十一月 現れる鬼

「オメガチーム現着。これより侵入する」

「了解。各員厳重に注意し、アルファチームを救出せよ」

 MP5やHK416Cなどで装備を固めた特殊部隊オメガチームは、ゆっくりとカバーリングをしながら進む。その坑道の様な道は、手掘りで作られたらしくゴツゴツとしている。そこに合わせて付けられたライトは強い光を放ち、オメガチームを煌々照らす。

 暫く進むと、少し拓けた空間に出た。あるのは鉄製の扉のみ。オメガチーム指揮官リードは、拳を上下に動かすハンドサインで全員を停止させた。そして、スロートマイクのスイッチを入れる。

HQヘッドクオーター、HQ。此方オメガリード。報告にあった扉を確認。これより内部に突入、アルファチーム救出を行う」

「HQ了解。くれぐれも注意せよ」

「オメガリード、アウト」

 通信を終了させたオメガリードは、扉を開ける様に指示を出す。直ぐに突入杭が用意され、破砕音と共に鉄の扉は開け放たれた。

「突入!」

 噎せ返る様な、血とその他諸々の匂い。一瞬それに顔をしかめるも、オメガリードはそう命令して隊員を突入させた。外とは違い、明かりが無く真っ暗な闇。それを切り裂くのはフラッシュライト。更に奥に続く道を行くオメガチームだが、その先にあったのは……絶望そのものだった。

「た、隊長……!!」

「これは……酷い……」

「うっ……ッ」

 先を行く隊員達が見付けたのは、多数の肉塊。未だ血が溢れるそれは、かつて人間だったものの破片であった。砕かれ、引き裂かれ……それが人間であると認識するのはほぼ不可能な地獄。

「隊員!生存者です!!」

 その時。隊員の一人が、肉塊に埋もれる形で生き延びていた生存者を見つけた。とは言えかなりの重症であり、生きているのがやっとと言える。

「速やかに確保だ!担架用意!」

「何か言ってます!」

 そう叫ぶ発見者。そして、生存者が微かに呟いたその単語をオメガリードに告げる。


「鬼が……出たそうです」




 鹿威しの音が響き、辺りに静寂が訪れる。数ヶ月前までは死ぬ程煩かった虫達は何処かに居なくなり、代わりに紅葉と観光客が増えて来た今日此頃。日中は日差しこそ暑いが、朝夕は寒さが増して冬が近付いてくるのを感じる。ウチはお気に入りの茶碗の蓋を取り、焙茶を一口口にしてから言った。

「……公安零課が、何の用?」

「ははは、そこまで警戒なさらないで下さい」

 そう言って焙茶を口にしたのは、先々月に初音用の妖力制御ネックレスを持って来た、波津ばつと言う男だった。黒いジャケットの胸元に輝く、内務省のバッジ。そして横には、波津を連れて来た元凶も居る。

「ま〜ま〜、そう言わないでよ朱雀君。お仕事お仕事」

 茶色のダブルのスーツを着、くしゃくしゃの茶髪をしたお笑い芸人……にしか見えないこの男は、他でも無い陰陽寮の実働班班長、卜部或人うらべあるとだ。コイツがウチの所に来るのは随分と久々である。まぁ波津一人を送り込んでも、ウチが首を縦に振らないのは予想通りと言う事か。逆に言うなら、それ程までしてウチが必要な案件と言う事になる。

 と、波津の奴はウチににこやかな表情を見せ、話を始めた。

「依頼したいのは、我々内務省公安局の管轄している旧軍時代の研究所の調査です」

「防衛省じゃなくて?」

 ウチが聞くと、波津はゆっくりと首を横に振る。旧軍時代の遺構なぞ、全て防衛省預かりだと思って居たが。

「恐らく戦後のゴタゴタで、管理関係があやふやになっていたのでしょう。詳しい事は私も知りませんが……兎に角、そこの調査を依頼したいのです」

 どうも怪しい。調査だけなら、ウチで無くとも問題が無い筈。となれば……

「……自前の特殊部隊で何ともならない奴が出た訳?」

 そうウチが言うと、波津は驚いた顔を見せる。矢張りそんな所か。

「えぇ、その通りです。お恥ずかしい話ではありますが……実は一小隊が全滅しまして。唯一の生存者曰く――」

 鬼が出た、と。波津がそう言った時、一瞬だが卜部も頷く。と言う事は、調査班の報告通りそれに嘘は無い、と言う事になる。ならば余計に厄介だ。

 鬼。普通これを聞くと、人は角の生えた虎柄パンツのアレを思い浮かべるだろう。が、実際は「何だか良く分からないが、滅茶苦茶に強い妖怪」が”鬼”と呼ばれる。つまり種族名では無く、称号と言う訳だ。

 その昔は、妖怪の大半が鬼と呼ばれていたらしいが……今はとある漫画家の影響で、大体の妖怪に名前が付いている。

「自衛隊に動いて貰えば?」

 ウチの言葉に、波津は笑って首を横に振った。全く、これだから政治屋は。

「兎に角。黒島様と言えば陰陽寮最強と言われている程の実力者。しかも、我々を全く知らぬ訳では無い。ですので、此方から指名させて頂きました。何卒、御協力をお願い致します」

