第5話

蜘蛛が地球をようよう自分のものにする間、ぼくは蜘蛛がよく演奏してくれるハナウタをおぼえ、ただのふわふわから飛べそうなふわふわになった。


熟れ落ちた栄養たっぷりの木の実に虫がたかり、その虫ごとぼくが実をたべる。逃げようとする虫は蜘蛛の張っていた罠(というか単に蜘蛛の巣)にかかり、ぼくらはセカイヲスクウために着々と体を作っていた。

蜘蛛は地球を理解してなお、おぞんほうるを信じていたし、夜空には穴があいていて、そこから紫外線が悪さをするものと言い張った。

ぼくが「う~ん」と懐疑的な態度を示すと、蜘蛛はしおれた花みたいにしゅんっとなってしまった。


「ほんとうだよ…おぞんほうるは世界をこわしていくんだ……。

あたし見たもん……ほんとうに……ほんとうにあぶないものなんだよ……」


蜘蛛はその日、それきり黙ってしまった。なにか怖いモノに耐えているようにも、ただただ悲しんでいるようにも見えた。

蜘蛛があんまり小さく見えたので、ぼくはびっくりあわあわしてしまった。

今まであんなに俯いた蜘蛛は見たことがなかったから。


どうしよう、そんなつもりじゃなかったのに、傷つけて、悲しませてしまったかも知れない。

どうしよう。


そのとき、蜘蛛がハープとかタテゴトとか適当に呼んでる楽器が見えた。

ママに落っことされて泣いてた僕を、慰めてくれたものだ。

ただし、ぼくが弾くと糸が羽にくっついて、一撃で壊れてしまう。

あの時、蜘蛛はぴぃぴぃ鳴くだけのぼくに言ってくれた。


『鳥って声を持ってるんだね。体一つで歌が歌えるんだ。音楽が出きるんだねぇ』


ぼくが歌い始めると、蜘蛛はゆっくり上向いて、すっかり高くなってしまったぼくの目を見て、蕾が開くみたいに笑顔になった。

雨上がり、路上に水溜まりが取り残されてるみたいに、かなしさやつらさの拭いきれない笑顔だったけど。

蜘蛛はただ隣に来て、ぼくのふさふさに埋もれて、歌を聞いてくれた。

ぼくはふさふさ期で良かったと思った。

蜘蛛はほとんど羽毛に埋まって、表情が見えなかったから。


勘違いでも、いいんだ。

蜘蛛がやろうとしてること、それにぼくが力を貸せること。

それだけで、ハナウタみたいに、美味しいものにおいしいものを足してすっごくおいしくなるような、とってもすてきなことに思える。


蜘蛛がやりたいなら、それはぼくにとってすっごくすっごく、価値がある。


もりもり身体をつくっていたぼくは、ある朝、蜘蛛が夜のうちに仕掛けた罠に、たくさんのふわふわがくっついてるのを見つけた。

一瞬自分の抜け毛かと思った。

蜘蛛は巣の前に立ち尽くしていた。


「雪虫だよ」


蜘蛛が教えてくれた。


「雪が降りそうな季節になると、出てくるの。風圧で死んじゃうくらい繊細だから、群れでひっかかってそのまま死んじゃったんだろうなぁ」

「つまりごはんがいっぱいあるってことだね!」


その頃やたらとおなかが減っていたぼくは、目を輝かせた。と思う。

蜘蛛はそんなぼくを振り返って、「いーよいーよ全部食べな!」と笑った。


笑ったから気がつかなかった。


蜘蛛がいっぱいの雪虫の死骸を見て、愕然としていたこと。

ぼくの食欲が世界を救うための身体づくりじゃなくて、冬を前にした本能だということ。

蜘蛛が少し小さく見えるのは、ぼくが大きくなったせいだけじゃないことにも。


そうしてぼくはいよいよ、飛べるようになった。

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