三月 蠢く闇 上

「よーし、じゃあ後もう少し走ろっか」

「はい!先輩!」

 山科区は四宮にある疏水公園で、高校生の洲崎は後輩のトレーニングに付き合っていた。陸上部である彼等は春の大会を目前に控え、少しでも実力を伸ばそうとしている。今年から三年になる洲崎は、新入部員を教える立場になるであろう後輩の背を見、一抹の寂しさを感じていた。

 吹く風は少し肌寒く、折角の暖かな日光すら覆い隠す雨雲。それを見、降り出す前に引き上げよう。そんな風に考えていると……異変に気付いた。

 後輩はスプリンター。公園を軽く走るだけならほんの一分程度の事だ。だが……未だに帰って来ない。

「アイツ……足やったか……?!」

 陸上部員にとって、足は命。それも今怪我をすれば、大会に出る事すら危うくなる。急いで後輩を探し、応急処置をしなければ。洲崎は救急箱を手にし、後輩が居るであろう場所に向かう。

「おーい、おーい!!何処だ?!」

 そう言いながら、散りだした桜の下を走る。が、行けど行けど後輩は見当たらない。と、何かに躓いた。見れば後輩のスパイクが、片方だけ落ちている。

「え……?」

 走る最中に靴が脱げた?有り得ない。何かあったのでは。そう思い、辺りを見渡した時――


 暫くの後。誰も居なくなった公園に、冷たい春の雨が降り注ぐ。その桜並木の下には、雨に塗れる靴と救急箱があった。




「……で、ここが被害者の遺留品があった所です」

 雨が今にも降りそうな曇天の下、鮫島さんは朱雀にそう言って数字の書いてあるプレートを指差す。そして遺留品の映った写真を朱雀に渡した。ボクと神楽は朱雀の後ろからそれを覗く。

「これだけ?」

「えぇ。靴と救急箱。それだけです」

 朱雀が聞くと、鮫島さんは首を縦に振った。やっぱり、大津連続失踪事件と関連があると見て間違い無い。

 大津連続失踪事件。滋賀県は大津市でここ数日発生している事件で、同じ様に遺留品を数点だけ残して六人……今日で八人失踪している。当初は単なる事件と思われて居たけれど、一昨日の事件発生時に正体不明の”何か”が目撃された為、特妖課預かりになった。

 で、今日。この事件が京都で発生したので、我らが京都府警特妖課に出動命令が出たのだ。そうなれば当然ボク達が呼ばれる訳で。

「もう少し探せば何か見つかるかも知れませんが、今は人手不足なので……」

「そう言えば……人少ないですね……」

 鮫島さんの言葉に、神楽はそう言って辺りを見渡す。確かに鑑識さんも何時もより少なく見えるし、何より……

「黒田さんと大隈さんは……」

「はい。今東北に出向中です」

 やっぱり。あの震災の影響だ。かく言うボクのママも東北に居るし、神楽に至っては両親が共に災派に行ったので、今朱雀の家に居候している。羨ましい。

 朱雀は黒島家の当主として、災害基金の立ち上げや支援物資の調達に忙しそうにしていたのを覚えている。未だ余震は続いているらしいけれど、ボク達に出来る事はこれだけである。

「ですので、滋賀県警の方から応援が来るそうです」

 鮫島さんはそう言い、意外と細い手首に巻かれた腕時計をちらっと見た。それとほぼ同じタイミングで、立入禁止のテープの向こうに一台のタクシーが。降りて来たのは、如何にも刑事と言った見た目の二人組だった。