 波津はそう言い、頭を深々と下げた。うむむ。鬼が出たとなれば、自分で言うのもあれだが……かなりの実力が無ければ対処に困る。となれば断る道理は無い。

 だが。依頼主が他でも無い、悪名高き零課であると言うのが気になる。しかも、防衛省が管理していない旧軍時代の遺構。特高上がりの零課とは、これ以上無い程最悪の組み合わせだ。どうしたものか……

「ま、安心して下さい。朱雀君はツンデレではありますが、助けを求める手を払い除けたりはしませんよ」

 ウチがそう悩んでいると、横でヘラヘラ笑っていた卜部の阿呆が口を挟んだ。余計な事を。しかし。確かに言葉通りでもある。

「……はぁ。事情は理解した。仕方無いから受けてやる」

「有難う御座います」

 ウチが溜息と共に渋々頷くと、波津は嬉しそうに深々と頭を下げた。これでまたしても、厄介事に巻き込まれた訳だ。やれやれ。


「……何でよりによってウチなの」

 波津が居なくなった後、ウチは居残った卜部を問い質す。

「そんな怖い顔しないでよ、朱雀ちゃん」

「するに決まってるでしょ、阿呆。報告書は上げたんだから、知らないとは言わせないけど?」

 そう言うと、卜部はニヤニヤしながら両肩を竦めた。

「だって〜、あちらさんから指名されたんだよ?断れないって。それに朱雀君も、零課ご指名に何の理由も無い訳じゃないじゃん?」

 それはそうだ。前に書いた通り、ウチは能力が災害級と呼ばれる最高ランク。本来なら零課の管理下にあるべき能力者だ。現状見逃して貰えるのは、他でも無い陰陽寮の傘の下に居るから。つまりウチも、陰陽寮も断る事が殆ど出来無い訳だ。

 しかし、である。ここ最近の零課の動きを考えるに、単に”鬼”が出ただけとは到底思えない。第一防衛省が管理していない旧軍施設が舞台等、どう信用したものか。

「まぁ、大丈夫だって」

 ウチが考えていると、卜部はヘラヘラしながらそんな事を言って来た。随分気楽そうである。

「あちらさん、さっきはエラく緩やかだったけど……陰陽寮にはかなり焦って連絡して来たからね。多分マジに余裕は無さそうだよ。だから心配しなくても、朱雀君に何かする余裕は無いって」

 そんなに慌てて居たのか。それなら、本当にヤバい案件だと言う事になる。全く……どうしてウチは平穏と言う言葉から、遠く遠く掛け離れた所にいなければならないのか。

「兎に角。装備だけはしっかりして行ってね。朱雀ちゃんは大丈夫だと思うけど、あの帯刀たちはきの二人は普通の人間だし」

 まるでウチが人間じゃない様な言い方だ。

 と言うか。

「帯刀って、誰」


「で……勝手に帯刀になってた訳?二人共」

 現場に向かう車内。勝手に付いて来て勝手に帯刀になった阿呆二人の頭を叩き、説教タイムである。確かに、二人が中学の頃に陰陽寮の連絡役になっていたのは知っていた。けれど、いつの間にやら帯刀にランクアップしていたとは。

 帯刀は前記の通り、陰陽師見習いの様なもの。陰陽師に師弟し、妖怪への対処や能力の研鑽けんさんを行う。で。普通は陰陽師の推薦があって、初めて帯刀になれる訳だが……

「ウチは推薦した覚えは無いけど?」

「……実は、朱雀のお母さんにお願いして……」

 成程、あの阿呆か。確かに一応陰陽師だった筈。戦う姿どころか、能力すら見た事無いけど。

「帯刀は、見習いとは言え陰陽師。危険度が半端じゃないって言わなかったっけ?」

「でもアタシ女郎蜘蛛倒したゴメンナサイ」

 前回のMVPが余計な事を言う前に、扇子をチラつかせて黙らせる。正直に言おう。神楽は、帯刀にしても大丈夫だ。まだ甘い所はあるが、少なくとも妖怪と戦闘出来る実力も能力もある。だが。

 問題は翼だ。確かに射撃も出来、薙刀も使える。しかしそれだけだ。実力が無い訳では無いが、正直ウチの帯刀として着いて来れるかと言うと……残念ながら不可能だ。能力の「バトルフィールド」も弱い訳では無いのだが……支援系能力であるが故に、本人の戦闘能力が無ければ有効打になりえない。

「……ボクだって、朱雀と一緒に戦えるもん」

「それはウチとか、此方の阿呆が居ればでしょ?」

 ウチがそう言うと、翼は黙って俯いた。そう。翼の支援は有り難いのは事実。だがしかし。それは戦闘における強さでは無い。もし仮に、翼が一人になった場合……戦えない可能性がある。

