第7話
練習を続けたからね!
風がちょっとだけ冷たくなって、でもおかげで、寒いところにいられない大きい鳥たちは移動した。あったかいところに渡って行ったんだ。
風の吹く方向は安定していて、つよい。
飛翔のシーズンだよ!
「毛深くなったねぇ〜」
「成長したっていってよぉ」
ぼくの抗議は、蜘蛛にとってはそれこそどこ吹く風。
ぼくはもうりっぱな一羽の鳥で、練習の甲斐あってちょっとだけ高めに飛べるようになってるっていうのに!
蜘蛛はぼくの頭に乗って、「はいはい、あ〜ん」と新鮮な雪虫の死骸をぼくのくちばしに差し出した。まるで親鳥が雛鳥にするみたいに。
ぼくはありがたく雪虫は食べたけど、もう雛鳥じゃないもんって主張したくなって、予告なく思いっきり羽を広げて見せた。
あんまり勢い良く広げたので、蜘蛛はぼくの頭上から吹っ飛んでしまった。ぼくは蜘蛛を見失った。
「きゃ〜〜!! 蜘蛛! 大丈夫!!? いきてますか?!?!」
答えはなかった。
ぼくは羽を広げた時より勢いよく、体温が下がっていくのを感じた。
なんということだろう。
ぼくがちょっと意地悪な気持ちになったせいで、今やぼくよりずっと小さな蜘蛛は、茂みの中で行方不明になってしまった!
「蜘蛛〜〜!! 蜘蛛ーー!! くもーーーーー!! クモぉお」
ぼくは怖くなって、さみしくなって、悲しくって、ごはんを持った親鳥が巣に戻って来た時大騒ぎする雛鳥みたいに、ぴぃぴぃぴぃぴぃないてしまった。
悪い想像が、もう木にしがみついていられなくなった枯葉みたいに、ひらひらひらひら降ってきたんだ。
蜘蛛は帰りみちがわからないくらい遠くまで飛ばされてしまって、もう会えないんじゃないか、とか。
天敵のモグラの穴にふっとばしてしまったんじゃないか、とか。
吹っ飛んで木にぶつかってぺしゃんこになって蟻に襲われてしまったんじゃないか、とか。
蟻に食べられるってどれだけ痛いんだろう。モグラのお腹の中で、蜘蛛はどんな風にモグラの一部にされちゃうんだろう。蜘蛛は帰りみちがわからなくなって、不安になって途方に暮れてたりしないだろうか?
ぼくはおおきくなって、前よりずっと力も強くなったんだから、動き方には気をつけなくちゃいけなかったのに!!
「やだーーー!!!! 蜘蛛ーーーー!!」
「えっあんたなんで泣いてんの?」
蜘蛛は器用に周囲の茂みに糸を飛ばしながら戻って来た。
「蜘蛛〜〜〜〜!!!! 良かった生きてたよぉ〜〜〜!! 吹き飛ばしてごめんなさい!!」
「あたし吹き飛ばされたの? 風が吹いたなとは思ったけど」
蜘蛛はぼくの涙でぬれないように、すこし距離のある葉っぱにぶら下がって、励ますように言ってくれた。
「あのねぇ! 蜘蛛は雪虫と違って、突風くらいじゃどうこうなんないんだよ! 複眼だからあんたよりず〜〜っとたくさんものが見えるし、どこに糸飛ばせば風圧で潰れないか、風に乗れるか、そういうことがぜ〜んぶわかるの!
ぴゃっと糸が飛ぶから、高いとこから落ちたって、どっかにぶつかる前に、ひゅん! ね! どこにだって移動できるんだから!!」
蜘蛛は大げさな身振り手振りと宙返りまでして説明してくれたけど、ぼくは今度は安心して泣いてしまって、結局涙はぼたぼたぼたぼた。
ぼくは泣きながら、もうぜったい自己主張のために大げさに動くのはやめようと思った。ぼくはもうりっぱな一羽の鳥なんだから、落ち着いて、蜘蛛が怪我しないように動くんだ。
「なぁんだよ、元気だせよぅ。あ、音楽やろっか! 歌えば元気になるかもよってな!」
蜘蛛は揚々、葉と地面に糸を張って作ったお手製タテゴトに近づいて、ぴぃんと弾いた。
タテゴトは音もなく崩れた。
蜘蛛がぴぃんと弾いた瞬間、枯れて黄色くなったタテゴトの葉はくきっと折れて、大地に伏してしまったのだ。
「ぴぎゃ〜〜〜!!! 楽器死んだぁ!!」
ぼくは驚き過ぎて跳び上がって尻餅をついた。
「し、死んでなんかない。ちょっと寝ただけ。植物ってそうそう死なないんだから。春がくれば……、………………………」
蜘蛛も少し動揺してるみたいだった。少しの間、なんだか苦しそうに目を伏せて、俯いて、黙り込んでしまった。
やっぱり吹っ飛んだ時に、どこか傷ができてしまったのかも知れない。
ぼくは蜘蛛がとっても心配になって、涙が止まるように、目にぐっと力を入れて立ち上がった。
「蜘蛛」
「いや〜まいったね。冬が近いからなぁ、んましょうがないよ」
ぱっと面をあげた蜘蛛は、いつもみたいに陽気に笑っていた。
でも、なんだろうな、いつもみたいはあくまでみたいであって、いつもどおりとは違うんだ。
「蜘蛛。どこか痛い?」
「んんん?? 大丈夫だよ??」
「蜘蛛。あのね。もふっていいよ」
ぼくは蜘蛛がひょんっと飛び移れるように、うっかり涙でぬれてしまわないように、慎重に頭を差し出した。
蜘蛛は「えーなんだよー」て言いながら、ひょんっとぼくの頭に乗った。
そして「もふもふいぇーい」と言いながら頭から首にかけて転がり落ち、また頭に登って転がり落ちる遊びを始めた。
何度もされるとだんだんくすぐったくなってきて、ぼくは笑いをこらえてふるふるする羽目になった。
ふるふるがこらえられなくなって、ぴぃぴぃ笑う頃には、気持ちがすっかりぽかぽかして、泣いていたことなんて忘れてしまった。
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