十二月 大掃除騒動
突然だが、ウチの家……黒島家の本家には蔵が二つある。一つは商売道具……つまり呉服関連だが、もう一つが問題だ。先祖代々溜め込んだ、禄でも無い物の溜り場……通称「
「さて……と」
ウチは布団を干し終え、少し腰を伸ばした。今日は12月は29日。年の瀬も近付き、我が黒島家も大掃除を迎えている。とは言え、元々使用人が多い黒島家。掃除や虫干しそのものは難しく無い。
「朱雀〜!こっちの荷物も全部出したよ〜!」
「服、多分全部洗濯に回したからね!」
しかも、翼と神楽の二人もタダで使える。勝手に来て勝手に寝泊まりするのだ。こき使っても問題無い。二階では花梨が掃除……と言うか暴れているらしく、時折大きな音がする。
「んじゃ、後は掃除して……」
「は〜い、皆〜!お茶が入りましたよ〜!」
そんなふはふはした声が、母屋との渡り廊下からして来た。見れば中学生位に見える奴が一人、盆の上にお茶を載せて現れた。そう、これがウチと花梨の母親である
「あ、雪葉ちゃんだ〜!翼ー!!お茶入ったってー!!」
「いや〜お義母さん、態々有難う御座います」
そんな事を言い、開け放した縁側に勝手に座る二人。まだ休憩には早いが、離の掃除はほぼ終わり。まぁ良いだろう。それより。
「二人共、その呼び方どうにかならないの」
仮にもウチの母親だ。年齢は……幾つか覚えてないが、四十は超えている。百万歩譲って翼の「お義母さん」呼びは許す。だが。
「だって雪葉ちゃんは雪葉ちゃんじゃん。ね〜」
「ね〜」
雪葉ちゃんってのは……しかし問題は、当の本人がその呼び方を喜んでいる事だ。今は神楽に抱っこされて、楽しげに焙茶を飲んでいる。その姿はまるで子供だ。いや中身も同じ様なものなので、見た目通りと言うべきか。
「ほら、朱雀ちゃんも座って座って」
そう言い、お母さんは自分の横をポンポンと手で叩いた。そして、ウチのお気に入りの湯呑を盆から下ろす。仕方無い。一人掃除を進めても仕方ないし、大体殆ど終わってるから休憩としよう。
縁側に座り、熱々の湯呑を取る。蓋を取れば、ホカホカと湯気を上げて芳ばしい香りが鼻孔をくすぐった。相変わらず家事全般は壊滅的だが、お茶を入れるのは上手い。
暦の上では師走。日が当たる縁側こそ温かいが、時折吹く風は身を切るように寒い。暫くそうして休んでいると、お母さんが何かを思い出した様に手を叩いた。
「あ、そうだそうだ。朱雀ちゃん達に掃除して欲しい所があるの」
「まだ掃除してない所なんて……」
いや、一箇所ある。今まで誰も手を付けず、黒島家の誰もが触れて来なかった場所が。
「……まさか二番蔵?」
ウチがそう言うと、お母さんは頷いて庭の隅を指差す。そこには、離と同じ位の高さの蔵が二つ並んでいた。その内の右側、塀に付いている方が二番蔵である。
一番蔵は既に開け放たれ、中の商品やらなんやらは既に出してある。が、指の先にある二番蔵は未だに閉められたまま。その重苦しい扉の前には、重厚な錠が掛かっている。
「あの中の色々なの、掃除しよう掃除しようと思ってたんだけどね?いっつも忘れちゃうの」
それはお母さんが単に忘れっぽいだけだと思う。が、それはそれとして。
「ウチ、彼処開いたの見た事無いけど。何年開いてないの」
「分かんない」
「そっか、分かんないか……って阿呆」
笑顔でそんな事を抜かすお母さん。阿呆だ。
「でね、掃除してくれたら……蔵の中のものをあげちゃおっかなぁって思って」
「え!?マジですか!!?」
それを聞いて目の色が変わったのは神楽。そう、コイツは大の骨董品好きなのだ。
「うん。だって要らないし」
それはそうだ。どうせ中にあるのは、歴代の黒島家当主が仕舞ったあれやこれ。早い話が不用品の山だ。今更必要なものも無いだろうし、生憎と骨董を愛でる趣味も無い。
「兎に角、中の物を全部出して虫干しして欲しいな〜って。欲しいのあったらあげるよ」
「やったー!」
滅茶苦茶に喜ぶ神楽。呆れた単純さだ。やれやれ。どうやら休憩時間は終了らしい。