「兎に角。今更帯刀を辞めろとは言わない。けど、帯刀になった以上はウチの指示に従え。良い?」

「イエスマム!」

「……了解」

「お嬢様、そろそろ現場になります」

 二人の返事に被る様に、鞍馬のそんな声がした。それを聞き、誰とは無しに装備を整える。相手は鬼。やり過ぎと言う事はまず無い。


 大原は三千院近く。大原小学校の前の山に、一本の山道がある。そこの入口には、明らかに零課関係者と分かる者達が詰めていた。車を降りると、少し見覚えのある男が出迎える。

「あ!お前この前の……!」

「あ〜、簡単に骨が折れた骨粗鬆症気味の黒服か」

 初音救出の際に、翼に銃口を向けた黒服がウチを指差してそう言った。と、その後ろから波津が顔を見せる。

「あぁ、黒島様。わざわざ御足労をお掛けします。所で……穂積ほずみと知り合いでしたか?」

「知り合いも何も、この前ボコボコにされたんですよ」

 失礼な。精々骨の二〜三本へし折ったに過ぎないと言うに。と、穂積と呼ばれた男の肩をポンポンと叩き、波津はウチに笑い掛ける。

「では黒島様。今回はこの穂積が現場までお送りしますので、宜しくお願い致しますね」

 そう言うと、波津達は機材の撤収を始めた。成程、後はウチ等に丸投げして逃げるつもりか。まぁ、足手まといが減るだけマシだが。

「朱雀、こっちは準備完了だよ」

 神楽がそう言って、手にしたベネリM4を上に上げる。背中にはAK……これはAKMSUか。大分マニアックなセンスをしている。そして左ホルスターにはクーガー、右ホルスターには――

「Px4?新しくした訳?」

「前回、クーガーちゃん壊されてピンチになったから、鞍馬さんから新しく一丁貰っちゃった」

 成程。二丁あればジャムも怖くないだろうし、制圧戦にも持ってこいだ。神楽にしてはかなり実戦的な考え方である。

 そして翼は……

「それだけ?」

 クリスヴェクターが一丁と、何時ものG-17だけだった。と、少しムッとした表情を浮かべる翼。

「朱雀が守ってくれるんでしょ」

「ま〜ま〜二人共!喧嘩しない喧嘩しない!」

 神楽がウチと翼の間にはいる。そう言えばここは現場だった。ウチは穂積の方を見る。

「で、案内は?」

「……頼むから、中で仲間割れだけはしないでくれよ?」

 そう言い、穂積は細く続く山道を登り始めた。


「……ねぇ、穂積とか言ったっけ」

「あ?なんだよ」

 こんな薄着だと肌寒いこの季節。吐く息は白く、周囲の木々も色付いている。そんな山道を歩きつつ、ウチはこっそり穂積に聞いた。

「アンタ……どこの派閥なの?」

 一瞬、動きを止める穂積。そして、周囲を見渡して小さく話し始めた。

「…………お前が何処まで知ってるか知らんが、三派閥のどれにも属して無い」

「どれにも?若手は大体光門派だって聞いたけど」

「大体は、な。確かに光門さんは悪い人じゃないだが……如何せんタカ派だからな。他の公安連中とも折り合いが悪いし、色々不便なんだよ。強いて言えば……そうだな、波津派って事になるか?」

 波津派……あの男はそれ程に人望があるのだろうか。と、穂積はウチの表情を見て少し笑う。

「いや、そうじゃねえよ。正確には、何処にも属さない奴が集まってるに過ぎ無いから、派閥って程凄いもんじゃない」

 成程、日和見主義者の集まりと言った所か。と、そんな話をしていると。

「ほれ、着いたぞ」

 穂積は、クロムメッキに輝くゲートを指差した。「内務省」と書かれた白看板が付いており、その両脇をMP7で固めた課員が警備している。そして、その奥に……古びたコンクリートの壁と、錆びた鉄のドアが見えた。

 そこに刻まれていた文字は、「日本帝国陸軍管轄」。こんな状況で一番見たくない名前だ。旧軍時代の遺構を探索すると言うだけで嫌なのに、よりにも寄って陸軍とは……

「お疲れ様です」

 課員の敬礼を受け、ゲートを潜る。と、微かにだが明らかに高い妖力を感じた。間違い無い。このドアの向こうに、確実に”ソレ”は居る。久々に、ウチは扇子を握る手が強くなる。

「……朱雀、気付いた?」

 と、ドアを開ける為に課員がガチャガチャしている間に、神楽がこっそり近寄って話し掛けて来た。周りの事を気にしながら、と言う事は……何か零課に関する事だろう。

「何」

「今の山道、滅茶苦茶歩き易くなかった?朱雀スニーカーじゃないのに、全然疲れてないじゃん」

 成程。確かに今日のウチは、仕事服……つまり黒島家の家紋の入った緋色の羽織袴だ。当然足も足袋に草鞋。この服を仕事服に選んだのは、半分ウチの趣味なのだが……戦うのは兎も角、歩くと結構疲れるのだ。こんな山道なら尚更。

