第8話
「はい、また楽器が死にました」
「ぴぃぇええ」
ぼくは戦慄した。
あの日、タテゴトが死んで以来、蜘蛛が作ったほかの楽器も次々用を成さなくなってた。葉っぱや空気がカサカサ枯れ出して、蜘蛛の張った糸はぴんとしていられなくなったり、弾こうとしてもぷっつり切れて音を出さなくなったりしていた。
「でも雪虫は大量だぜ」
「ぴぃええぃ」
ぼくは遠慮なく食べた。
最近は、空気がカサカサ枯れて来たからか、地面もカサカサし始めて、カサカサの地面は土中の虫に優しくないみたい。
ごはんになる虫はどこかに行ってしまったのか、日に日に減ってきていた。
なのにぼくの食欲は増す一方で、雪虫増加と、それをうまくキャッチできる蜘蛛の糸はとってもとってもありがたかった。
「蜘蛛は食べないの?」
「……………。いっちょ前にあたしの心配する前に、あんたこそいっぱい食って冬に備えないとねっ」
「そういうものかぁ」
蜘蛛の罠一面を白くしてる雪虫は小さくて、一匹ずつ啄むしかないぼくの食べ方では、食べきるのに時間がかかる。
食べてる間にくちばしに千切られて、蜘蛛の罠はぼろぼろ壊れてく。
最終的には全部地面に落ちて、ぼくは地上から食べることになる。
そうすると、蜘蛛は元あった位置に罠を張り直す。
(最近、罠が壊れやすくなった気がするなぁ。糸が細くなったっていうか)
あんまり糸を強く張ると、枯れて弾力を失った葉っぱが糸の強度にまけてくきっとなってしまうからかも知れない。
ぼくはそんな事を考えながら地面に落ちた雪虫を食べていたので、蜘蛛がどんな顔で罠張り作業をしていたのか、そういうことごとくを見逃していた。
「……冬はね」
ぼくの食事中の頭の上で、罠を張り直しながら蜘蛛が言った。
「寒くて雪降ってごはんになるような虫もいなくなるし」
蜘蛛の声は、なんだか悲しそうで、愚痴のようにも、恨み言のようにも聞こえた。て言っても誰に対しての恨み言か、ぼくにはついにわからなかったんだけど。
雪がどんなものかわからなくても、寒い事、ごはんがないことを想像したら、ぼくの食欲は一気に落ちた。
「植物枯れるし」
植物が枯れきって、どこにも身を隠せないでいるぼくらが容易に想像できた。寒さにも、外敵にも晒され続ける。
「風はつえーし暗いし空気は刺さるよーで」
この辺でぼくは震え始めた。巣から落っことされた理由。
生き残るちからの弱そうなぼくだから、ママに蹴落とされたんだ。
「マジ死の世界」
ぼくは実は、巣から落っことされる直前、ママに言われた事がある。ダメだねって言われたんだ。
『ダメだね。こんな小さい子。すぐ弱って育たないよ』
そうしてぼくは落ちた。ママの選択が正しいことはわかっていた。野に生きるっていうのはそういうことだから、わかっていた。わかっていた。
わかっていたから哀しかった。
ちいさくて弱いぼくのからだ。
ちいさくて生き抜けないぼくのからだ。
ぴったり止まってしまったぼくを見て、蜘蛛は食事が終わったと思ったのかも知れない。頭の上に蜘蛛が降りて来たのがわかった。
「まぁこの辺雪は、あんまりひどくな」
「死ぬんだ?」
ぽたっと涙が落ちて、ぼくは自分が泣いてるって気づいた。
気づいたら、もう止められなくなってしまった。
「この子は生き抜けないって捨てられたのに、そんな死の世界、生きてけないよう」
蜘蛛は、頭の上で固まっちゃったみたいだった。
我ながら、泣いてばっかりで嫌になるけど、泣けば泣くほど、泣いてばかっりいるぼくが冬の世界を生きてけるなんて思えなくなっていった。
ぼくの涙で、折角の雪虫は濡れてぺちゃぺちゃになってしまった。脆い虫っていわれるだけあって、雫の一滴で羽や触覚が壊れてしまう。
こわいよう。
こんな風に、ぼくも脆く生まれてるのかも知れない。
雪のひとひらで、ばらばらになってしまうのかも。
雪虫たちは、こんなに壊れやすく生まれたことに、怯えたり泣いたりしないんだろうか。
「………………ぃよし!」
その時、蜘蛛が頭上で身を起こす気配がした。蜘蛛が外敵を威嚇する時の仕草だ。
「世界を救いに行こう!!!」
蜘蛛の声は大変なやる気に満ちていた。
え、今から? ぼくは言われたのが予想外の事すぎて、出ていた涙がすっこんだ。
「大丈夫だって! 飛ぶ練習してんじゃん!! 羽生えてるし、うーん、それに!!」
蜘蛛は頭上でやぁやぁまくしたてると、ひょんっとぼくの目の前にぶら下がって現れ、逆さまになった笑顔で言った。
言ってくれた。
「あんたでっかくなったじゃないっ」
満面の笑顔だった。
蜘蛛がそうやって笑うから、「ね」て同意を求めるから、涙で濡れるかも知れないのに目の前でぷらぷら揺れて見せるから、ぼくはきゅっと目を閉じて、蜘蛛を吹っ飛ばさないようにゆっくり慎重に、翼をひろげた。
「……長時間は無理だよ?」
ぼくらは、世界を救いに行くことにした。
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