「ん、初音。ありがと」
二番蔵の前。蔵の鍵を持って来た初音に言うと、ニコリと笑顔を浮かべて渡してくれた。ここに来て三ヶ月程。黒島家にも慣れた様だ。
かなり重い鍵束を持ち、その中で一番錆びている鍵を錠に嵌めた。ガチャリと言う音と共に、古びた錠が外れる。かなり重いそれを翼に渡し、扉をゆっくりと開くと――
「外だーっ!!」
「陽の光!陽の光!」
「自由よー!!」
――そんな言葉や鳴き声や音楽やらの音を立て、色々なモノ達がウチの足元や頭の上を通過して行く。そして残されたのは、埃が舞う空っぽの蔵。つまり。
「……もしかして、今の……」
「全部付喪神……?」
の様だ。
「………………仕事が増えた」
ウチはそう呟いて、足元に引っ掛かっていた小さな狐……恐らく根付を摘み上げる。溜息が口から漏れた。あぁ、面倒だ。
「朱雀!そっち行ったよ!」
「了解」
「神楽はその机の下!多分二匹は居るよ!」
「はいはい!」
暫くの後。ウチ達は翼を軸に、家中に散った付喪神の大捜索をしていた。こう言う時は探索能力が役に立つ。ウチはそう考え、予め巻いておいた水に引っ掛かった付喪神―形からして有田焼の深皿―を捕まえる。
「は、離せ〜!!」
「煩い。暴れるな」
ジタバタと抵抗するが、少し強めに妖力を流し込んでやると大人しくなった。まぁ、ここまで完全な付喪神になっている以上、暫く気絶する程度なのだろうが。
「どう、そっちは」
深皿を抱えて庭に戻ると、花梨が幾つもの雑多な付喪神を空中に浮べながら気絶させていた。便利だなあの能力。
「これで三十体だぜ。姉貴は?」
「覚えてない。アンタより少ないのは確実だけど」
そう返して、庭に広げたブルーシートに深皿を置く。捕獲ついでに虫干ししてしまえと言う、随時とズボラな発案だ。
見渡せば、かなり広めのブルーシートの半分以上を色々な物が埋め尽くしている。良くもまぁ、こんなに溜め込んだものだ。大きな物だと桐箪笥やローテーブル、小さな物だと根付や煙管なんかがある。しかしまだまだ付喪神が逃げている事を見れば、あの二番蔵には余程大量に押し込まれていた様だ。呆れたものだ。何故定期的に整理したり、せめて何を仕舞ったのか位把握しておけばここまで苦労もしないのに。
と、ブルーシートの端っこに薙刀や火縄銃が転がっているのを見付けた。こんな物まで仕舞っていたのか。と言うか絶対警察に無届けでしょこれ。全く……
そんな事を考えていると、離の反対の駐車場からかなり大きいエンジン音が響いた。黒島家の持ち車や出入りの業者には無い、アメ車特有の阿呆みたいに重くてデカい音。まさか奴か。ウチがそう思った矢先――門の方に逃げていたであろう付喪神達が、全速力で離の方に逃げて来た。同時に、翼の能力が無くても分かる程の妖力が押し寄せて来る。
「あら、随分楽しげな事をしてるわね。二番蔵でも開けたの?」
声を聞いて確信した。奴だ。振り向けば、シルバーブロンドの長い髪を流し、真っ黒なロングコートとサングラスが特徴的なデカい女が一人。
「一ヶ月ぶりね、朱雀」
「……伊勢崎ィ!!」
ウチが投げ付けた扇子を軽々指で挟み、奴……伊勢崎はサングラスを外してニコリと微笑む。面倒があちらから来てしまった。
「何しに来た」
「何しにって……酷いわね。この家は私の家でもあるのよ?一応。貴女が私の部屋を勝手に使ってる訳だし」
それはそう。あのほぼゲーム置き場と化していた離を強奪したのは事実だ。しかし。
「滅多に帰って来ない奴が何を主張したって、権利なんか残ってないに決まってるでしょ」
そう言ってやると、奴は眉をショボンと下げてお母さんに擦り寄る。デカい図体を無理矢理折り曲げて、見た目中学生のお母さんに撫でられる
「雪葉ぁ〜!朱雀が苛める〜!」
「お〜よしよし。朱雀ちゃん、め!」
「あのねぇ……」
ウチが呆れて溜息を付いていると、伊勢崎は視線をウチの背後……つまり虫干し中の二番蔵の中身を見た。そして近くに居た花梨の頭を撫でつつ、テーブルの上に置いていた煙管を拾い上げる。