 しかし。今のウチは息も上がらず、足も痛くない。と言う事は、この山道は使事になる。つまりこの遺構が、最近まで使われていた事の証左だ。

「扉、開きます」

 そんな声と共に、分厚い扉が重たい音を立てながらゆっくりと開く。全員に緊張が走り、そこらから安全装備を外す音がする。と、中から濃く重たい妖力と共に、明らかに異常な匂いがした。

「……血の匂い……」

 特殊部隊が一小隊全滅したと言う話は本当らしい。扉が開ききり、長く続く通路が現れた。その壁は手彫りか何からしく、かなり荒くゴツゴツとしている。

「俺達はここまでだ。後を……頼む」

 穂積はそう言って、ウチに敬礼をして来た。行って来いと言う意味か。まぁ良い。聞きたい事は聞けたし、特に準備する事も無い。

「……行こう」

 ウチが言うと、翼と神楽は頷いた。そしてウチ達はそのまま真っ直ぐ、その通路を進む。外よりは温かいが、妖力と血の匂いが徐々に強くなる。

 暫く歩くと、ホールか何かなのか、少し広くなった空間が現れた。壁際には壊れた棚や残骸があるので、恐らくここは受付的な所だったのだろう。

 奥の扉は突入の際に破壊されたらしく、拉げたまま外されている。そして、その奥は……此方の明かりを全て飲み干すかの様な、深淵の如き闇が広がっている。

「うわ、予想より暗い……」

 神楽はそう言い、ベネリのバレルに無理矢理付けたフラッシュライトを付けた。白く眩しい光が闇を裂き、更に奥へと続く道を照らす。ウチも狐火を出し、その道を進む。壁はさっきまでの荒い手掘りから、コンクリート造りのしっかりしたものに。上の方を見れば、傘の付いた照明が間隔的に付けられている。しかし電球は尽く壊れており、経過した時間が長い事が見て取れた。

 さっきから、えらく大量に扉と長い廊下が続く。しかもどれもこれもが、かなりしっかりした造りの分厚い扉だ。単なる防空壕とも思えない。そう考えていた時。神楽のフラッシュライトが、突き当りの壁に広がったそれを照らした。

「……うわぉ」

「こりゃ酷い……」

 息を呑む二人。照らされた壁は、ペンキで塗ったのかと言う程に赤黒い。血痕だ。正確には、血とその他諸々が混ざった物だが。

 辺りを照らせば、幾つも弾痕が存在している。足元で鈍く光るのは空薬莢か。と言う事は、ここで戦闘があって壊滅したのだろう。なら、そろそろ警戒すべきか。

「翼、レーダー」

 ウチが言うと、翼は頷いて能力を発動した。が。直ぐに首を横に振る。

「駄目だ朱雀。妖力が濃過ぎて、全くレーダーが役に立たない」

 そんなに。しかしそれは不思議な話だ。翼のレーダーと言えば、本来結界内で使う能力。それが空気中の妖力のせいで使えない事があるとすれば――そう思った時。

「――ッ!!」

 声とも叫びとも呼べぬ咆哮が空気を震わせ、何かがウチの目の前に降って来た。このウチの感知範囲外から、一気に跳躍して来たのだ。急いでそれを蹴り上げるが、微妙な手応えしか得られない。

「朱雀!」

 銃声。ウチが軸足を落として避けると、頭上をスラッグ弾が通過。襲撃して来た何かに当たる。が。

「ウッソ、効いて無い……!?」

 フラッシュライトに照らされたそれは、全くのノーダメージだった。スラッグ弾の直撃を耐える奴は、初めてである。が。流石に痛かったと見えて、ウチ等から少し距離を取った。

 ウチはすぐ立ち上がり、煌々と照らすライトを眩しそうに睨む襲撃者を観察する。ソイツは……グレーの毛を生やした猿の様な、不思議な生き物だった。確かに細いゴリラや、チンパンジーの様にも見える。しかし何処か人間とも思える様な、そんな生き物。

 長く細い両手に、かなり太い脚。指の先の爪は、何処か肉食獣を思わせる。そして口の中に見える乱杭歯には、何かの布切れが引っ掛かっていた。成程、コイツは既に”食った”のか。

 ウチは直ぐに袖からペットボトルを滑らせ、刀に変えて構える。と、直ぐにその長い腕を振り被って来た。

「おりゃあっ!!」

 その腕を、ウチは左手の扇子でガード。少し手が痺れたのは、今の一撃に相当のパワーがあるからと見た。それと同時に、奴の身体に神楽と翼の銃弾が浴びせられる。いい腕だ。けれど、一発も貫通せずに地面に落ちる。コイツの表皮は、どうやら滅茶苦茶に硬いらしい。

 怯んだ隙に、ウチは全力でその胴体を斬り付けた。一瞬、刃先が沈んだ手応えを感じる。しかし。

「刃を弾いた!?」

 刀を弾き、ヤツはバックステップで更に距離を取った。正確に言うならば、弾いたと言うより刀が身体に入ったと同時に、傷口が修復された……と言った感じだ。有り得ない事では無いが、滅茶苦茶な奴である。

 で、あるならば。

「翼!神楽!回復より先に破壊する!バンカーバスター使うから足止めして!」

「あ、うん!」

「はいはい了解!」

 ウチは一旦下がり、二人を前に。少し危なっかしいが、それ位しか撃破の方法も無さそうだ。手にしていた刀に更に一本ペットボトルを追加し、薙刀にして翼に渡す。少しで良いから、足止めさえしてくれれば……!