「どうも、滋賀県警特妖課の永家ながいえです」

「同じく滋賀県警特妖課の沼牛ぬまうしです。この度はご協力、感謝します」

 永家さんと沼牛さんの二人はそう言って、ボク達に頭を下げてくる。取り敢えずボク達も挨拶を返し、早速情報交換の時間となった。

「これが、我々滋賀県警の管轄内での事件です。永家、地図」

「はい」

 警察の仮説テントの下、永家さんが出した地図を全員が見る。今まで起こった事件現場に、赤いシールが貼ってあった。

「一件目が千石台。二件目が三井寺。三件目が藤尾奥町。四軒目が追分町。五件目が茶戸町。そして六軒目が……」

「ここ、四宮って訳ね。大体分かった」

 六個目の赤いシールを貼る前に、朱雀はそう言って口元に手を当てる。何時ものシンキングポーズだ。ボクはこの時の朱雀の表情が大好きである。まぁ普段から大好きだけど。

「明確に洛中に向けて移動してますね」

「洛中は妖力も濃いし、人も妖怪も多い。最高の餌場だからでしょ。んで、事件発生予想時刻は?」

「遺留品の状況から、昨日昼頃かと。昨夜十一時過ぎに両方の親御さんから、まだ子供が帰って来ていないと言う一報を受け、捜索を開始。遺留品発見は今朝未明です」

 鮫島さんの報告に、朱雀は一瞬眉間にシワを作る。そして数秒考えて、口を開いた。

「あっそ。じゃ……既に半日以上過ぎた訳だ。で、今までの移動スピードから考えて…既に」

 朱雀はそう言い、細くて長い指を伸ばして地図を山沿いになぞる。その指の行く先は……蹴上インクライン。

「山伝いに上洛するつもりなら、まずこう行くでしょうね。でも」

 更に指をスライドさせ、別の観光地を示した。それは洛中の玄関とも言える、超有名な神社を。

「ウチなら、こっちに行く。なんならもうそろそろで到着するでしょ」

 八坂神社。年間で約百万人は訪れる洛中トップクラスの神社だ。そして当然、それだけ人が集まれば妖力値が一般人より高い能力者も多い。しかも近くには清水寺もある。

「何か別の意図があるなら兎も角、今までの傾向からしてコイツの目的は捕食。なら、なるべく餌が多い所を狙うでしょ」

「了解、警戒令を出しておきます」

 朱雀の台詞に、鮫島さんは頷いてパトカーに。と、そんな朱雀を見て永家さんは納得する様に頷いた。

「流石は聞きしに勝る黒島さん。判断が的確ですね……」

滋賀県警うちでも有名ですよ。京都で一番優秀だって」

「別に。ウチ位のレベルなんて他にも居るでしょ」

 沼牛さんにも褒められ、少し嬉しそうな朱雀。うん可愛い。まぁ表情は変わらないから、他の人だとこの可愛さは分からないかも知れないけど。

「でしょ〜!朱雀は優秀なんですよ!」

「勝手な事言うな阿呆」

 照れちゃって可愛いんだから。と。そんな話をしていると、パトカーの方が慌ただしい事に気付いた。そして鮫島さんが走って来る。

 何となく予想が付く。案の定朱雀の表情が変わり、神楽も自然とPx-4を収めているホルスターに手が伸びていた。

「緊急事態です、黒島さん。貴女の予想通り、円山公園で未確認敵性体と交戦中との報告がありました。至急、現場にご同行願います」

 矢張り。朱雀は頷き、ボク達の方を見た。戦闘前特有の緊張感が降りた後、ボク達は朱雀の指示を待つ。

「分かった。警部補、全員に特殊弾頭弾の使用許可を」

「了解。対妖怪用強装弾たいようかいようきょうそうだん及び小型圧炸弾こがたあっさくだんの使用許可を出します」

 その言葉と同時に、パトカーと鞍馬さんの車がボク達の前に。全員が乗り込むと、サイレンを高らかに鳴らして円山公園へ向かった。


「強装弾と圧炸弾を扱った事は」

 車内で無線越しに鮫島さんがそう聞いて来る。対妖怪用強装弾はタングステンカーバイトを使用した、所謂徹甲AP弾。圧炸弾は着弾後に爆発する特殊弾頭で、こっちは12ゲージしか無いけど超高威力。何方も危険過ぎる上、対人での使用を禁じられているので普段は使われない。使用には本来警部以上の権限が必要だけど、今回は特例で鮫島さんが許可を出したから使えるのだ。

「アタシ達はあります」

 前に座る神楽がそう無線に言った。そう。実はあの女郎蜘蛛戦や覚戦で何度も使っている。と、無線越しに少し震えた声が。

「じ、自分達は訓練でしか……」

 この声は沼牛さんか。そりゃそうだ。普通にしていれば、そんな特殊弾頭弾を使う事態には遭遇しない。

「了解。では通常弾薬を渡します」

 鮫島さんはそう言い、三条神宮通を下ル。先には円山公園を追い出された観光客達と、警察の規制線が見えた。既に大事になっているらしい。

 南門前に止まった車を降りると、絶え間ない発砲音が。音が軽くて早い。これはSATのMP5Kか。

「弾薬を渡します」

 先にパトカーを止めた鮫島さんが、トランクの特殊ケースの鍵を開けて弾薬箱を取り出した。見慣れた9×19mmの強装弾の箱と、一回り大きい12ゲージの圧炸弾の箱。それをマガジンに詰めながら、報告に来たお巡りさんに戦況を聞いた。

