第10話
「いかんいかんいかん!!! 世界! 救ってないじゃん!!! 談笑して帰ってきちゃったじゃん!!?」
蜘蛛が大変なことに気づいたのは、楽器が全部使い物にならなくなって、ぼくには冬毛が生えそろい、練習というよりもご飯を探すために空を飛ぶようになってからだった。
「いきなり本番は難しいってことじゃない? 世界も、救う練習をしないと」
ぼくはふかふかの毛をつくろいながら答えた。ふかふかだ。ふかふかである。
「そ、それもそう……か……!? 一理あるか……!?」
「ぼく新しいご飯処を探して来るよ」
最近、雪虫をほとんど見なくなっていた。
蜘蛛の罠にかかる虫も絶対数が減っていて、蜘蛛が食事をしているところはほとんど見ない。
それでも蜘蛛は「あたしはあんたら鳥と違って小さいから、そんながつがつ食う必要がないっつーか」とのことだった。
(そういうものなのかなぁ。トタテじいちゃんも、長生きしてるからなぁ)
時々食べればいいだけなんて、便利でいいなぁ、と思いながら飛んで、疲れる前に、枝にとまる。
ぼくが飛び始めた頃より、空は広くなった。
ぼくが高く飛ぶことに慣れて、視界を枝に遮られなくなったせいもあるし、大きい鳥があったかくてご飯が豊富なところに行っちゃって、今はぼくくらいのサイズの鳥しか残ってないせいもある。
(そもそも、空に、雲との境界がなくなったっていうか、雲がのっぺり空に拡がって、溶けてきてるみたいっていうか)
冬、がどういうものかはぼくにはまだわからない。
わからないけど、一匹でいてはいけないんだろうなぁ、というのが、誰に教わるわけでもなく、お腹の底からむくむく湧いて来る。
枝で休んでいて、ほかの小鳥がわちゃわちゃやっているのを見ると、ぼくも無性に、そこに混じらなければならない気がする。
体格の小さいもの同士で群れて、互いの体温や飛翔時の空気摩擦で暖を取り合って、「寒い」に対抗する。
そうするべきなんだ、そうしなくちゃ、て、尻尾の付け根がむずむず、うずうず。
(でも、そんな風に群れてしまったら、蜘蛛はどうなるんだろう)
他の鳥に、食べられてしまうかも知れない。
(それにまだ、みんなの中に入るのは、ちょっと、怖いなぁ)
ぼくはママに巣を蹴り落とされた時の、納得だけが作れる真っ黒い亀裂がそこにある気がして、ふかふかになった胸を見た。
その姿勢が、はたからはしょんぼりしてるように見えたのかも知れない。
「お前、どうしたんだよ」
蜘蛛でもトタテじいちゃんでもない声が話しかけてきて、ぼくは「ぴぎゃあ」と叫んで数歩飛び退いた。
「な、なんだよ威嚇すんなよ。俺はお前と同じ鳥だよよく見てくれ」
ぼくはよく見た。
よく見て、じっと見て、相手がママとよく似た模様をしている事にきづいた。同じ鳥だっていうのは本当なんだと思う。
相手に一歩近づいて、鼻をふんふんさせて見る。ぼくの知る木の匂いと、巣の匂いと、巣材に使ったフンの匂いがした。相手も、こちらを確認するようにじろじろして、ふんふんした。
「あれ? お前、ケツに傷ないか?」
「そう? そうなの?? ぼくそこまで気にしないからわかんないです……」
「古い傷っぽいからな」
「あ、ああ〜〜〜…………ぼく、昔、巣から追い出されたことがあるから、その時のかな……」
ほかの鳥とお話しするのは、どうしてだろう、とっても緊張する。変な汗が出たと思う。発汗にはフェロモンが伴うわけだけど、ぼくはオスだし、相手もオスらしいので、何かが始まるなんて事はなかった。
なかったはずなのだけど。
「巣から!!? いつ!?」
相手が思いの外食いついてきたので、ぼくはふたたび「ぴぎゃあ」と叫んで数歩飛び退いた。
「いい、いつ、いつって!!? まだ羽も生えてない頃ですって回答として合ってますか!!?」
「お前、殻を破った時のこと覚えてるか」
相手は真剣な目でぼくを見てきて、もうほとんど睨まれている心地がした。ぼくは同族だから食われないはず、ぼくは鳥を食うとりではないはず、だから同族の彼もぼくを食わないはず、と心の中で唱えた。
「覚えてます、覚えたます、覚えれます。ぼぼ、ぼくが孵った時にはもう、ほかの兄弟がみんなぴぃぴぃ鳴いててですねぇ」
「うちにも落とされた兄弟がいた」
「はははい、はい!?」
「お前、おまえが落とされた巣っていうのは、あの辺の、林から平地に抜ける辺りにある木に作られてなかったか!?」
ぼくはここにきて、ようやく相手が何を感じてこんな態度に出ているのかを理解した。
こくん、と勇気を飲んで、お腹に落とす。
「も、もも、もしかして。ぼぼぼくの、お兄様ですか」
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