 ペットボトルを両袖から四本づつ、両腰のホルスターから二本づつ、後腰の二本を全部開ける。そしてウチは、その迸る水を一具の弓矢へと変える。弓は八尺程の長物。そして番える矢は、大量の水を利用した一撃必殺の――バンカーバスターに。

 これは、ウチが使える技の中で一番の破壊力を誇る……謂わば必殺技だ。名前の通り、厚さ8mの鉄筋コンクリートを貫通し爆破させられる。水を使えば使う程、妖力を溜めれば溜める程に破壊力が増すこの一撃の弱点は、”一発撃つのに時間が掛かる”事だ。

「うわ、結構厳しい!」

「朱雀まだ!?」

「まだ!」

 薙刀とベネリで何とか足止めをしてくれている二人には悪いが、この一撃必殺の技は手持ちのペットボトルの関係上一回しか使えない。それに誤射すれば、この遺構そのものを破壊しかね無いのだ。慎重に狙いつつ、妖力をギリギリまでチャージする。

 と。ウチが指を矢から離す直前、翼が奴の攻撃をガードし切れずにふっ飛ばされた。

「きゃっ!かはっ!!」

「翼!!」

 神楽が慌てて翼に駆け寄り、背中のAKMSUを奴に零距離乱射する。が、奴は神楽の手の中にあるAKMSUを奪い、床に叩き付けて破壊した。今がチャンスだ。

「二人共伏せろ!!」

 ウチの叫びと共に、神楽は翼を守る様に頭を下げる。その頭上を通過するバンカーバスター。ヤツに直撃して爆発する。殺った。確かにそう思ったのだ。

 だが。水蒸気が緩やかに晴れて行くと……驚きの結果が待っていた。

「……嘘……でしょ……?」

 そんな声は、ウチのものか。はたまた神楽か。ヤツは確かに身体の殆どを失い、立っているのがやっと。しかし、確実にパーツが復活しているのだ。

 ウチの必殺技が不発に終わった。いや、それならマシだった。コイツは、コイツの真に恐ろしいのは、どんな傷も立ち所に治してしまう回復力。それに今更ながらに気付かされた。

 しかしそうなると更に不味い。現状、この一撃が最大火力だったのだ。だがそれを乗り越えられた今、ウチ達に打てる手段が無い。どうしたものか。

 そう考えた時。ヤツはボロボロになった身体を引きずる様にして、部屋の奥の方に向かって逃げて行く。流石にダメージがデカいのか。

「追わなくて良いの……?」

 神楽はそう言うが、今追えばヤツの領域フィールドに入る事になる。ここの地図が無い以上、地の利があるヤツの方が有利だ。それに、追った所で武器も無い。

 兎に角今は翼の回復が先だ。翼の方に近付くと、痛むのか頭を押えながらウチを見る。そして俯き、ボソリと呟いた。

「……ゴメン。ボクが足手まといだから……」

「別に。足止めは出来てたし、問題無い」

 一瞬何か言いたげな表情を見せる翼。だがここで謝罪祭りをされても仕方無い。今必要なのは、ヤツに対する情報だ。

「で、翼。戦って何かに気付いた?神楽でも良いけど」

 ウチが戦って居た時は、それこそ攻撃を当てる事に必死だった。が、この二人なら或いは……そう思っていると、神楽が先に口を開いた。

「アタシは何も気付かなかったけど……翼、確か能力出しっぱだったよね」

 翼は頷く。最初にレーダーが使えないと言っていたから、解除していたのだとばかり。

「それでね、朱雀。あの鬼にバンカーバスターが当たって爆発したじゃん。んでその後、鬼が復活した時なんだけど……」

 そこまで言い、翼は少し言い淀む。確認はしたが自信が無い、と言った所か。

「どんな事でも良い。何か分かったなら教えて」

 そう言って翼に促すと、おずおずと話し始める。

「……レーダーが正しければ、あの鬼の周囲の妖力が鬼に吸収されたんだよ。戦ってる時もちょいちょいレーダーがクリアになったから、何だろうって思って見てたんだ」


 ベネリを構えた神楽を前に、ウチ達は進んで行く。奴が居なくなった通路を先に行くと、今度は縦に長い広間に出た。ライトで照らした限りだと両壁に二本づつ、奥の壁に一本の通路が見える。