「現在は円山公園総門付近にて交戦中。先程SATの強襲チームが応援に来ましたが……既に民間人含め、三名の被害者が出ています」

「さ、三人も死んだ……」

 その報告を聞き、沼牛さんと永家さんは顔が白くなる。が、それが洛中だ。

「了解、報告ご苦労。直ぐに退避を」

「了解!」

 そう鮫島さんが言うと、お巡りさんは綺麗な敬礼をして去って行く。ここから先はボク達陰陽師の仕事だ。

「ブラック・ドッグ」

 鮫島さんの能力。それが発動した途端、鮫島さんが触れていたパトカーが変形した。ブラック・ドッグは素材を武器に変換する能力。便利なのは、元に戻せると言う点だ。

 そして作り上げたM-249ミニミや84mm対戦車用無反動砲を担ぎ、交戦エリアへ向う。そこに居たのは……何と言うか……そう、スライムだった。

 真っ黒に見えるのに、何だか油を被った様にテカテカと輝いている。そのサイズは2mはあるだろうか。兎に角デカいスライムがSATの銃撃を受けつつ、平然とそこに居た。

「な、何あれ……」

 神楽がタンデム弾頭のパンツァーファウスト3を構えながらそう呟く。確かに予想外過ぎて、正直かなり戸惑っている。けれど。

「射線開け!!」

 鮫島さんの鋭い声。それを聞いてSATの隊員達がそのスライムから距離を取る。そして。

「後方良し!」

「撃てッ!!」

 神楽のパンツァーファウスト3と、鮫島さんの84mmが火を吹いた。それと同時に、朱雀が水で作ったボードで接近。着弾と同時に虎鶫で――

「――ッ?!」

 着弾。したかに見えた。けれどそれは爆発する前にスライムに飲み込まれた。同時に、朱雀の放った虎鶫の一撃も炳然と受ける。さしたるダメージも見受けられない。

 それ所か。そのスライムは銃撃をものともせず、一瞬縮んだかと思うと――跳躍した。そして。

「う、うわぁぁッ!!」

「ぎゃあっ!」

 呆気に取られたSAT隊員達の上に落ち、二人を巻き込んだ。更にその身の一部を伸ばし、近くの隊員に。

「か、回避ッ!!」

「助け――うわっ!」

 身体を触手に掴まれた隊員を、朱雀が引っ張り上げて助けた。そして、朱雀の指示が飛ぶ。

「散開して各個射撃!互いに距離を取れ!!」

「了解!」

 成程、確かに密集していると狙われた時に全滅しかねない。それにどうせ聞かないなら、火線をバラして牽制に使った方が有意義だ。

「朱雀!一旦下がるか!!アタシ援護するよ!」

「チッ!!神楽、カバー!!」

「了解!」

 確かに、現状あのスライムに対して火力が意味を成していない。ここは朱雀の体力回復も兼ねて、一旦退却を――刹那。

 ボクの、目の前に。

「ッ!!翼!!」

 スライムが、降って来て。ボクを包む様に、広がって。

「ウォーターワールドッ!!間に合え!!」

 そして、そして。

「神楽ぁッ!!」

 ボクの手を、朱雀が掴んで。引っ張って。ボクの変わりに朱雀が。そして。

「後は任せた!!」


「了解ッ!!鮫島さん!」

「分かっています!!総員、一時退却!!」

「……いや」

「火線を集中!東雲さんは冬月さんをお願いします!!」

「言われなくとも!!」

「…………いや、嫌、嫌だ」

 だって、だって朱雀が。朱雀がボクの代わりに。朱雀が。

「はい行くよ!」

「やだ、やだ、嫌だ!!朱雀が!!朱雀が!!」

 ボクがどれ程手を伸ばしても。そこに朱雀は居なくて。

 ずっと、ボクの側に居た朱雀は。

「離して!離してよ神楽!!」

「無理だっての!朱雀なら大丈夫だから!」

「何が大丈夫なの!?朱雀は!朱雀はアイツに――!!」

「良いから良いから!!」

 神楽は僕を抱えたまま、走って車まで。違う、違う、違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う。だって、そんな筈は。でも。

