第15話

蜘蛛の予想は当たった。

花束の下部には虫がいて、蜘蛛が張った罠に続々かかった。

ぼくは首を芋虫みたいに動かして花びらをちぎっては背中の痛みをこらえ、首と背中は繋がっているんだなぁと思い知りながら、カマクラ製作に協力した。

蜘蛛は墓の下からカマクラのてっぺんまで縦横無尽に動き回り、カマクラはみるみる形を成していった。

雪は降ったりやんだりを繰り返していたけれど、おおむね溶けて消えてを繰り返していた。

花束の上の雪解け水は生花に吸われて、ぼくをあまり冷やさず、石の上の雪はすぐ蒸発して、蜘蛛をあまり濡らさなかった。

カマクラの天井ができる頃には、ぼくの痛みもだいぶひいていて、あとは寒さをしのぐだけのようにも思えた。

蜘蛛はぼくの退屈しのぎに、昔いた人間の巣の話をよく聞かせてくれた。


蜘蛛の暮らした人間の巣には、成体と幼体がいたこと。

幼体は外に行かず、ずっと暗い部屋の中にいて、寝床が主な生活場所だったこと。

幼体はオスで、成体はオスメス両方いたが、特にメスは蜘蛛を嫌っていたこと。

幼体のオス、蜘蛛の言うところの「彼」が、成体のメスからよく蜘蛛をかばってくれたこと。

人間には、積極的に蜘蛛を殺そうとするものもいれば興味を示して歩み寄ろうとするものもいること。

人間は名前といって、個体ごとに呼び方があるのだということ。


「あたしねぇ、人間の巣にいたもんだから、人間が使う記号、文字っていうんだけど、それちょっと読めるようになったんだよ。彼の名前なんか、どんなショタイでもわかる。ショタイっていうのは、記号のなんていうか、刻まれ方っていうの? 文字ってさぁ、同じもの示すのにいろんな形をとるんだよ」


蜘蛛は生き生きと人間のことを話した。

同じ話を何回か聞いた。

でも、蜘蛛が楽しそうだから、ぼくは何度でも聞いた。

蜘蛛がやりたいなら、それはぼくにとってすっごくすっごく、価値がある。


カマクラの完成に伴い、だいぶ花束は千切られていって、下に刻まれたこの墓の文字が露出するようになると、蜘蛛はR.I.P.の意味やそこに込められた思い、遺族という考え方なんかも教えてくれた。

それによれば、ぼくが死んでも蜘蛛は遺族にならないけど、ぼくを巣から落としたママや怪我を負わせたお兄ちゃんは遺族になって、ぼくを埋める責任を負うようになるんだそうだ。まったく意味がわからなかったけど、蜘蛛が話してくれることだから意味があった。


カマクラが完成に近づくほど、ドーム内はうす暗く、光がささなくなっていった。

とはいえ空は曇りがちになっていたし、花びらはいつも微弱ながら光を透かしてくるので、ぼくが鳥目で困るような事はなかった。

そんなに風が強い日はなかったけれど、朽ちて軽くなれば、花の茎だったものは徐々に飛ばされて行き、墓の文字はほとんど全部露出した。

そんなある日だった。


蜘蛛が、生き生きとカマクラの天井を作っていたと思ったら、突然、「手遅れだった……」と呟いたきり、固まってしまったことがあった。

どうしたんだろう、とは思わなかった。

ぼくは動けない間中暇だったので、ずっと、考えていたんだ。


『……望んでないけど

 あたし蜘蛛に生まれて』


それがどういうことなのか。虫がひっくり返る、それがどういうことなのか。


『冬を越えるのは、始めてしまえば簡単なんじゃ。動かず、凝っとして、代謝を抑える。

代謝しなければ、食べる必要もなくなる。そうしてわしは冬を越えてきた』


トタテじいちゃんが蜘蛛の話をする時、どうして悲しそうに聞こえたのか。


『前はあたしの脚の節ひとつぶんだった光が、今は脚の節ひとつと半分くらいの大きさになってんだよ!!』


どうしておぞんほうるが大きく見えたのか。それは冬で空気が住んで星の光が見やすくなったのも勿論あったのだけれど。


「ねぇ蜘蛛ー」


カマクラの上で固まって、微動だにしなくなった蜘蛛に、ぼくは呼びかけた。


(答え、わかっちゃったよ)


蜘蛛は生き生きしていた。生き生きしていたけれど、体は小さくなっていた。しょっちゅう糸を出してるから、代謝して代謝して、干からびるみたいに、縮んでしまったんだ。

蜘蛛の罠が、細く、脆くなっているような気がしたのも、多分気のせいなんかじゃなかったんだ。


ぼくは呼びかけるしかなかった。まだいかないでほしかった。


(誰も望んで)


「蜘蛛ぉ。世界」


(こんな風に生まれたんじゃないのにね)


「世界、救うんだよね?」


カマクラが完成する頃、蜘蛛は寿命を迎える。

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