「翼、成る可く妖力が方を選んで教えて」

「あ、うん」

 翼は頷くと、暫く悩んだ表情を浮かべてから左の奥の通路を指差す。神楽が先行し、クリアリングをしてからウチと翼を呼ぶ。

 翼の言葉が正しければ、ヤツは妖力を吸収して回復したと言う事になる。そして、この旧軍時代の遺構を満たす不自然なまでの高濃度の妖力。そこから導き出される結論は一つ。ここから先は、完全にウチの想像になるが……もしその通りなら、ヤツを倒す方法があるかも知れない。

 大戦末期、陸軍はオカルト研究に手を出していた……良くある与太話ではあるが、これが事実である場合。あの鬼の正体は陸軍の生み出したB.O.W.生物兵器と言える。そしてこの妖力は、そのB.O.W.の実証実験の為の設備が発生源である可能性がある。

 と言う事は。その驚異的なまでの回復力の正体は、人工的に作られたもの。人が作ったものならば、人が倒せるものである。奴が文字通りの無敵では無い証左だ。

 この遺構の内部の作りを見るに、恐らく秘密研究所か何かだと思う。そして、ヤツは何処かに幽閉されていたが……何かの拍子に逃げ出した。それを抑える為に特殊部隊は派遣された……が、返り討ちに。しかしそれは単に、倒し方を知らなかったから。美味しい河豚も、毒を抜く方法を知らなければ死を呼ぶ魚に成り下がる。

「ここが一番濃い……かな」

 何回か翼に妖力の濃い方を教えて貰い、最終的に辿り着いたのは……「第一発電室」と書かれたプレートの付いた部屋だった。

「……開けるよ」

 翼と神楽が銃口を構え、慎重に頷く。ウチは扉を蹴り開けると、二人はパイカットをしながら侵入する。

「とりあえずクリア……いッ!?」

 部屋の奥を調べていた神楽が、妙な悲鳴を上げた。急いで駆け寄ると、神楽は発電機と思われる機材に光を当ている。まだ動いているのか、少し駆動音がするその機材。神楽の持つライトに照らされた先に……は居た。

「ひっ……これは……」

「……人間……」

 それは、少女だった。いや、正確には少女だ。その四肢は機械によって拘束されており、身体中の至る所にも機械が着けられている。その顔は頭を覆う機械で伺い知れないが、少し出ている素肌に触れると……まだ少し温かく、生命の鼓動を感じさせた。

「生き……てるの……?」

「生かされてる、と言うのが正解」

 身体に触れた所、筋肉は衰えている……と言うより、存在していないかの様に柔らかい。一体どれだけ長く拘束されているのか。

 そして。想像するに……これが、妖力の発生源だ。どう言うメカニズムで人間を生き長らえさせているのか、妖力を発生させているのかは分からない。だが。今必要なのはそこでは無い。

「……止めるの?」

 翼はそう言って、ウチを見上げる。

「……止めなければ、何時までも生かされ続ける。それに奴も倒せない」

 だから。ウチは二人を外に出し、その少女と向き合う。分かっている。これからウチがするのは、殺人だ。何をどう言い繕うと、理由を付けようと。

 けれど、けれど。誰かに押し付けるくらいならば。それに今更、何を躊躇う必要がある。ウチの手は既に、拭いきれぬ程の血に塗れているのだ。ウチはそう考えて、薙刀を縮めて刀に変える。そして――


「朱雀、大丈夫……?」

 発電室を出ると、翼が心配そうに見て来た。

「何の問題も無い。それより、レーダーは」

 ウチが言うと、翼は能力を発動した。と言うか、それが分かる程に妖力濃度が下がっているのだ。

「あ、凄い!まだ濃いけど、レーダーが――来てる!!」

「――ッ!!」

 再び、奴の咆哮が。しかもここは狭い袋小路。奴が来たら、此方は不利だ。

「二人共、弾は!?」

 戦うにしても、弾が無ければどうにもならない。が、神楽は首を横に振った。

「ゴメン、12ゲージはさっき気前よく撃ち過ぎた。ロシアンショーティは……銃が無い」

「ボクの45も弾切れだよ」

「ちっ……兎に角、広い場所まで出る!ここでの戦闘は不利だ!」

「了解!」

 翼に薙刀を返し、戦える場所を探して来た道を戻る。どうやらあちらもウチ達を探しているらしく、咆哮はすれど遭遇せず。正直有り難い事だが、精々時間稼ぎが良い所だ。

 しかし、あの広間まで間に合うだろうか。アイツはここの地図を把握済みだろうが、此方はさっき一回来たきり。しかもご丁寧に、まるで迷路の様に幾つも通路が現れた。何とか記憶を辿りに移動するが、それにしたって限界はある。

「朱雀、エコーマップは?」

「こっちの場所を教えるだけ」

 ウチは耳が良い。だから音を出し、その反響で大体の作りを把握する事は出来る。初音救出時にあの地下を探り出した方法だ。が。音で場所を把握出来るのは、何もウチだけでは無い。

 この暗闇で長く存在し、果たして視力はあるのか。つまりもし仮にヤツが、蝙蝠と同じ方法で此方を認識していたとしたら。ただ移動するだけでも場所を把握される危険性が高いのに、それ以上のリスクを負う必要は無い。