 ポツリ、ポツリ。雨が降りだした。と。アイツは、スライムは東山の方に。その中には。朱雀が。

「――朱雀ッ!!!!」


「取り敢えず撤退してくれたのはありがたいですが……未確認敵性体は何故あの様な行動をしたのでしょう」

「う〜ん……それが分からないんですよ……」

 黒島家の離。そこに、臨時の作戦指揮所が出来た。朱雀の部屋なのに、朱雀は居ない。だって朱雀は、ボクの代わりに……

「取り敢えず東山〜蹴上周辺の避難、完了しました。パトロールも成るべく増やしてますが……」

「多分ですけど、アレ山から動かないタイプですよ。もし動くなら山に逃げたりしませんし」

「成程、覚の時と同じく自分に有利な環境を利用するタイプですか」

 神楽達は炳然と、さも当たり前の様に会議を続けている。けれど、けれど。普段中心となって作戦指揮をしている朱雀は居なくて。

 部屋の隅に座っていると、お茶を配り終えた初音ちゃんがオロオロとしてボクの側に。気を使ってくれてありがとう。でも。

「本当に申し訳無い……我々が不甲斐無いばかりに」

「いえ。実戦で特殊弾頭断の使用が無い中で、今回の様な混戦は危険ですから正しい判断だと思います」

「それに朱雀なら大丈夫ですよ」

「何が……」

 何が。

「何が大丈夫なの!!だって朱雀は、朱雀は……!!」

 ボクの頬を、また涙が伝う。と、神楽は思い出した様に手を打った。

「あ、そうだっけ。忘れてた。はいこれ」

 そう言うと、神楽は空になったペットボトルを投げて来た。これは……朱雀が持ってる奴と同じで……

「朱雀、翼を助ける時にそれを三本くらいに一遍に開けてたから、呑まれるのを分かってて翼を助けたんだよ」

 え。じゃあ。

「朱雀、生きて……」

 ボクが呟くと、神楽は頷いた。そして、スマホを取り出して電話をかける。当然朱雀に。

「電話の出方、覚えてるかな……」

 神楽がそう言って数コール後。

「ごめん、出方忘れてた」

 そんな聞き慣れた声がした。

「朱雀?!朱雀!!生きてるんだね!!」

「当たり前でしょ弩阿呆。ウチが何も考えずに突っ込むとでも思った訳?」

 何時ものテンションの朱雀の声。良かった……良かった……!

「は〜い返してね翼。んで朱雀、様子はどう?」

 神楽はボクの手からスマホを奪い、スピーカーモードにして机の真ん中に。作戦会議を始めるらしい。

「今、水で球状のカバー作ってその中に居る。完全な暗闇だから何も見えないし、飲まれてから振動とかも感じないから、ある種の四次元空間なのかも知れない」

 流石は朱雀。自分のピンチなのに冷静な判断をしている。

「何か分かった?」

「取り敢えず、中は完全な液体……っぽい。触ってないから断定は出来ないけど、少なくとも固体じゃない」

「でも弾を弾いてたよね……」

 ボクが言うと、朱雀は少し黙る。そして。

「……翼、前に……確か液体内に粒子が多くて、強い衝撃を与えると固体になる液体の話しなかったっけ」

 そんな液体ある訳……ある。思い出した。朱雀がブラマンジェ作る時に教えたっけ。

「ダイラタンシー流体だ」

「そうそれ」

 朱雀が返すと、全員が首を傾げた。そっか。普通知らないもんね。

「えっと、ダイラタンシー流体って言うのは非ニュートン流体の一種で……」

「長いし専門的過ぎる。簡潔に」

 朱雀にそう言われてしまった。もっと簡単にって……えっと……

「兎に角強い衝撃で硬くなる液体だって事」

 ボクの説明を要約して、更に朱雀は繋げる。

「で、多分。コイツは、体内の液体が全部ダイラタンシー流体で出来てるらしい。そして多分コアがあって、そこから圧力が発生して動けるんじゃない?」

「表皮は?いくらダイラタンシー流体でも、常に固体であるとは思えないけど」

「捕食された時に気付いたけど、コイツ相手を表皮ごと丸呑みして、内部で徐々に表皮と共に溶かすって食べ方みたい。だから……酸化すると個体になる液体なんじゃない?」

「アルマイトみたいな?だとすると……そっか、雨が降った時に逃げたのは――」

「ちょちょちょ、ストップストップ!」

 ボクと朱雀がそう言い合っていると、神楽が割って入って来た。見渡せば、全員ポカンとした表情をしている。あれ?ボク何かやっちゃいました?

