第14話

意識の合間に、過去を見た。


「ラッキー」


どの瞬間にも、蜘蛛がいた。


「花束って偉大」


よく喋る蜘蛛の声がして、一緒に歌をうたう。


「大好き」


いずれ雪虫が、記憶の中に混じ……って……?


「ラブ!」

「蜘蛛……?」


蜘蛛が振り向いて、「おう。おはよ!」笑った。

ぼろぼろで、泣きそうな、でも安心したようにも、安心させるようにも見える笑顔だった。


「ここは……」

「ここはね、お墓のど真ん中。あんた運良く、花束の上に落ちたんだよ。埋葬したての墓の上に、落ちたの!」


くるんと回って、蜘蛛は脚を広げて、景色を示した。


「ハカ……」


って、なんだっけ?

思い出そうとしたら、雪虫が見えた。生きてるのを見るのは初めてで、よく見ようと背中をのばしたら、悲鳴も出ないような痛みが走った。

一瞬息が止まる。

意識の糸が張る。

そうだ。ぼくは、おにいちゃんに攻撃されて、落っこちて、ハカ、墓は、確か、人間の死体を埋めた石だ。

ぼくの下は、花、花、草、花、蕾、花、そういうものがこれでもかと積まれていて、この季節、いったいどこに咲いていたのか、生花の弾力でふかふかした。

でもそういう墓はぼくのいるところだけで、ほかはむき出しの巨石が整列している、どこまでも隠れる場所のない、むき出しの平原だった。

薄暗くなり始めているぼくの視界は、たぶんもうすぐ効かなくなる。夜が近い。

ぼくの体は、初めて蜘蛛に会った雛鳥のときみたいに、蜘蛛の糸でぐるぐるに巻かれていた。

鳥目っていっても、夜はぜんぜん見えないわけじゃない。ぼんやりとは見える。

でもこの状況、もし猛禽類に見つかったら、間違いなくひとたまりもない。イタチやキツネは、もう冬眠してるんだろうか。蛇は?

生花の匂いで、ぼくの傷や血の匂いはごまかせるだろうか。


(でもそれも、ぼくが生き延びられたらの話だ)


「雪虫……」


口を開けていれば、彼らが勝手に入って来てくれる、なんてことは、て甘い考えが頭をもたげた時だった。


「雪虫じゃない。雪」


初めて聞くような、蜘蛛の厳しい声がした。

と思った途端、蜘蛛が、足から力が抜けたみたいに、崩れた。


「こんな」


ぼくには、蜘蛛の背中しか見えない。


「こんな、何もしのぐモンないとこで降んなって」


懇願するように蜘蛛は言った。

初めて聞く、覇気のない、涙声みたいな声だった。

ぼくには、蜘蛛の背中しか見えない。

その背中が、いつになく小さく見えた。

(蜘蛛が、縮む)


いつも明るくて、人間の知恵を少しだけ持ってる賢い蜘蛛が、聞く相手のないお願いを口にするような、状況なんだ、今。


(ぼくらはここで終わる)

……ぼく「ら」は?


ぼくは一回だけきゅうっと、強く目を閉じて、落ちそうになってた涙を全部戻した。


「……ぼくの下に来なよ」


蜘蛛の背中にそう呼びかける。

蜘蛛は、まるで声をかけるまでぼくがいることを忘れてたみたいに、びく、と頭を揺らした。


「しのげなきゃ困るんでしょ?」


ぼくは、精一杯明るい声で鳴いた。


「なんか冷えるもんねぇ。これが冬なんだねぇ。蜘蛛ちっちゃくて良かったね、ぼくの下なら、雪をしのげるよ」


蜘蛛は俯いただけで、答えてはくれなかったけど、すっと立ち上がった。


(うん、蜘蛛はそうでいてよ)

「……世界は、ほかの鳥と救ってね」

「ねぇ!」


蜘蛛はぼくの言葉を遮る強さで呼びかけて、勢いよく振り返った。

満面の笑顔だった。


「あんた、すごい好き」


蜘蛛の声に、弾むような瑞々しさが戻っていた。


「あんたは自分が嫌いみたいだけど、ふっふ、言ったでしょ。ここには死体があって、花があって、虫が湧くんだよ。しかも土を掘り返されて、びっくりした土中の虫はその花の下に隠れてるはずだ!

 蟻、蛆、土中のダンゴムシ、ごちそうじゃん! それに」


そこまで喋ったところで、蜘蛛は突然よろめいて、ひっくり返った。

ぼくは多分初めて、ひっくり返った蜘蛛という生き物を見た。

蜘蛛はすぐ起き上がったけれど。


「蜘蛛、大丈夫……!?」

「だ、だせぇ……」

「どっか、怪我とか」


蜘蛛は静かに首を振った。そして俯いてしまった。


「……望んでないけど、あんた鳥で。あたし蜘蛛に生まれて…………”コレ”はそういうことなのね」


「わかるかなぁ!!!」と顔を上げた蜘蛛は、いたずらっぽく笑っていて、だから、ぼくは、ど直球正直に「さっぱり」と返してしまった。


「じゃーぁ考えてな! どーせ動けないんでしょ。妙なこと考えてないで養生なさい」

「養生って、ぼくもう、冬は」


越せない、という弱音は、「カマクラ作んぞー」て蜘蛛の宣言にかき消された。

カマクラ。

ぼくが蜘蛛に会った日に、毛が生えてなくて寒がってたぼくに、蜘蛛がつくってくれたドームだ。暖をとるもの。

そういえば、あの時も、植物を蜘蛛が糸でくっつけて、ドームを作った。ぼくが今下敷きにしてるみたいな、植物を使った。


「あんた首は動く? 花びら千切ってよ、繋ぐから!

 なるべくしおれかけのやつから使おう、枯れると形変わっちゃうからさ!

 あんたどうせ怪我で発熱するんでしょ。つーかもうしてんでしょ。つらいけどがんばんなさい! それが熱源になると思って!!」


蜘蛛は、”ぼくら”を諦めないでくれている。


せっかく飲み込んだのに、涙は結局でて来てしまった。

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