 が。ただ逃げるのも癪だ。今の内に作戦会議と行こう。


 何とか、あの広間まで辿り着いた……が、それはどうやらヤツも同じだったらしい。

「来た!正面右側!!」

 翼の声と共に、ヤツの咆哮が。ライトが当たるより先に回し蹴りを決めると、ヤツはそれをガードする様に両手を身体の前に出した。だが。

「――――ッ!?」

 やはり、。ウチの蹴りで左腕が折れたらしい。つまり。

「もう回復、出来ないでしょ!!」

 もう一撃。前蹴りでヤツを壁に叩き付けた。痛みからか、悲鳴に似た呻きが聞こえる。そして、神楽にとあるものを渡して貰った。

「マジでやるの?」

「当たり前でしょ」

 それは、早々に破壊されたAKMSUのマガジン。それに装填されていた、7.62×39mmロシアンショーティを外して指の間に挟む。そして強く握り締めて……

「どりゃあぁッ!!」

 起き上がる奴をぶん殴る。手に強い衝撃が走り、ヤツの左肩を打ち抜いた。よし、成功だ。

 ではここで、簡単に妖力の説明をしておこう。何故今更、と思うかもしれないがあまり気にしないで欲しい。何事にも、必然はあるのだ。

 妖力は五行と呼ばれる五つのタイプがある。火・水・木・金・土だ。そしてそれらは「水剋火」「火剋金」「金剋木」「木剋水」と言う風に相性があり、良ければ倍等・悪ければ半減……と言う感じだ。

 大体の人間は五行のどれか一つが自分の妖力の基礎になる。当然能力を所持していれば、タイプによって得意不得意が決まる。能力が無くても、妖力を練れば妖力タイプの技が使える。そしてウチは、超超レアな妖力タイプの三行持ちなのだ。

 多い順に、水気・火気・金気の三行を持っている。水気は当然ウチの能力。火気はさっきの狐火の様な技。そして金気は……電気の力だ。

 つまり。ウチはヤツを殴ると同時に、拳の中で放電したのだ。当然握ったロシアンショーティの雷管は爆発、ヤツの身体に直接弾丸をブチかましたのだ。普通に撃っても避けられるかもしれないので、確実に仕留める方法だ。が。誤算が一つ。

「駄目だこれ、滅茶苦茶手が痛い」

「そりゃそうだよ」

 大佐は楽々やっていたのに……と思ったが、良く考えたらあの人専用のグローブしてた。と、ヤツの蹴りがウチを襲う。扇子で直撃は免れたが……滅茶苦茶に重いし痛い。

 だが。仕事はした。

「翼!!」

「うん!」

 ウチの声に、こっそり近付いていた翼が答える。そして、薙刀でヤツの足を縫い止めた。

「ボクだって、ボクだって戦えるんだ!」

 痛みからかヤツは暴れるが、そのせいで更に深々と足が地面に縫い付けられる。そろそろトドメをさしてやる。

「神楽!」

「OK!ワンモアタイム!!」

 神楽のワンモアタイムで、さっき不発だったバンカーバスターを復活させる。当然、フルチャージの状態だ。少し手が痛いが、あまり気にしない。

「いい加減……くたばれ!!」

 ほぼ零距離で、ウチはバンカーバスターをぶちかます。爆風が辺りを包み、浮いていた狐火を吹き消した。闇と静寂。再び狐火を出し、辺りを照らすと……

「……倒……した?」

「まぁ、ね」

 流石に、胴体を殆ど破壊されて生きているヤツが居るとは思えない。一応念の為に首を刎ねてはおくけれど……

「……妖力反応、無し」

 翼がレーダーを見、そう言った。これで一件落着である。久々に滅茶苦茶疲れた。

「はぁ……やれやれ、ね」


「兎に角、今回は翼がMVPだね」

「えへへ、そうかな……」

 出口に向かいながら、神楽と翼はそんな話をする。さっきの話か。色々言いたい事はあるが、確かに今回一番活躍したのは翼で間違い無い。だから褒めてやろう。そう思った時。ウチは妙な感覚に包まれた。

 ……入って来たあの扉の向こうが、静かなのだ。ただ音が聞こえないと言うだけでは無い。人の気配がしないのだ。

「……翼、薙刀」

「え?」

「良いから」

 キョトンとした表情の翼を他所に、ウチは薙刀を右手で構える。何故零課が居ない。もしや……

 軽く開いていた扉を押し開け、辺りを見渡す。案の定、誰も居なくなっていた。流石に翼達も不審に思ったのか、ウチの背後に隠れる。

 と。

「あら、朱雀じゃない」

 こんな状況下で会いたくない奴ランキング一位の声がした。それは消して聞き間違えでは無く……

「……出て来い」

「そんなに警戒しないで頂戴。私よ私」

 ウチがそう声を掛けると、突然目の前に一人の女が現れた。その女は黒いロングコートを着、ラフなジーンズに軍用ブーツを合わせ、シルバーブロンドの髪に合わせてサングラスを掛けている。そして、そのサングラスを外すと……爛々と輝く、深緑の瞳が現れた。

