第6話
ぼくには飛び方を指南してくれる相手がいないので、飛ぶ練習は試行錯誤と本能による挑戦、失敗、挑戦の繰り返しだった。
度重なる失敗のおかげで、筋肉と根性は鍛えられた。
筋肉が発達すれば、貧弱なときにはわからなかったからだの使い方がわかるようになる。
そうしてゆっくり、飛び方を学習していく。
(足で思い切り下を蹴って、ジャンプして、そのまま空に落ちていくみたいに
翼で、風を、掴む)
そうして少しずつ移動できる距離をのばしていく。ぼくは星のもとまで蜘蛛を乗せて飛ばなきゃならないんだから。
(星。星って空のどこにあるんだろう)
そういえば知らない。
星にタッチした鳥とか、いないのかな。
木よりも高いところまで飛ぶと、ぼくよりずっと高いところをなめるように飛ぶ鳥や、なかまと群れて飛ぶ鳥が見える。
彼らはぼくよりずっとりっぱな体格をしている。
(栄養の違いなのかな。彼らは、ぼくみたいな小さい鳥を食べて生きてるから)
そういう考えがピッと浮かんだ瞬間、筋肉がピッと固まって、上に行く風に立ちはだかった。ぼくが風の障害物になる。
上を目指す意気が萎んで、小さくなっていく。
筋肉も一緒にしぼしぼ縮こまる。
(うう、今日はここまで)
さっと宙返りして、下降してく。
(うーん。高く飛ぶなら、きもちの方もちゃんと、コントロールしなきゃだなぁ)
高く飛ぶ鳥に食べられないタイミングとかないかな、て考えながら着地する。足元で、からっからになった落ち葉がくしゃっと割れた。
くしゃ、くしゅ、かさっ♪
最近の地面は音楽に凝ってるみたいで、歩くたびにこういう音をたてる。
くしゃしゃしゃっ
かしゃっ、きゃしゅっ
外敵に位置を知らせることになるから、ほんとはしない方が賢明なんだけど。
ぼくはこの地面の音が物珍しくって、ついつい跳ねたり走ったりしてしてしまう。落ち葉はどんどん砕かれて、細かくなるとふかふか積もって、いずれ音を立てなくなる。
でも明日になれば、また演奏会ができそうなほど落ち葉は積もってる。
こうして「楽しい」に夢中になると、ピッと固まった筋肉もきもちも、落ち葉みたいに粉々になって、ふかふか柔らかくなってくるんだ。
「なんじゃい、またお前さんかい」
「ぴーっ!」
後ろから声をかけられて、ぼくはびっくりして数歩跳びすさった。
「なんじゃい、あいかぁらず気がちっさいのぅ」
ぼくが粉々ふかふかにした落ち葉をかき分けて、よく見ないと存在がわからないくらい地面っぽい色の大きめなくもが現れた。
「トタテおじいちゃん」
「おっ、いい感じに小虫に食いやすそうなサイズに葉を砕きよったの。これでここいらは暫くわしの狩り場じゃ。いっひっひ」
トタテおじいちゃんは土の中に棲んでる、土蜘蛛だ。蜘蛛の古い知り合いで、
とっても長生きで、回数を忘れるくらい何回も冬を越えてるんだって。
「ごめんね、トタテおじいちゃん、うるさくなかった?」
のぞき込んで訊くと、来るな来るなと腕を振り回される。
ぼくはなるべく動いて見せないように、気をつけながら距離をとった。
トタテおじいちゃんは、鳥があんまり好きじゃない。
たとえ食べられないってわかってても、食べられそうな心地になってひやひやそわそわ落ち着かないから、あんまり近づかないで欲しい、って初めて会ったときに言われた。
「まったく、蜘蛛が人間かぶれだと鳥も人間かぶれになりよる。あんまりうるさかったから、ちょっと地中で踊っちまったわい」
「そうかぁ。ごめんね。ここにいるなんて知らなかったんだ」
「ふん、こちとら食い物求めて移動せにゃならん時期じゃからの。
ときに、お前んとこの蜘蛛はどうじゃ。元気なのか。相変わらず世界を救うとか言うとるんか」
トタテおじいちゃんはこうして蜘蛛のことを気にかけてくれる。いい虫だ。
「言ってるよ! だからぼくは、飛ぶ練習をしてるんだ!」
ぼくはふふーんと胸を張った。「ああ動かんでくれ、びびる」と苦情がきたので、ぼくはふふーんを維持したまま話すことになった。
「そうか……奴は止まらぬか……奴は卵を残すこともせんかったじゃろう」
「むしろ卵を残せるとか初耳だよ」
「いい、いい。卵はしごく、消耗するでな……。残さぬのなら、それも戦略というものよ。あやつは生きるみちを選んだのじゃ」
話すトタテおじいちゃんの声は、どこか寂しそうだった。
「どうしたの? トタテおじいちゃん。なにかあったの?」
「なにも。なにもない。ただな。鳥よ。お前等はどういう命の機構か知らんが、わしらの機構は単純なのじゃよ」
トタテおじいちゃんは長く生きてるので、たまにむつかしいことを言う。
いのちのきこう、てなんだろう。気候? お天気?
トタテじいちゃんはさびしさに耐えるみたいに、続けた。
「冬を越えるのは、始めてしまえば簡単なんじゃ。適した場所を見つければいい。ただじっと動かずにいられる場所をな。
動かず、凝っとして、代謝を抑える。
代謝しなければ、食べる必要もなくなる。そうしてわしは冬を越えてきた。だから」
トタテおじいちゃんは、なにかにがっかりしたみたいに、地面に沈み始めた。
「あやつがそうせぬのが、じじいには……」
トタテおじいちゃんの声は、土の中に埋もれていった。
おじいちゃんだから、疲れて眠くなってしまったのかも知れない。
ぼくはしばらく待って、出てこないだろうなあと思ったところで「じゃあまたね、おじいちゃん!」と声をかけて、なるべくうるさくならないように低い位置を羽ばたいて、蜘蛛と棲む繁みに戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます