庭園の国の召喚師

すみ 小桜

第一話 行きはよいよい帰りは――

 少年の前を大きな緑色をした馬車がカタカタと通り過ぎる。彼は、それを道に沿って植えられた、並木の木の根元に腰を下ろし眺めていた。

 行き交う人達も緑色の衣服を着ている者が多い。それだけではない。馬車や人が通る石畳も薄い緑色をしている。


 ――ここは、ラパラル王国の王都グラディナ。


 この王都から見える高台に建てられた城も緑色で周りと同化していた。この国は、森林の中にある国で、グラディナは庭園のようだと言われており、ラパラル王国は別名『庭園の国』とも呼ばれている――。


 ここ王都から出る時は、森林のトンネルを抜ける事になる。一番近い村は、馬車で三時間程のカルムン村。

 その村から来た少年は、先ほどからこの緑の風景を眺めては、ため息をついていた。いや、そう見えていた。よく見れば、魔術師証を目の高さに掲げてはため息をついているようだった。


 見つめている魔術師証には、リーフと名前が書いてあり、発行日は今日の日付。取り立てほやほやだ。


 ラパラル王国では、十五歳になると大人とみなされ、魔術師の試験を受ける事が出来る。合格すれば魔術師証が発行され、国内は勿論他国でも仕事がしやすくなる為、素質がある者は受けに来る。毎月試験をしており、試験日はいつもより王都は人で賑わう。今日も例外ではなく、試験を受けに来たであろう人達が行き交ていた。


 リーフは、試験に受かった嬉しさからでも、景観に見惚れていた為でもなく、大きなため息をまた一つ吐いた。


 「どうしよう。おばあちゃん。お金がなくなって村に帰れないよ。試験を受けるのにあんなにお金が掛かるなんて……。どうしよう。はぁ……」


 また一つ、ため息をつく。

 リーフはお金に困りため息をついていたのだった。


 祖母は魔術師証を持っていた為、リーフを養うぐらいなら稼げていたのだが、その祖母が先日なくなった。

 ここは魔術師の国。魔術を使えても証が無ければ、リーフが魔術が使えようとも仕事の依頼がこない。それほど魔術師証はこの国では、なくてはならない物だった。


 リーフは、祖母に村から出るな、王都にも行くなと言われていた。どうしてなのかは、聞かされていない。祖母から十五歳になったら話すと言われていたが、病に倒れてからすぐになくなった為、話す時間がなかったのだろう。結局何も聞いていなかった。

 なので決死の覚悟で、王都に出て来たのである。


 「あぁ、せめて記憶が戻らないかな……」


 そう言うとリーフは、左手に持っていた年季の入った緑色の巾着を胸の前で、ギュッと握り目を閉じた。


 リーフには、二年前以前の記憶がなかった。怖い目にあったからだと聞いていた。だが全くないわけでもなく、シリルという兄がいた事や、二年前までは違う村に居た事をぼんやりと覚えてはいた。


 そして二年前に祖母は言った。『男として過ごしてほしい』と――。

 そうリーフは、本当は少女なのだ。二年間男の子として過ごして板についた振る舞いで、今のところバレてはいない。魔術師証も無事? 男として発行になっていた。


 問題はそこまでさせられた理由だけど、記憶がないのでわかりようもなく、祖母の意思に従うしかない。それで魔術師証も男として受けたのだった。


 とここまではよかった。全財産を持って王都に来て、試験を受けたらスッカラカン。リーフが思っていたより試験料がかかった。


 「飛んで帰るかな……。半日あればきっと着くよね? でもすぐに仕事がないと、帰っても生活ができない……。はぁ……」


 またリーフは、魔術師証を眺めつつ深いため息をついた。

 魔術を使って帰る事は出来る。だがお金がないので生活出来ないのである。だが魔術師証を持ってないと仕事がこない。


 「こうなったらここで仕事を探すしかないかな?」


 そう呟くもどこに行けば仕事を受けられるかわからない。そしてまた一つため息。


 「ねえ見て! 研究所で人員募集しているわ!」

 「あら本当! あ、でも男性のみだって……」

 「なーんだ。あぁ、アージェさんと一緒に研究できるかもと思ったのに!」


 女性達の会話に、リーフは顔を上げ反応した。

 がばっと立ち上がり辺りを見渡す。彼女達の居場所は、すぐにわかった。

 近くにある建物前にいた。リーフは小走りでそこに向かう。


 建物はどちらかというと新しいが、他の建物同様に蔦が壁にはっていた。グラディナの多くの建物は、このように蔦が壁にはっている建物が多い。


 彼女達はリーフと目が合うと、じっとりとリーフを見てクスクスと笑いながら去って行った。

 リーフはどう見ても王都に住んでいるように見えない。よれよれの服装で、色も緑色ではなくグレーだった。緑色なのは髪と瞳。ただし見方よっては青色にも見えるシーグリーン色。


 しかしリーフは、そんな事は気にせず、彼女達が立ち去った場所に立つ。そこには扉があり看板がついていた。

 『王国付属研究所』と一段目に書いてあり、その下には『請負屋』と書いてある。


 「請負? 研究依頼でも? 僕にはそっちはできないけど……」


 そう呟くと、彼女達が見ていただろう張り紙に目をやった。



        急募!

     魔術師の男性の方

 (魔術師証をお持ちの方は即採用)



 「魔術師! しかも魔術師証を持ってれば即採用!!」


 リーフはこれを逃してなるものか! とこれに飛びついた!

 扉をガンガンと叩く。


 「はい。そんなに叩かなくとても聞こえますよ」


 そう言って扉は開かれた。

 そこから現れた人物をリーフはポカーンとして見ていた。


 この国に一番多い深緑の髪に整った顔つき。切れ長の瞳も深緑色。年齢はリーフより少し上ぐらいに見える。

 長身で勿論、緑色のローブ。いや前が開いていて、そこから見える腰には剣を下げている。ローブではなくマントだ。

 そうするとこの彼は、魔術師ではなく騎士なのかもしれない。


 ラパラル王国には、王国付属の魔術師団と騎士団があり、魔術師は緑のローブを騎士は緑のマントを着用している。国章を確認せずともすぐに、ラパラル国の者だとわかる。


 (こんなきれいな人、初めて見た)


 リーフは、こういう人を美形というのだろうと惚けていた。

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