第13話
人間は、同族が死ぬとなにやらギシキをするんだそうだ。
死んだからだを土に埋めて、その上に大きな石を置く。その石や場所を、墓というんだそうだ。
ギシキの時、人間は皮革だか羽毛だかをみな同じ色に染めておそろにする。
「わかる? 今。あの平原には死体がある。死体には虫が群がる。あたしたちラッキーだよ。人間がいなくなったら、土が柔らかいうちに罠張るわ。ちょーっっと林から距離があるのが気になるけど、あんたはね、ほら実際おぞんほうるまで飛ばなきゃいけないんだから、食って体力つけないと」
「ににに人間、こわいよぅ。もう林の奥に隠れようよぉ」
「あいつら悲しんでるから、鳥捕まえる気分じゃないって、大丈夫。散らばって行ってるしもうすぐ終わるよ。あんたはそこで休んでな」
ぼくと蜘蛛は、林の入り口付近の枝で、人間の動向を伺っていた。
というか人間の巣に住んだ事があって人間慣れした蜘蛛だけが人間をガン見して、僕は幹裏に隠れられる部分で、極力体を縮こまらせていた。
本当にぼくは、成長してるんだろうか。
やっぱり母鳥の判断は正しくて、うまく育ってないのかも知れない。
そうじゃなきゃ、こんなになんでもかんでも怖いって、あるんだろうか。
「蜘蛛。あのね。ごめんね」
「はい? なにが??」
蜘蛛は人間の動向を気にしながらも、ぼくの羽に登って、ぼくの表情を覗き込んだ。
「世界を救えなかったよ。人間が怖くて、戻って来ちゃった……」
「なーになに! 気にしないの! 楽しかったよ、あんたあんな俊敏に飛べるんだねぇ! Gってあんなふうにぎゅ〜〜ってもかかるんだなぁとかね、あんたと一緒じゃなきゃ体験できなかったよ。今日はいきなり付き合ってくれて、ありがとね!」
蜘蛛がぎゅうっとぼくの羽を抱きしめてくれたので、ぼくは潰してしまわないように、そっと頭をすり寄せた。
蜘蛛が頭に登っていく。
見晴らしのいいここが、蜘蛛の一等お気に入りだった。
「あれ? お前」
その時、同族の鳥が枝に降りて来た。
「あっおにいちゃぎゃーーー!!?」
お兄ちゃんはいきなり嘴を突き出して、ぼくの頭めがけて突進してきた。
寸でのところでかわしたけれど、何が起こったかわからなくて、「ななななぬななな」と問いかけにも抗議にもならない間抜けな声しか出てこない。
「頭に蜘蛛ついてんぞ」
お兄ちゃんは、舌舐めずりをした。
「取ってやるよ」
「結構ですううぅう!!」
ぼくは渾身の力で枝を蹴った。蜘蛛がしっかり、しっかり頭につかまるのを感じる。
「お前! 食いもん独占すっ気か!」
お兄ちゃんはさすがお兄ちゃんというか、すぐに追いついて、ぼくの横に並んだ。
「捨てられっこが、俺に勝てっと思ってんのか!」
「いたっ」
腹をつつかれて、バランスが崩れそうになる。
ぼくは必死で、蜘蛛を守ることと、墜落しないことと、お兄ちゃんから逃げ切ることを考えた。
その間も、お兄ちゃんの攻撃は続いた。
羽の付け根で、羽毛が、むしられていく。
「どーせお前みてーなチビで弱っちいの、冬生き残れっわけねーよ!!」
『ダメだね。こんな小さい子。すぐ弱って育たないよ』
お兄ちゃんの言葉が、一番最初のふるい傷と、重なった。
ぼくから毟られた羽毛が、やけにゆっくり、ぼくの前をとおって落ちていく。
力無い雛鳥が落とされるみたいに、状況が巻き起こす風圧・風向・気流に弄ばれて、なすすべなく。
(そうなのかな)
「俺残って、種ぅつないでやるよ。お前はその虫で少しでも俺に、栄養与えな!」
(それが正しいのかな?)
「あァんた! ねェええ!!」
蜘蛛が雄叫びをあげた。
(ぼくに起こったことは、仕方のないことだった。
そういう習性の鳥だから。
そうして取捨選択しないと、生き残れない世界に、ママも兄弟もまるごといたから。
野に生きるってそういうことだから。
仕方のないことだった。
ママのしたことは正しかった)
蜘蛛が、糸を操ってお兄ちゃんに飛び掛かっていく。
(ぼくに起こったのは、仕方ないことで、まったく、正しいことだったけども)
小さい体で、蜘蛛はお兄ちゃんの目に糸を張り、視界を遮ろうとする。
お兄ちゃんの攻勢が緩む。
攻撃がやめば、いっせいに、傷が痛みを主張しだす。
今ついたばかりの傷も、おしりにあるとかいう古い傷も、納得だけが穿てる真っ黒い孔も。
痛くて。
「……れ、もっ…………」
痛くて。
「誰も望んでこんな風に生まれたんじゃない!!」
ぼくは叫んでいた。
鳥だとか。
孵る順番とか。
巣の大きさだとか。
母鳥の習性とか。
生まれた野生とか。
鳥に生まれたとか。
誰も望んで、そこには生まれないじゃないか。
「そんな、ぼくが、ぼくだってだけで…………」
びぎゃ、とお兄ちゃんが叫んだ。
蜘蛛がお兄ちゃんの片目のまぶたに噛み付いているのが見えた。
蜘蛛が糸を飛ばして、ぼくに飛び移る。
「逃げよ!」
「っのヤロ……いてえええええ」
お兄ちゃんが、痛みにまかせてメチャクチャに足を振り回した。
その一撃が、ぼくの背骨を強打して、メリって音をたてた。
お兄ちゃんが離れる一瞬、背中の肉から爪が抜ける感覚があった。
ぼくはバランスを失って、くるくる、力無い雛鳥が落とされるみたいに、状況が巻き起こす風圧・風向・気流に弄ばれて、なすすべなく
(今度こそ、落ちて死ぬのかな)
くるくる翻る一瞬、お兄ちゃんが怪我の匂いを悟られないように、林に逃げ帰ってくのが見えた。
蜘蛛は小さくてすばしこいから、きっと落ちる前にぼくから離れて安全に着地できるだろう。
(蜘蛛。蜘蛛ごめんね)
ぼくは、体へのちからの入れ方を忘れたみたいだった。
ただ傷が痛いと思った。
(世界、救えそうも)
グシャ、となにかが潰れる音と衝撃を最後に、ぼくは意識を閉じた。
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