「話が全然分かんない。つまり何?弱点とか分かったの?」

 神楽の言葉に、沼牛さん達も頷く。

「んとね、朱雀の仮説が正しければ……多分水が弱点だよ」

「水?でも朱雀の斬撃無効化してなかった?」

「あの時は虎鶫だからだよ。ってあれ?そう言えば虎鶫は?」

 ボクの記憶が正しければ、ボクを助けてくれた時には持って無かった様な……

「……アンタ達が拾ったんじゃなくて?」

「アタシ見た時は落ちてなかった気がするよ」

 どうやら無くしたらしい。あの武器があれば……と思ったが、あった所で朱雀が脱出出来るかどうか分からない。兎に角今は、朱雀をどうやって助けるかと言う点に尽きる。

 弱点は分かっている。後は……

「朱雀。取り敢えずこっちで対策は考えるから、朱雀は携帯の電源に気を付けてね。落とし方は知ってるでしょ?」

「……確か、この電話を切るボタンを長押しするんでしょ」

 よし正解。二時間掛けて教えた甲斐があるというものだ。

「それでバッテリーは暫く持つから」

「……朱雀電源の付け方知ってるかな」

 え。

「朱雀、電源の戻し方は――」

 しかし。通話終了を知らせるアラームが流れるだけ。慌てて掛け直すと……

「お掛けになった電話は、現在電波の届かない所か、電源が入っておりません」

 と言う、お決まりの文言だった。

 不味い……




 しまった。最後に神楽が何かを呟いたのは聞こえたが、その前に電源を切ってしまった。電源を消した携帯は真っ暗で、しかも戻し方を知らないのだ。翼にしっかり聞いて置くべきだった。PSPなら電源ボタンがあるが……

 兎に角。今必要なのは、ウチが何を持っているかと言う事だ。丸呑みされたは良いが、脱出するのは此方の努力次第になるかもしれない。だから、使えるものは探しておくべきである。

「ヘアピンの一本が、墜落せんとする飛行機を助けるような素晴らしいアイデアが浮かぶ……か」

 とは言え、大したものは持っていない。ホルスターや服に隠したペットボトルが五本……だが、その内二本は飲み水に残しておきたい。それから、飴とチョコが少し。服に入れっぱなのはそれ位か。武器は無し。さっき確認したが、虎鶫はどうやら翼達も持って居ないらしい。後は役に立たなくなった携帯が一つ。

 改めて確認すると、まぁ物が無い。せめて鞄があればまだメロンパンか何かが……いや食べた後かもしれないが、兎に角もう少し何とかなったかもしれない。

 取り敢えず今出来るのは、成る可く体力を使わない事だ。なので寝る事にする。こんなに暗いのだ。寝るのには十分だ。ふぁぁ。




「さて……どうしよう」

 朱雀とは音信不通になり、あのスライムの正体も不明……手詰まりにも程がある。だが、この部屋の中で全員が頭を捻っても何も出て来ない。それはそうだ。大事な大事な専門家は今、妖怪の腹の中である。

「せめてアイツの正体さえ分かれば……」

 そう思っていたその時。ボクのスマホが着信を知らせた。朱雀かな?と、思ったら。

「やっふ〜、翼ちゃん」

「あ、先輩!」

 出たのは、国枝先輩だった。

「占いしてたらさ、朱雀ちゃんがヤバいって出てね?電話しても出てくれないから君に掛けたの。何かあった?」

「いや、それが……」

 ボクは事情を説明した。確か先輩も朱雀と妖怪の話をしてたから、それなりに詳しいのかもしれない。そう思って居ると。

「あ〜、やっぱり。じゃ、正体分かったよ」

「え、本当ですか?!」

 そうボクが聞き返すと、先輩は楽しげに笑う。そして、そのを教えてくれた。

「君達を襲い、朱雀ちゃんを飲み込んだスライム。その正体は――」




To be Continue……

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