「何しに来た、伊勢崎」

 名前を呼んでやると、奴は嬉しそうに目を細める。伊勢崎時雨。それが奴の名だ。自衛隊中央参謀本部と言う零課とどっこいどっこいの胡散臭い所に所属し、しかもその正体は千年は生きてる大妖怪。そんな奴とこんな所で顔を会わせるなど、最悪と言わずして何と言う。

「貴女達のサポートをしに来た……のだけど……」

 そう言い、伊勢崎はウチ達を見渡す。

「その様子だと、もう倒しちゃったって所かしら?」

「……知ってた訳?ここの事も、奴の事も」

 少し嬉しそうな伊勢崎に聞くと、首を横に振った。そして、溜息と共に返事が帰って来る。

「先の大戦中、陸式の連中が碌でも無い事してたのは知ってたけど……まさかその研究所を内務省が押えてたのは知らなかったわ。と言うか今も動いてたのね、ここ。まぁ零課は逃げちゃった後だし、後は任せて頂戴」

 果たしてその言葉の何処までが真実なのやら。とは言え、そこらの事情はウチ達より詳しい筈。後は任せるべきだろう。

 ウチがそう考えて居ると、伊勢崎は片手を上に上げた。と、その瞬間。

「な……っ!?」

「今まで誰も居なかったのに……?!」

 伊勢崎の周囲に、フル装備の隊員達が現れた。陸自とは違い、ネイビーとグレーの迷彩だから海自の陸戦隊らしい。と言うか、何故伊勢崎が突然目の前に出て来れたのかが今分かった。

「……光学迷彩か。そんなもんまで作ってた訳?」

 そう言うと、伊勢崎は嬉しそうに頷いて一度姿を消す。そして再び現れた時には、ウチの背後に回っていた。

「09式試作熱光学迷彩……通称”合羽”よ。防技研の最新作で、まだ配備はされてないけど……カッコいいでしょ」

 子供かコイツは。と、伊勢崎は一瞬だけウチの耳元に顔を近付ける。そして、小さく呟いた。

「――国枝薫の身辺を洗いなさい」

「なッ!?」

「じゃ、チャオ!」

 ウチが振り返ると、既に伊勢崎は頭を下げて入口の扉を潜っていた。隊員達は機材を分担して運びながら、その後を追う。

「……取り敢えず、帰るか」

 そうウチが言うと、二人は呆然としたまま頷いた。色々気になる事も引っかかる事もあるが……今は帰って休みたい。そんな気分だった。




「さー、貴方達。髪の毛から紙の切れ端まで徹底的に洗い出しなさい」

「了解」

 伊勢崎はそう命令し、足元にあるあの鬼の死体を一瞥した。朱雀によってバラバラにされたその破片は、防護服を着た隊員が慎重にポットへ回収している。

「しっかしまぁ……コイツまだ居たんだ……」

 と、そんな伊勢崎に近付く隊員が一人。胸元には「つるぎ」と書かれている。

「伊勢崎司令。少し宜しいでしょうか」

「何か見付かった?」

「これを。それから、少々来て頂きたく」

 そう言い、剣は伊勢崎に資料の束を渡した。時代経過によって黄ばみ、所々破れているそれを伊勢崎は一瞥する。

「波式人造神兵……ね。成程、妖力を回復システムにして、無敵の兵器を作ったつもりだったか」

 ペラペラと捲り、内容を把握して行く。そして先を行く剣を追い、発電所とは反対側の通路を進む。破壊された鉄格子や扉を潜ると、その先にあったのは……

「ほぅ……”ヴェルズベルグの箱”なんて持ってたの、陸式連中。本気で錬金術に倒錯していたのね」

 三つ並んだ、高さ2m程の硝子張りの筒。しかし手前と奥の硝子は内側から破壊されており、真ん中の筒は中身が入っていない。

「手前の奴は私が倒して、奥のが今回朱雀が倒した奴だとして……」

 伊勢崎はそう言って、真ん中の空っぽな筒に手を触れた。そして、先程の資料に再び目を落とす。

「……全部で三体、人造神兵は作られてる……なのに一体足りない……」

 ボソボソと呟きつつ、伊勢崎は小型のスマホに似た携帯端末を出して操作する。

「あ、万城目?お願いがあるんだけど……聞いてくれるかしら?」

「ほぅ、伊勢崎君か。予算会議を逃げ出す口実を有難う」

 電話に出たのは、万城目外務大臣だった。伊勢崎は資料の束を剣に渡し、他の隊員に筒の回収を指示する。

「お礼なら新宿の鉄板焼屋でしてあげるわ。だから一寸探しものをして欲しいのよ」

「構わないよ。で、何を探す?」

「赤坂の、日本でのペーパークリップ作戦についての資料。特に――」


「1947年辺りの奴を重点的に、ね」

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