第3話

そうしてぼくと蜘蛛はいっしょに生き始めた。


というか一方的に蜘蛛がぼくを生かしてくれた。

蜘蛛はぼくよりちいさいのに、小さいから風を使うのが上手かった。

風にとばされないように身を屈めるのも、糸を風に乗せて移動するのも上手だった。

寒がるぼくに落ち葉を結んでドームを作ってくれた。鳥が枝葉や木屑で巣を作るみたいに。

ドームはとてもあたたかく、驚いたことに飛ばされなかった。


「あたしの糸はね、丈夫なの。世界を救うために、丈夫にしたの。ふふん」


蜘蛛はどんな風より強く言いきった。

実際は、立地の功だったのだと思う。風切り羽と同じ。風のちからを分散したり、外敵から身を守ったりできるようなかたちを、蜘蛛が組みやすいような地形で、茂みだったんだ。

蜘蛛はきちんと、生存しやすいところを選んで生きていた。

蜘蛛はドームを、カマクラと呼んだ。


「あったかいでしょう? カマクラってね、人間が、雪で作って暖をとるもんなんだよ。そっから着想を得たの。

ポイントは砂も結びつけて、隙間を作んないこと!

ね、信じられる? 暖をとるんだよ、雪で。あんなに冷たいものでも、あったかーいものになれちゃうんだ。

あっあんた、雪ってわかる?」

「本能のはんい内では。実物は見たことないよ」

「まーまだ季節じゃないからね」


ぼくの落下の時の怪我はみるみる治り、代わりにふわふわ、毛が生えてきた。

動けるようになったし、歩けるようにもなった。

カマクラがいらないくらい、毛はあったかかった。

それでもぼくはカマクラをねぐらにした。

空にカラスがいるように、地上には蛇も鼠もいる。

蜘蛛は糸を張って宙で寝ることができたけど、ぼくは蜘蛛糸で吊るには重くなりすぎた。捕食者から身を守るのに、カマクラは有効だった。

ただし、カマクラを構成する葉っぱやなんかは落ち葉が多かったから、日々水分が抜けて形が変わっていった。

ぼくは隙間を埋める落ち葉を運んで、ついでに葉陰の虫や木の実をもりもり食べた。

ぼくは動物だからかな、動けるっていうのはわくわくした。いろんなところに行ったら、蜘蛛みたいに、生きるのにいい場所を見つけられるんじゃないかという気がした。

その場所と出会えるのが楽しみで、じっとしていられない。動くって、そういう感じだった。

ぼくがあんまりあちこち行きたがるので、蜘蛛は頭にのって、危ない場所と安全な場所を始終ぼくに教えなきゃならなかった。


「うぇっぷまーた毛が口に入った。あんたも毛深くなったよねぇ」

「成長したって言ってよ」

「うんうん、そのまますくすく育ちたまえよ。あんたの上にいると、移動がラク。でもその先、茂みがないから上から狙われるかも」

「早く言ってよ! でもちょっとだけ見てみたい」

「じゃあ行ってみよ!」


蜘蛛は情報をくれるだけで、具体的にぼくを守るものではなかった。

でもぼくらはそれで良かった。


「ぴえぇ、ほんとだ、いきなり葉っぱがないよ。隠れるところがないよ、こわいよ」

「大丈夫、あたし複眼だから、大体の範囲見えるから。いざって時は教えてあげる」

「ぼく小さいし弱いもん、だから落とされたんだもん、いざってときは遅いよぅ」

「そんなことないと思うけど。ま、落ち葉拾いながら帰ろーか。今ね、あんたの毛の間に弦を張ったから。楽しい音楽奏でてしんずる」


蜘蛛は八本も足があるので、えんそうは得意だった。

怯えて逃げ帰っても、道中蜘蛛の音楽があれば、ぼくはいつの間にかぴっぴっぴって、ちいさく歌ってるんだ。

そういうのをハナウタっていうんだって、蜘蛛が教えてくれた。

花に歌なんて、なんだか美味しいものとおいしいものを足して、すっごく美味しくしたみたい。

実際、ハナウタを歌うと、自分が弱くて小さい生き物だなんてこと、忘れていく。

ハナウタ混じりに落ち葉やごはんをついばむと、嘴の開き方と咽のふるわせ方で、ぴぃぴぃとはまた違った音が生み出せる事に気づく。

ふんふん、ていうのかな。くるくる、とかくっくっ、とか、そういう音も出せる。

同じ咽なのに、ママにごはんをねだるときとは違う、いろんな音が出せるんだ。

ハナウタを歌ってると、ぼく自身もそんなふうに、弱くて小さい個体から、大きくてつよーい個体に、もしくはしゅっとして素早い個体に、多彩な変わり方ができるような気になる。


雪のカマクラが、いのちをあっためるみたいに。


「ぎゃーちょっと、そんなに頭振んないでよ、落ちるでしょ!」

「あっごめん」


おどるという行為も、蜘蛛の音楽で、自然に身についた。

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