第三話 彼の驚きの作戦
リーフの目の前にいる男性は、先ほどとは態度が違いニッコリと微笑んでいる。
突然態度を翻した理由がわからなかった。
メモ紙には三つの単語のみで、お涙頂戴の文章ではない。形見だと言った時に、大きな声で怒鳴るように言ったので真実だと思った……これが理由なのだろうか?
理由はどうであれ、兎に角助かったとリーフは素直に喜ぶ。
「いいんですか?」
一応確認してみると、男性は頷いた。本気らしい。
「そう言えば、名乗っておりませんでした。私は、アージェと申します」
そう言うと彼は、軽く頭を下げた。リーフもつられて下げる。
「本当を言うと、こちらも困っていたので。あ、お茶をお入れしますね」
アージェはそう言うと立ち上がり、奥にある机に向かった。その後姿を眺めつつ、リーフは思う。
そう言えば、バルバロッサの件はどうなったのだろうかと。知っている風だった。教えたくなかった? だから雇う事にした? もしかしたらそうなのかもしれない。
それが一番しっくりくる答えだった。
「お待たせしました。どうぞ」
「ありがとうございます」
紅茶の入ったカップをリーフの前に置くと、自分の前にも置きアージェは元の場所に座った。
「お聞きしたいのですが、村に帰っても誰もいらっしゃらないのですか? おばあさんと二人暮らしだった……」
「はい。嘘に聞こえるかもしれませんが、おばあちゃんは先日亡くなりました。おばあちゃんは、魔術師証を持っていたので仕事があったんです。だけど僕だけになったら仕事がなくなってしまって……。一応、同じ事は出来るんですけどね。それで魔術師証を取りに来たんです」
リーフは、アージェの質問に答え経緯を話した。それをアージェは頷いて聞いていた。
「それなら問題なさそうですね。仕事の内容ですが、魔術師なら難しくありません。犬を連れだして来るだけなのです」
アージェはそう切り出した。
「あっち! え? 犬探しなんですか? あ、請負屋の仕事なんですか?」
リーフは仕事の内容に驚き、紅茶を少し零した。
まさか犬探しだと思わなかったのである。これは魔術師じゃなくても、しかも男性でなくてもよさそうな内容だ。
「そうですが。大丈夫ですか?」
「えへへ。大丈夫です。……で、探す犬とはどんな特徴なんですか?」
「探すではなく、連れ出すです」
「うん?」
どういう意味だとリーフは首を傾げる。
「実は……飼い主が逃げ出した犬は、ボシェロ家宅に居るとおしゃっているのです。確認をしに訪ねたのですが、中にいれてもらえませんでした。以前までは普通に入れて頂けたので、依頼主が言っている様に、犬がいるのではないかと思いまして、確認をして頂きたいのです」
「ボシェロ家? 犬の鳴き声とかは聞こえたりしたんでしょうか?」
アージェの話を聞き質問をしたリーフを彼はジッと険しい顔をして見つめていた。
「もしかしてあなたは、魔術師なのにボシェロ家をご存知ないのですか? 代々優秀な魔術師の家系で、今はマランさんが当主です」
「す、すみません」
リーフはボシェロ家どころか、王の名前すら知らない。アージェの言葉に縮こまる。
「まあその方が都合がいいかもしれませんね。ちょっと大きなお屋敷で、塀があるのです。ですから飛んで中に入り、確認をして来てほしいのです」
確認の方法にリーフは驚く。不法侵入をしてこいと堂々と言われたのである。
「飛んで勝手にですか? そんな事をして見つかったらどうするんですか?」
「そうですね……。ちょっとお待ちを」
リーフが驚いて返すと、立ち上がり立入禁止の扉から部屋に入って行った。何か見つからない名案でも思い付いたのかもしれない。
リーフはお茶を飲みつつ戻って来るのを待った。
数分後部屋から出て来たアージェは、薄い緑色の服を持って戻って来た。それをリーフに差し出す。
「どうぞ」
「それ着ていいんですか?」
「勿論。万が一見つかった時にその服では……」
リーフとアージェの論点が違っていたようだ。
そっちの心配ですかと思いつつも礼を言って受け取った。
「後は……右手の甲を上にして、出して頂いても宜しいですか?」
「はい?」
リーフがなんだろうと素直に手を出すと、人差し指にスッと指輪が嵌められた。
ギョッとして今度は何だと、ジッとリーフは指輪を見つめる。
「それは研究者だという証の指輪です。もし万が一、捕まった場合には事情を話し、それを見せれば私の方に連絡がくるでしょう」
見つからない対策ではなく、見つかった後の対策だった。
それよりも――
「あの僕、研究者じゃないのですが、いいんですか?」
「いえ、あなたは今から仕事が終わるまで研究者です。建前は、研究者として雇いましたからご心配いりません。それとその指輪は、はめた者にしか外す事はできませんので、盗まれる心配もありません」
アージェは、ニッコリと微笑んで見せた。だが目は全く笑ってはいない。
リーフは、アージェに利用されたのではと、不安になる。そこまでして、その犬を連れ出さなくてはいけないのだから……。
「あの……」
「なんです?」
本当に今回の仕事が終わったら解放してくれるのですか?
そう聞きたかった。
「……犬の特徴は?」
でもリーフは、そう言っていた。
「犬の特徴は、白い毛がふわっふわでエメラルドグリーンの瞳だそうです。首にはリボンがついています。いれば連れ出し、見当たらないようでしたら引き上げて下さい」
リーフは、はいとアージェの言葉に頷いた。
「では作戦ですが、私が門の前で入れて欲しいと、いつもより強く抗議致しますので、見張りが手薄になったところから侵入して下さい」
「………」
まるで自分は泥棒みたいだと、ウンと頷けずにリーフはいた。
「逃げないで下さいよ。捕まったとしても魔術師証は取り上げられる事はありませんから。大丈夫です。成功すれば報酬を差し上げます」
そう確かにお金欲しさにやりたいと言った。でもそれはこんな仕事だと知らない時の話だ。やりたくないと言えない状況に、リーフは頷くしかなかった。
祖母の言うう通り、王都になんて来なければよかったと、リーフは今更ながら強く後悔していた。
「では、今すぐ向かいますので、着替えて下さい」
「着替え!」
もしかして目の前で? と、リーフはチラッとアージェを見ると頷いた。
流石に目の前で着替えれば、女性とバレてしまう。いや一層の事、女だとバラせば……いや、ダメだ。今回の仕事は男性募集だが、別に女性でも出来る仕事だ。女性だとばらした所で弱みを握られるだけだ。
なのでお願いする事にした。
「あの、出来れば一人で着替えたいのですが……」
「男同士なのに? まあ、いいでしょう。私は隣の部屋で待っています」
顔を赤らめながら言ったリーフに、仕方がないとアージェは隣の部屋に移動した。
さっさと着替えようと服を脱ぎ、もらった服に着替える。
リーフは、アージェが入って行った扉を見てため息をついた。
早く終わらせて村に帰りたい。そう思わずにはいられなかった。
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