第二話 逃がしてなるものか
リーフの目の前にいる人物は、ニッコリ微笑んだ。
「……中にどうぞ」
「し、失礼します」
リーフはハッとして、お辞儀をして建物中に入った。
中は思ったより狭く、目の間に二人掛けのソファーがローテーブルを挟んで設置してある。
「そこへ」
手前のソファーに通され、リーフは腰を下ろす。目の前のソファーに、男性も腰を下ろした。
彼の後ろの壁側には、机だけが設置してあり、ティーセットが置いてあった。
すぐ右手の壁には扉があり『立入禁止』とプレートがつけてある。ここから先が研究室なのだろう。
「で、今日はどのようなご依頼でしょうか」
「依頼……?」
リーフは一瞬意味がわからなかったが、お客だと思われていると気が付き慌てて否定する。
「いえ、お客ではなく、張り紙の募集を見て。……魔術師証も持っています」
先ほどまで眺めては溜息をついていた、魔術師証を男性に手渡す。
「それは失礼しました。拝見します」
男性は受け取ると、マジマジと見る。そして、魔術師証に目線を落としたまま呟くように言った。
「リーフさんとおっしゃるのですね」
「はい」
それにリーフは、緊張気味に頷き答える。
「え? これ今日発行されたものですか?」
男性は発行日を見て驚いた様子を見せると、頷くリーフにすまなそうな顔をして魔術師証を返してきた。
「申し訳ありませんが……」
「え? 何でですか? 魔術師証もちゃんとあるのに!」
「そうなのですが、私が求めている者は、すぐに仕事が出来る方なのです。今すぐにやって頂きたい仕事がありまして……。申し訳ありません」
男性は座ったまま膝に手をつき頭を下げてリーフに謝った。
(まさか取得日で、はねのけられるとは思ってもみなかった!)
リーフはここで素直に帰るわけにはいかなかった。これを逃したら後がない! 何とか採用してもらおうと力説する事にする。
「大丈夫です! 二年間、おばあちゃんのお手伝いをしていてそれなりに出来ます!」
アピールが聞いたのか、ふむふむと男性は頷く。が――
「おばあさんですか。もしかして出稼ぎに? でしたら魔術師団に入るのをお薦めします。ここより、はるかに給料がいいですよ」
その薦めには、首を横に振る。
リーフは、一時的にここで仕事が出来ればいいのである。ずっと王都にいるつもりはなかった。
「いえ、出稼ぎではなくて。その……村に帰るお金がないんです。数か月……いえ、先ほど言っていた仕事だけでもいいので、させてもらえないでしょうか?」
男性は、驚いた顔をして、リーフを見ている。
「村はどちらで?」
「あ、村はすぐそこのカルムン村です。言いたい事はわかってます! 魔術師なら飛んで帰れって事ですよね。でも有り金を全部持って出て来たので、帰ったところで生活をしていけないんです!」
「その話、どこまで本当で?」
「え?」
リーフは焦りのあまり、力説しすぎたようだ。余計な事を言った。
男性は鋭い目つきで、リーフを見ている。
「おばあさんがいるのに、有り金を全部持って来た?」
まさか話を疑われるとは思っていなかったリーフは慌てた。
「あ……亡くなって……。いえ、もういいです。すみません」
完全に嘘をついているという目つきで見られ、リーフは諦める事にした。わかってもらうより、次を探した方がいいと思ったからだ。
「あ、そう言えば、騎士なのですよね?」
男性の格好は、騎士というよりは研究者が着るような淡い水色の衣服に、剣を下げていた。マントがあるから騎士に見える感じだ。
だから確認したのである。
「えぇ。それが何か?」
リーフの行動を伺う様に聞いて来た。
万が一に誰かを頼らなくてはならない状況になった時にと、祖母から聞いていた名前があった。
その方を頼る事にする。
「えっと、バル……バルバ……ちょっと待って下さい」
聞いた名前を覚えていなかった!
リーフは慌てて巾着を取り出し、それを開けた。中には、少しのお金と折りたたんだメモ紙が入っていた。
そのメモ紙の方を取り出す。祖母がメモをしてくれていた。
「あ、バルバロッサさんだ! その方をご存知ありませんか? 確か騎士だと……」
「その名前……それ、お見せなさい!」
男性の言葉にメモ紙から顔を上げると、怖い顔つきでリーフを見ていた。そしてリーフの手からメモ紙を取り上げた!
「え?」
メモ紙には、こう書いてあった。
バルバロッサ 紹介状 チェリ
「何です……これは?」
単語しかないメモ紙を見て、男性は眉をひそめる。
「か、返して下さい! これでも、おばあちゃんの形見なんですから!」
リーフは叫んだ! 本当に数少ない形見の一つだった。まあ文字だけしかないが。
男性はリーフに、素直にメモ紙を返した。
そして驚く事を言った。
「形見でしたか。わかりました。今回の仕事だけお願いします」
リーフは一瞬ポカーンとするのだった。
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