「あ、私のお気に入りの煙管!二番蔵にあったのね……そりゃ探しても見当たらない訳だ」
「邪魔だからアンタの奴は全部持って帰って」
そう言うと、伊勢崎は少し首を傾げる。そして積み上げていた古い和綴本を拾い上げた。
「これ、もしかして……」
「何」
パラパラと捲り、頷く伊勢崎。そしてその本をウチに渡して来た。劣化し薄くなった表紙の文字は、辛うじて「黑しま」の文字と家紋が見て取れる。
「これ、黒島家の歴代当主が代々自分の編み出した技を書いてる……秘伝の書みたいな奴よ」
「秘伝の書、ねぇ……」
ボロボロの紙を破らない様に捲り、中を見て見る。と、味のある挿絵と共に色々な技が書かれていた。読んで行くと、刀や薙刀以外にも戦斧や大鎚、弓に種子島の使い方や技まで書いてある。何だコレ。と言うか、一番後ろは……
「……黒島家流居合……って、これあのクソババアの奴か」
「あら、桔梗のが最新なのね」
「良かったじゃない。貴女は桔梗から教わってたでしょ?」
「誰があんなクソババアの技なんて使うかっての。第一ウチは刀使いって訳じゃない。普段刀無いし」
今すぐ破り捨ててやりたいが、生憎この手の本は一枚でも抜けると一気に壊れる。全く、居なくなってもウチに迷惑を掛けるのかあのクソババアは。
と、他のものを物色していた伊勢崎は首を傾げる。そして木彫りの狸の付いた根付を拾い上げ、息を吹きかけて目を覚まさせた。
「ねぇ、貴方」
「な、何だ!?何だよぅ!!」
「一体何時から付喪神になったのかしら」
「……へ?」
伊勢崎に摘まれたまま、根付の狸は動きを止める。
「どう言う意味、伊勢崎。二番蔵は元々こうじゃ無かったっての?」
「そうねぇ。最後に開いたのは……二〜三十年前かしら。その時は殆ど付喪神じゃなかったわね」
ウチが聞くと、伊勢崎はそう答えた。しかしそれは妙な話だ。付喪神とは前記の通り、器物に妖力が長い年月を掛けて蓄積した結果誕生する。逆に言えば、時間と多量の妖力が必要なのだ。確かに洛中……引いては京都は盆地なので他より妖力が溜まりやすいらしいが、それにしても早過ぎである。
と、根付の狸は伊勢崎の掌の上でちょこんと座り、傾げていた首を戻して小さく頷く。そして伊勢崎を見上げ、楽しげに説明し出した。
「凄く寒い……冬と言うのか?それを両手の指は過ごしたぞ!我らが大将は我の倍は生きていると言っていた!」
「まさかとは思うけど……瀬戸大将?」
とすれば余計におかしな話だ。瀬戸大将は名前こそ”瀬戸”だが、本性はその後ろの大将の方。つまり付喪神の大将だ。通常の付喪神より長い年月を経て多量の妖力を吸収した事で、人間の様な姿を取る事が出来る様に進化している。つまり、ただ付喪神が出来るより遥かに時間が必要である。
「やっぱ、アンタが前に見た時に見落としただけでしょ」
「いや、違うわ。何とな〜くだけど、付喪神が増えた理由が見えて来たの」
伊勢崎が少し驚いた顔を見せたので聞くと、口元に手を当ててそう返してきた。一体どう言う事だ。と、思っていると。
「朱雀ー!朱雀ー!ヤバい事が――」
「あら、貴女達。一ヶ月ぶりね」
翼と神楽がわたわたしながら走って来た。と、伊勢崎を見付けて驚いた様な表情を浮かべる。そりゃそうだ。前回会った時はあんな状況だったのだ。それなりに慣れているウチだって警戒したのだから、この二人は当然するだろう。
が。伊勢崎はそんな事を気に求めず、固まっている二人の頭をわしゃわしゃと撫でた。そして、翼の方を見て聞く。
「んで、翼。何が大変なのかしら」
「は!そうだそうだ!あのね、朱雀」
硬直の解けた翼は、母屋の方を指差してとんでもない事を言った。
「なんか強い妖力反応持ってる付喪神が母屋に入っちゃった!!」
「神楽は
