第2話

気がつくと、なんだかねばねばしたものにぎゅうぎゅうに縛られていて、身動きは取れないけれど、冷風からは守られていた。

ねばねばしたものの層は厚く、空腹でひんじゃくなぼくには、どうにかできそうになかった。

とおく、残照に照らされて、ぼくのもうかえれない辺りは金色をしていた。


その金色の国から、羽のない虫が、繭を抱えて降りてきた。

「お、目ぇさめた?」

羽のない生き物がどうして空から、と思ったとき、彼女の伝ってきた糸が夕日に光った。

糸は細く、ひかりに見失いそうになる。

繭だと思っていたモノは、糸でふんじばられたバッタだった。

「あたしは蜘蛛。あんたがぶっ壊してった巣の主。気にしないで。家が崩壊するのは、よくあることなの。

ごはん。持ってきたんだ。鳥って虫を食べるんでしょ。あたしもだよ。分けて上げる!」


空腹にまかせて、ぼくは蜘蛛ごとくわえた。


「食うな食うなあたしは! あんたが動けない間、ごはんを捕まえて、運んでくるのはあたしなんだからね!」


意味はわからなかったけど、嘴の先で暴れる蜘蛛をバッタごと飲み込む力は、ぼくにはなくて、蜘蛛を食べるのは諦めた。

それからいくつか、蜘蛛はぼくにごはんを運んでくれた。

その間、蜘蛛はとってもお喋りだった。

「あんたの体のそのぐるぐるね、あたしの糸なの。体力ついてきたら、そのまま転がってみると良いよ。落ち葉の下で隠れてるような虫がびっくりして出てくるし、小さい虫なら何匹かくっついてくるだろうから。

これはね。人間って生き物の包帯って慣習から着想得たの。

あたし昔、人間の巣にいたんだぁ」


ごはんをいっぱいもらえて、元気になったぼくは、ここが土の上だと気づいた。まだ青い草が茂みを作っていたけれど、散り始めの枯れ葉や苔で表面は柔らかい。

「ねぇ、あんたはどっから来たの? 鳥だよね? 鳥ってさぁ、やっぱり空に巣があるの? 雲の上に乗ってるの?」


あそこだよ、と示そうと思って、上を見た。

ショックを受けた。

木は高く、枝葉は無限にこんがらがるよう広く空を遮って、しかも似たようなのがそこらじゅうに生えている!


とてもとても、遠いところに来てしまった気がして、目が潤んだ。

どう頑張っても、元の巣には辿り着けない気がした。見つけられない気がした。


そうして、例えたどり着いたってそこにもうぼくの居場所はないんだ、と気づいた。

至近にいた蜘蛛が、「濡れるっ」と叫んで走り去ってしまった。

ぼくは泣いていた。

おなかが満たされて声が出るようになったから、ぴぃぴぃぴぃぴぃ泣いていた。ごはんを持ってきてくれたママの注意をひくときに、きょうだいがしきりにあげる声と、一緒だ。

でもきょうだいたちと違って、ぼくがこうしていたって、ママがごはんを口に入れてくれる日はこない。

ぼくよりずぅっと体の小さい蜘蛛は、濡れたら死活問題なんだろう。どこかに行ってしまった。


ぼくは、小さくて弱くて、誰からも省みられない。

そういう命になってしまった。


泣き疲れて、声も弱々しくなる。ぴぃ、ぴぃ、もう聞いているのはぼくくらいだ。まだ生きてることをぼくに証明するみたいに、ぴぃ、となく。

一人遊びみたいだな。


ぴぃ。


ぴー。


ぴ。


ぴぃ。


ぴぃ。

べんべけべん。


ぴぃ。

ぽりろん。デキュロリロリロン。


「ねーぇ! これ楽器っていうの、すごくない?

人間は気持ちが振り切れたときに、音をならす生き物だったんだよ!

結構糸はった楽器って多くてね、あたしも色々作ってみたの!」


蜘蛛は少しはなれた草の陰にいた。

草はしなやかに反り、地面との間に格子状に張られた蜘蛛の糸があった。反った草はその形をキープできるように、周辺の草花に吊られている。

「この楽器はハープ! 竪琴とかいったかな」

張られた蜘蛛の糸を巧みになでると、ぽろんぽろと音がした。更に振動が、連結された草花にも伝わって、独特の響き方になる。

「これは三味線! ひからびちゃったかまきりの足で作ったの」

べべん、と蜘蛛が自信満々に音を出す。

そして少し、哀しそうに言った。

「鳥って声を持ってるんだね。体一つで歌が歌えるんだ。音楽が出きるんだねぇ」

そう言って蜘蛛は、おんがくを奏でた。

かすれた声で歌ううたは、静かで、ハープのようなハープオルガンのような楽器に消されて、消えていく。

ぼくはすっかり意識を、蜘蛛に奪われた。


「これね。あたしのいた人間の巣でよく聞いた音楽なの。

ねぇ、あたし世界を救わなくちゃならないんだけど」


今なんて?


ぼくは予想外過ぎて聞き返す余地もなかった。

蜘蛛は真剣そのものでぼくにいった。


「世界を救うには、鳥の飛ぶ力が、どうしても必要なの。

あんたさえ良ければ、あたしに協力してくんないかな」

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