第七話 リーフの記憶Ⅱ
霧が晴れて見えたその先には、宙に浮いた魔術師がいた。その魔術師は、薄い緑色のローブを着ていて、深々とフードを被り顔は見えない。
「王国付属の魔術師? それとも、それを装っているのか……」
ボソッとチェチーリアも相手を睨み付けながら言った。
リーフは、シリルが言った言葉が頭の中でグルグルしていた。
「火事……」
何かを思い出しそうで、思い出せない。何か大変な出来事――。
リーフは、頭がズキッと痛んだ。
「いた……」
痛みにリーフが頭を押さえると、二人は振り向いた。
「リーファー……。おばあちゃん、これを」
シリルは、アージェに貰ったナイフをチェチーリアに手渡した。
「リーファーを連れて逃げて!」
シリルは叫ぶ!
「何を言って!」
「二人がいたら戦いづらい! おねがいだから……」
そういうと、シリルは相手に向かって行く!
「シリル!」
叫ぶチェチーリアを無視し、風の刃をシリルは魔術師に放つも振り払われる。力の差は、一目瞭然だった!
このままではと、チェチーリアも参戦しようとした時だった。魔術師は、シリルに向けて右手を振るった!
「え? うわー!」
突然、シリルは落下する! 驚くシリルだがどうにも出来ない!
チェチーリアは、何が起きたか悟った。術が封じられ、自分自身に掛けた浮遊の術が解け、シリルは落下した!
「シリル!」
チェチーリアは、慌ててシリルに向けて浮遊の術を掛けるも弾かれた!
「何!」
驚くも急いで、シリル救出に向かう。術で止められないなら受け止めるしかない! だが間に合いそうにない!
焦るチェチーリアだが、驚く事を魔術師はした。シリルが地面に叩きつけられる寸前に、魔術師はシリルを受け止め石畳みに降り立った。
シリルは気を失って、魔術師の腕の中だ。
魔術師が何をしたいかわからないが、自分では勝ち目はないとチェチーリアは判断する。
「リーファー、一旦森の奥に逃げるよ」
チェチーリアは、怯えるリーフをしっかり抱くと、全速力で王都とは逆の方向に飛んで逃げる。魔術師が王都の道を塞いで立っていた為、反対側に逃げるしかない!
「……おばあちゃん、火!」
魔術師が放った炎が二人に迫りくる!
それを何とか交わし、チェチーリアは地面に降り立つ。ちょうど森林のトンネルを抜け、普通の道と交差する場所まで来ていた。
少しずつ距離を離してはいたが、隠れる場所がなければ逃げきれない!
「このままでは。やはり、リーファーも狙っているのか……。どうしたら!」
魔術師は、片腕で軽々とシリルを抱きかかえ、二人を追って来ていた。
術の威力は、魔術師の方が上なのは、チェチーリアはわかっていた。だがこのまま逃げるだけでは逃げきれない。かと言って、魔術師を攻撃して、万が一シリルに当たったらと思うと、攻撃も出来ない!
ドサッ。
追いついた魔術師は、シリルを離し地面に置いた。いや、落としたという方が正しい。
「何を!」
チェチーリアは、相手を睨む。魔術師は、明らかに挑発して来ていた。
『いいかい。よくお聞き。私が、相手の気を引いている内に、お前はシリルの元に行くんだ』
手を繋いで立っていたその手を通じ、チェチーリアはリーフに話しかける。
チェチーリアには、一方的にだが話しかける能力があった。
『隙を作るから、そうしたら森のトンネルに向かうよ! 私がシリルを連れて行くからお前は全速力で飛んで行くんだ! いいね!』
チェチーリアは、リーフの手を離し、その場から離れる。
作戦通り、相手を自分に引き付ける為、手当たり次第に魔術師に攻撃を始めた!
リーフは、言われた通りシリルの元に駆け寄った。
それを確認するとチェチーリアは、風の刃を魔術師の足元に放った!
砂埃が舞い、辺りは何も見えなくなる! 森のトンネルを抜け地面は土。チェチーリアは賭けに出たのだった!
リーフは、誰かが近づいて来る気配を感じ、チェチーリアに言われた通り森のトンネルに向かおうとするも、腕を掴まれた! 振り向けば魔術師だった!
「ひぃ……」
魔術師の手が、リーフの顔の前にだされた!
リーフは、ビクッと肩を震わす。だが何も起こらない!
「っち。これのせいか!」
魔術師はそう言うと、リーフが首から下げていた、アージェから貰ったペンダントを引きちぎった! そして、それを放り投げる!