ウチは離と母屋を繋ぐ渡り廊下に立ち、電話越しに翼達に指示を出す。庭に面した縁側を除き、母屋に侵入出来るルートは四箇所。この渡り廊下と表・裏口。そして、玄関に直接繋がっている表店だ。黒島家本家は元々ただの家であったのだが、お母さんの突然の思い付きで黒島屋ギフトショップが出来てしまった。全く、余計な事を……
玄関とは暖簾だけで繋がっている表店は、今日までが営業日。今も観光客が押し寄せている。と言う事は、瀬戸大将が紛れて逃げ出す可能性もあるのだ。付喪神が劇的に増えた原因を知っている可能性がある以上、逃げられてしまうのは避けたい。因みに伊勢崎は「探しものがある」とか言って、初音と共に二番蔵に入って行った。一体何を探すつもりか知らないが。
「姉貴〜、表店もヤバいけどさ。無限襖もヤバくない?」
「だったらアンタがそっち回る。一番近いんだから」
「へいへい」
ウチがそう言うと、花梨は頷いて手を上げた。確かに無限襖に入られても不味い。
無限襖。それは黒島家に存在する、何だか良く分からない怪異だ。黒島家母屋一階の一番端っこにあり、一見普通の部屋の様に見える。だが。その襖を開けると四隅が襖の部屋が現れ、更にその襖を開けると同じ様な部屋が現れ……と言う具合に無限に続いていくのだ。しかも、襖がある所であれば何処にでも通じているらしく、お母さん曰く「北白川の天然ラジウム温泉に通じるルート」があるらしい。
そっちに逃げ込まれても当然困るし、寧ろ外に逃げられるより厄介だ。そう思っていると、携帯越しに翼の声がした。
「んで……さ。もし逃げられそうになったら……」
「……最悪は、破壊も視野に入れて。たかが瀬戸大将でも、ウチの蔵にあったものだから危険かもしれないし」
ウチがそう言うと、全員が息を呑んだ。そう。他でもないこの黒島家の蔵にあった物だ。絶対普通の代物じゃ無い。危険度なんて測れた物ではないだろう。それに、その瀬戸大将が付喪神大量発生の原因である可能性も。絶対に逃がす訳にはいかないのだ。
兎に角、さっさと探し出して情報を聞き出すのが吉。まだ掃除が全部終わった訳でも無いし。
「総員、アタック!」
ウチがそう号令を掛けると、全員がそれぞれのルートで母屋に入って行く。翼はレーダーの役目を持って居るので、一番危険な正面玄関から。神楽と直ぐに合流出来るので、そのままツーマンセルで偵察して貰う。で、こっちは遠距離から付喪神を捕縛出来る花梨が居る。どうせ直ぐ捕まえられるだろう。
と、高を括っていたら。
「……全ッ然見つからないけど」
「あれぇ……?」
小一時間探したものの、一切見付からない瀬戸大将。黒島家の母屋は妖力が濃いので、翼のレーダーも範囲が狭くなる。が。それにしたって見付からない。全然見付からない。一応無限襖もチェックしたが、開けられた形跡も入った形跡も無かった。全く、何処に行ったのやら。
「……本当に見た訳?その反応」
「渡り廊下から母屋に入るの反応を確かに見たんだけどなぁ……おっかしいなぁ……」
ウチが聞けば、翼は首を傾げてレーダーを見る。しかしこれ以上探しても埒が明かない。ので、唯一の出入り口に当たる玄関の辺りに翼と神楽を置き、兎に角外に出ない様に警戒するしかない。なんせまだまだ付喪神は敷地内を逃げ回っているのだ。
取り敢えず花梨を引き連れ、付喪神回収に戻ろうとブルーシートまで戻る。と、伊勢崎が一本の白木の棒を持って眺めていた。いや、あれは……
「あら、朱雀。丁度良かった」
「……それ、長ドス?そんなもんまであったの」
ウチが聞くと、伊勢崎は少しだけ刃を覗かせる。鏡の様に磨き上げられた刀身が日光を反射し、白木の鞘と相まって目に痛い。だが、それ以上に。
「うわっ、それ妖刀なのか!カッケー!」
と。伊勢崎は刀身を鞘に戻し、ウチに渡して来た。別にウチは能力で武器を作れるから必要無い。そう言おうと思ったら、伊勢崎はニコリと微笑んで言う。
「貴女、旧軍の研究所で苦戦したじゃない。だから持ってた方が良いわよ、実体剣」
痛い所を突かれた。これは伊勢崎に一理ある。確かにあの”鬼”相手に、能力で作った刃は効果が無かった。まぁ超回復もあるが、実体剣なら刀身に無理矢理妖力を流して……と言う使い方も出来る。
