフは頭を下げた。


 「えっと。ごめんなさい」


 もうそう言うしかなかった!

 リーフが頭を下げたからなのか、ヘリムも何も言わないが頭を下げている。


 「それは困った。あの犬は、知人から預かった犬なのです! どこで逃げたのですか?」


 困り顔でイサルコが問う。


 「ボシェロ宅の近くの森だと、この二人からは報告を受けました」


 頭を上げたアージェが、平然とイサルコに答える。


 「そうか。悪いがこの依頼はなしだ!」

 「申し訳ありませんでした!」


 イサルコは、そう言うと部屋を出て行く。

 アージェはもう一度頭を下げ、イサルコを見送った。


 「一件落着しましたね」


 アージェはそう言いながら二人に近づく。


 「えっと。大丈夫なんですか? 訴えられたりしないんですか?」


 リーフは、犬ごときで訴えたりはしないだろうとは思うが、自分が招いた結果でもあるので不安になり聞いた。


 「それは大丈夫でしょう。イサルコさんも魔獣だと知っていて依頼してきたと思われます。まあ、犬だと思っているのならそんな事で訴えたりはしないでしょう」


 アージェの返答にリーフは驚いた。

 イサルコも魔獣だと知っていたというのだ。

 考えてみれば、捕らえられている場所を知っているのならば、自分自身で返せと言いに行っただろう。

 だが門前払いされた。だから依頼したのだ。

 魔獣はともかく、普通の犬ではないのは知っていた。

 アージェが、リーフに何も言わずにさせたように、イサルコもまたアージェに何も教えずに連れだす様に依頼したのだ。

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