「あ……」
リーフは、弱弱しく呟くと、魔術師を見た。顔はよく見えないが、紫色の髪が見えた。
魔術師は再び、リーフに手を伸ばして来た!
「ぐはっ!」
身構えるリーフだったが、魔術師は何故か肩を抑えた。
魔術師の肩には、ナイフが根元まで突き刺さっていた!
シリルから渡されたナイフをチェチーリアは、魔術師に突き立てたのだった!
チェチーリアは、ボー然としているリーフを抱きかかえ、シリルに手を伸ばそうとするが、そのまま後ろに遠のいた。さっきまでいた場所に、魔術師が放った小さな火の玉が飛んできた!
「封印の力があるって聞いたんだが……。完全には無理だったか」
チェチーリアは呟いた。
あと一歩の所で作戦は失敗した!
こうなったらリーフと二人で逃げるしかないと、チラッと森林のトンネルを見た時だった。
魔術師は、そこに十数個の火の玉を放った! 小さいとはいえ、森を火の海にするのには十分だった!
「何を!」
「キャー!」
驚くチェチーリアだが、リーフが悲鳴を上げた!
リーフは、森が燃えるのを見て、恐怖心が湧いて来た!
これとは違う風景が一瞬見える――だが、燃えていたのは森だった!
「いやぁ!!」
リーフはまた、悲鳴を上げていた!
◇ ◇ ◇
「キャー!」
リーフは悲鳴を上げながら体を起こした!
心臓はバクバクとしており、小刻みに体は震えていた。
リーフがそっと辺りを見渡すと、目の前にヘリムがいた。そこでハッとする!
「え? これ、僕の記憶?」
「そうだ……」
問いとも呟きとも言えるリーフの言葉に、ヘリムは頷いて答えた。
(そうだ。森の火! それに紫の髪の魔術師!)
リーフは、全部を思い出した訳ではないが、シリルの顔をはっきりと思い出した!
だからチェチーリアは、王都に行くなと言ったんだとリーフは一人頷く。そして男のフリをして、魔術師に見つからない様に暮らしていた!
「火を扱う魔術師か……」
「え!? 記憶を見たの?」
「あぁ。一緒にな」
(一緒にって……この人一体何者?)
記憶は言った通り戻った! 記憶を取り戻す能力は確かにヘリムにはあった! でもそういう能力を持った魔術師もいる。 チェチーリアも他の人にはない能力を持っていた。
「約束だから犬に戻ってよ」
「勿論。そうだ、マスター。結ぶ時は、片方を長めに縛ってくれよな。後で自分でほどくから」
リーフは頷く。
「うん? マスター?」
「何を驚いている? 契約したよな?」
「あぁ……うん」
リーフは曖昧に頷いておく。
ヘリムは特殊な能力があった為、自分を魔獣だと思っているらしかった。そしてリーフをマスターにしたと思い込んでいる。
そもそも現代には、魔獣などいない。犬に代えられる何かをヘリムはしたのだろう。アージェは、彼が魔術師で犬に変えられている事を知っていた為、犬を捕らえる役を魔術師にさせたかった!
訳アリのリーフでも、いや逆にその方がいいと思ったのかも知れない。
リーフはまずいと思った。
アージェに手渡した後に、人間に戻り今までの経緯が知れたら大変だと考える。
取りあえず今は、ヘリムの言っている事を信じたフリをして、リボンの片方を長くして結ぶ事にした。
「マスター、もしかして紐を結べないのか?」
もたもたとしていた為、ヘリムがそう言った。
「結べます! って、マスターって呼ばないで!」
「わかった。それより人を待たせているんじゃないのか?」
「そうだった!」
男の人の首に紐を結ぶなんて、何となく恥ずかしかったが、そう言われキュッと結んだ!
アージェに逃げたと思われても困る!
リボンを結ぶと、一瞬で姿が歪み、ヘリムはふわっふわの犬の姿になった!
安堵するとリーフは、犬のヘリムを持ち上げた。
『おい、なんだこの持ち方は……』
「え? いや、何となく……」
リーフは、犬のヘリムを背中の方から持ち上げ、自分の体から離して掴んでいた。
ヘリムが人間の男性だと知った為、普通に抱き上げるのに抵抗があった。ヘリムは、四本の足をブラブラさせながら『おなかが苦しい!』と文句を言った!
リーフは、ちょっと我慢してとアージェの研究室を目指し森を後にした。
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