だが。
「残念だけど、ウチは実体剣を使うと刃こぼれしやすいの。それに、思いから振り回す体力だって無いし」
「あら、その点なら心配無いわ」
そう伊勢崎は言い、無理矢理ウチの手にその長ドスを握らせる。と。
「……軽っ」
まるでDX版の様な軽さだった。少なくとも、鋼の塊たる日本刀の重さでは無い。ペットボトル一本分だろうか。実は竹光だとか。
「それ、初代当主の
「初代当主……」
「……って大体四百年以上前じゃねえか!スゲェな姉貴!」
そんな前のものなのか。特殊な金属が何かは知らないが、これ程軽いなら使い勝手もいいだろう。と、蔵の方からぽてぽてと初音が走って来る。それを見、伊勢崎は呟いた。
「よ〜しよ〜し、見付けてくれたわね」
「見付けたって、何を」
ウチが聞くと、自信満々に伊勢崎は言った。
「決まってるじゃない。付喪神大量発生の原因よ」
二番蔵の中に入ると、埃と黴の匂いが鼻に突く。だが殆どの物が付喪神と化していたので、随分とガラッとしている。本当ならここも掃除したいが……今は付喪神捕獲が優先である。
と、そんな蔵の二階に”それ”はあった。少し小さな
「あら、良くやったわね。ありがとう」
そう言い、伊勢崎は初音の頭を撫でながら受け取った。初音は満面の笑みを浮かべ、とても嬉しそうだ。犬だったら尻尾が千切れる程に振っていただろう。いつの間にそこまで仲良くなったのやら。
「んで、それは何」
ウチは伊勢崎の手の中にある掛軸を見た。臙脂の総裏で外題は無く、軸先は象牙。随分と保存状態が良い。と、伊勢崎は初音の手から何か別の物を受け取った。そして、巻緒を解いてから説明を始める。
「これが、今回の付喪神大量発生の原因よ。この軸に大量の妖力が溜まってて、それが漏れ出して周囲を付喪神に変えた……って所ね」
そう言う事か、理解した。確かに妖力が多い物があれば、それが周囲に影響を与える。しかもここは蔵の中。妖力が溜まりやすい。しかし、どうやってそんな物を見付けたのか。と、伊勢崎はさっき初音から受け取ったものをウチに見せる。随分と見覚えのある……
「あ、妖力コンパスだ」
思い出した。祇園祭の時に使った、我修院……じゃなくて宝蔵院……でも無くて……
「宇治拾院です!!」
兎に角あのポンコツ発明家の作った奴だ。成程。妖力コンパスは持ち主より強い妖力を指す。そして初音は例のネックレスの効果で、妖力値は零としてカウントされる。と言う事は、このコンパスは常に一番高い妖力を指す訳だ。
「一寸前に吉野に寄った時に貰ったの。試供品だって」
一応吉野の備品だった筈だが、配ってるのかあの阿呆。と、伊勢崎は階段も使わずに下に降り、入口で手招きした。外に出ろ、と言う事か。仕方無い。
階段を降り、入口に向かうと……伊勢崎は掛軸を開いた。その瞬間、何かが本紙から飛び出す。それは真っ白で、空に向かってかなりのスピードで飛び……黒島家の結界に引っ掛かって方向を変えた。
「な……ッ!!」
「あ〜、やっぱそうだったのね」
驚くウチの横で、伊勢崎はソイツを見ながら言う。知ってたのかコイツ。と、伊勢崎は持っていた掛軸の本紙をウチに見せる。
「これ、アレを封じてたのよ。ほら、これ封印用の護符のデカい版でしょ」
見れば確かに、本紙に書かれている文字や記号は封印用の護符と殆ど同じ。誰かがこれにあの白い妖怪を閉じ込めていたのか。道理で妖力が溜まる訳である。
「んで、アレ何」
ウチは空を高速で移動する、白い妖怪を指差した。見た事も無ければ、あんな妖怪聞いた事も無い。白うねりにしては匂いが無いし、一反木綿にしては毛だらけだし……
「う〜ん……多分だけど―─」
「あ〜!私の
伊勢崎も首を捻りつつ何かを言おうとした時。離の方からそんな声がした。見れば、お母さんが飛んでいる白い妖怪を指差している。
「毛羽毛現……?」
何てレアな名前だ。ウチも資料でしか知らない。
