第9話

ぼくは足をぅんと踏ん張って、翼の根本に力を入れる。

ひとつひとつ役割の違う羽根や羽毛が各々の配置についたら、軽く背伸びをするみたいに背中を逸らして、勢いよく、翼の根本を引き寄せる。

同時に、嘴の一番細いところから空気に割り込んでいくんだ。

それを何回か繰り返すと、ぼくの身体は空を泳げるようになって、それを世界は「飛ぶ」っていう。

高度がぐんと変わる一瞬、お腹から尻尾の先までふわっと持ち上げられる感覚がしたら、飛翔は成功だよ。

ちょうど蜘蛛がぼくのうえで騒ぎ始めたのも、このふわっと持ち上げられる感覚がした頃だった。

蜘蛛は「すげ……」と呟いたかと思うと、「すげー! スゲーー!!」と言いながら、ちょろちょろウロカラ、ぼくの背中を這い回り始めた。


「蜘蛛。落ちるよ」

「だって!!」


蜘蛛の声はすっごくすっごく興奮していた。


「すごい変! 体、変!!

無重力ってやつー!? ふわっとしたと思ったら、ブファって!

高いとこに巣張ったことはあったけどでも、

うわあぁっ…………!」


蜘蛛があんまり大騒ぎするので、まるで初めて飛翔に成功した時のぼくみたいに思えて、ぼくはふふって笑ってしまった。

蜘蛛と、もっと感じるものを共有したくて、僕は茂みよりも木よりも、高いところを目指す。

ほとんど地面に対して垂直な姿勢になるので、蜘蛛は羽毛にしっかりつかまった。

その内ぱっと視界が開ける。


「そらーーーーーーーー!!!」


蜘蛛は空よりどこまでも拡がってきそうな大きい声で叫んだ。

ぼくはその反応が初々しくって、にまにまにまにま笑ってしまう。


「スーーーーゲーーーー!!! なんか変な風!」

「変?」

「うん! これが風を切るってやつなのかな!?!?

あっ! あれ木!? 木!!??」


空に出てまた姿勢が地面と平行になると、蜘蛛はやっぱり背中から頭からちょろちょろ歩き回り、乗り出せるだけ乗り出して下に広がる林を見た。

ぼくらがいま今出てきたところだ。


「うふふふ。木だね」

「へえええあんな風なってんだー。木って見上げる事はあっても、見下ろすことってなかったなぁー……。あたし、木のほんとに一部しか知らなかったんだねぇー……」


蜘蛛があんまり感心していうから、ぼくは飛べるようになって経験した全部の驚き、林の向こうの開けたところにある巨石群を見つけた事や、今まで大きい大きいと思っていたものがいかに小さく見えて、息苦しいほど近くにあったものが実はどこまでも離れることができるただのオブジェクトでしかない事、世界は広く、果てが見えない事なんかを全部共有したくなって、うまく説明できるかドキドキしながら、説明してみる事にした。


「上から見たらびっくりするの、いっぱいあるんだよ。空はすごいんだよー!」

「え!? どんなどんな!?」


蜘蛛がのってきてくれたから、ぼくは今までみた全てを説明した。

お花で一面埋まっているエリアがあること、突然風が襲ってくるけど、そういう時はより高く飛ぶチャンスでもあること、雨上がりに巨石群の上を飛ぶと、日に反射する雨雫がきらきら輝いて、宝物の海を泳いでるみたいな気持ちになる事。

蜘蛛は黙ってぼくの話を聞いて、たまに「うん、うん」て相槌を打ってくれた。

喋っている間にすっかり高度が上がって、安定した気流に乗れると、僕はあんまり羽ばたかなくても良くなった。


「あっっかるいねー」

「太陽近いからね」


普段、ぼくらは外敵に備えて茂みの陰でこっそり生きてるので、そこに入ってくるひかりの量は空とは全然違う。

蜘蛛はどこか、遠く、自分には届かない位置のごちそうでも見つけた時みたいに言った。


「……これが、あんたの“世界“なんだねぇ………………………いいなぁ」


蜘蛛は時々、変な事をいう。

というか、世界を救うって言ってる時点でだいぶ変なんだけど。

だからこの時も、ぼくは思ったまま、正直に返したんだ。


「??? 蜘蛛とぼくの世界は一緒でしょ」


へんなのー、とぼくは笑って


「それに世界はぼくのじゃないよ。世界はみんなのだよ」


それに蜘蛛がどう思ったのかは知らない。

ただ、それを言った直後、蜘蛛はぼくの首にきゅーっとつかまって、しばらく羽毛に埋もれると、またお喋りを再開した。

そしてたくさん喋って、見せられるだけのものを見せて、お互い感想を言い合うまでになると、


ぼくらは当初の目的「世界を救う」をすっかり忘れて、帰って寝た。

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