毛羽毛現。全身を真っ白な毛に覆われた妖怪。その詳細は不明で、目撃例は殆ど無い。その為資料にも名前と全身図位しか記述が無く、そもそも妖怪であるかどうかすら不明。
何故そんな奴を掛軸に閉じ込めていたのか。と言うか何処で遭遇し、どう捕獲したか。それを問い詰めたい所だが……今はそれ所では無い。
毛羽毛現は空をずっと飛んで居たが、突然向きを変えてブルーシートの方に突っ込んで行く。当然、そこには付喪神しか居ないので、直撃する直前に全部逃げ出した。なんてこった。折角苦労して捕まえたのに。
逃げる付喪神を追い掛ける毛羽毛現。広い庭をあっちに行ったりこっちに行ったり。母屋の方から悲鳴が上がったり、別の所から驚く声が響いたり。
「あらら、滅茶苦茶になったわねぇ……」
「毛羽毛現の掛軸、二番蔵だったんだ〜」
伊勢崎とお母さんのぼんやりとした声を聞き、ウチは……キレた。うん。間違い無くキレた。
「……伊勢崎、あの毛玉の足止めしろ」
ウチは腰に差していたあの刀……虎鶫を抜き、伊勢崎に言う。人が苦労して集めた付喪神をバラ撒きやがって。と言うか原因は全部アイツのせいじゃないか。ぶった斬ってやるあの毛玉。と、伊勢崎は口笛を吹いてグローブを外した。
「お〜、怖い怖い」
「五月蝿い」
そう返すと、伊勢崎はポケットからトランプを出す。そして封を切り、中身を空中に開けた。
「Fly Me to the Moon!!」
伊勢崎のその声と共に、空中に浮いていたトランプが一斉に毛羽毛現目掛けて飛んで行く。伊勢崎の能力である「Fly Me to the Moon」は……何か良く分からないが、色々出来る能力だ。ある種のモーフィングパワーも使えるし、今みたいにトランプやらなんやらを操る事も出来る。えらく
暫く毛羽毛現と並走したトランプは、そのまま輪を描く様に集まって毛羽毛現を取り囲む。そして、ウチ達の直ぐ側に来た瞬間に――その身体を締め上げる様に巻き付き、動きを無理矢理止めた。上出来だ。
「あ、そだそだ。朱雀」
「……何」
うねうねと動き、トランプから抜け出そうとしている毛羽毛現。それに近付こうとした時、伊勢崎が声を掛けて来た。
「その刀、ビーム出せるわよ」
「…………………………は?」
余りに突然過ぎて吃驚した。何言ってるんだコイツ。
「確か……妖力を溜めて振り下ろすと、貴女の大好きな特撮みたいにビームが出せたのよ。桜花は良くそれ使ってたわ」
何だって?それは試さねば。ウチは虎鶫へ妖力を流し込む。と、僅かに樋の辺りが青く輝き出す。成程、こういう事か。つまり。
「朱雀流石にそのポーズは不味くないかしら?!」
ウチは両腕を伸ばし、虎鶫に妖力を貯める。そしてゆっくり腕を開き……左手を右肘に付けて、右腕を思いっきり振り下ろした。
「○ペリ○ン光線!」
「名前駄目だって!!」
瞬間。刃から水色の光線が迸り、毛羽毛現を貫いた。そして、妖力が過剰に溜まった毛羽毛現が爆破する。これじゃ何方かと言えばラ○バ○ト光弾だが気にしない。
「あー!私の毛羽毛現ーッ!!」
お母さんの悲痛な声がするが知った事では無い。兎に角、これで一件落着……
「……じゃないじゃん」
結局、再び散らばった付喪神の回収や後片付けは次の日まで掛かり、慌ただしい年末となった。しかも付喪神の何体かは何処かに行方を眩まし、瀬戸大将と思しき反応に至ってはそもそも敷地内に居るかすら分からない始末。全く片付いて居ないと言っても過言じゃない。
で。何故毛羽毛現の入った掛軸を持って居たのかは全く不明。お母さんは「う〜ん、貰った様な……でも誰だっけ……」と言っていたので信用出来ない。伊勢崎に至っては、そもそも存在すら知らなかったらしい。
取り敢えずウチはあの後、知り合いの刀匠である
散らばった付喪神が起こした騒動は……また別の機会に。ウチは疲れた。
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