十月 巣食う悪意

 四条通。洛中のメインストリートと言っても過言では無い。二十四時間三百六十五日、常に観光客や地元民が賑わいを振り撒いている。しかし一歩路地へ入れば、人気の無い生活路だ。

 そこを歩く大学生の西川は早足であった。何故なら、さっき飲み屋で聞いた化物の話が怖いからだ。友人と先斗町で飲んだ帰りだと言うのに、楽しさより怖さが勝って酔いが覚めてしまっている。

「やだなぁ……人喰いの怪物とか……早く陰陽寮か特妖が倒してくれると良いんだけど……」

 そんな事をボヤいていると、目の前から雪駄の音を立てて女が一人、提灯の明かりに照らされて現れた。黒地に金糸の入った艶やかな和服を着、雨が降っている訳では無いのに、これまた黒い和傘を差していた。

(うっわ美人……)

 そう考え西川は、女の顔をまじまじと見てしまった。と、女はニコリと笑顔を浮かべてから歩き去る。西川の目には、その笑顔がキラリと輝いて見えた。

 暫く呆然とし、ふと我に返る西川。そして勇気を持って、彼女を誘おうと振り向き―


ドサッ




 朝。目覚ましがなるより早く、アタシは目を開ける。理由は簡単。目覚ましがなると煩いからだ。……いやまぁ、それが目覚ましの仕事ではあるんだけど……

 アタシの名前は東雲神楽!何処にでもいる、普通の可愛い女子高生……と言いたいが、残念ながら普通のを自分でも良く知っている。朱雀とは違って、目指してもいないし。

 と言うかこれを読んでいる読者の皆様に置かれましては、アタシも朱雀も翼も既にご存知の筈。となれば、わざわざ説明する必要も無いか。と言う訳で、特に説明も無く今月はアタシ視点でお送りします。

「神楽〜、ご飯出来てるよ〜」

「はーい!」

 下から聞こえるママの声と、朝ご飯の匂い。今日は焼鯖か。それを考えただけでお腹が空く。服をちゃっちゃか着換え、階段を降りると珍しい人物が居た。

「あ、阿呆兄ちゃん居たんだ」

「誰が阿呆だ誰が」

 阿呆兄ちゃんこと、東雲康太。今は大学を卒業……出来たのかどうか知らないが、兎に角家に帰って来たり来なかったりの良く分らない奴である。仕事はしているらしいけど……怪しい。

 ママの仕事は陸自桂駐屯地の広報官。そしてパパは、同じく陸自の……えっと……所属は分からないけど、兎に角部隊の指揮官らしい。だからパパは中々帰って来ない。つまり、常時二人無いしは三人がこの食卓のメンバーだ。

「いっただきま〜す」

 アタシは手を合わせるのもそこそこに、パリパリの皮を付けた焼鯖をご飯に乗せて食べる。そうそうこれこれ。この塩辛さと脂の甘みが、ご飯をどんどん進ませる。朱雀んの超豪華(朱雀に言わせると普通)のご飯と比べたらアレだけど、アタシは此方の方が好きだ。

「あ、この柴漬け朱雀の奴?」

 アタシが聞くと、ママは頷いて言った。やっぱり。朱雀ん家で良く食べる奴だ。

「そ。黒島さんには今度ちゃんとお礼を言っておいてね。ただでさえ、アンタみたいな阿呆の面倒を見てくれてるってのに、こんな良い柴漬けまで貰っちゃって」

 阿呆は余計だが、まぁ確かに面倒は見てもらってる。主に鞍馬さんとか厨房の皆さんに。朱雀は何方かと言うと、アタシと翼が面倒を見ている方だ。

 と、そう考えていると。横から阿呆兄ちゃんが口を挟んで来た。

「神楽、あの二人何時結婚するん?」

 いや知らんがな。

「あのねぇ……ナマモノは色々危ないから禁止だって」

 そう。この阿呆兄ちゃん、何を隠そう百合豚なのだ。そして当然と言えば当然だが、朱雀と翼の事を知っている。まぁ言わんとしてる事は分からなくは無いけど……

「次のニュースです。昨晩四条富永町で発生した殺人事件ですが、これまでの三件と類似している点が多い為、同一犯の犯行と見て捜査を進めると言う警察の発表がありました」

「例の首切り宙釣り事件、やっぱ同一犯か……」

 阿呆兄ちゃんはそう言って、新聞の該当記事を開いた。首切り宙釣り事件。朱雀と翼が話してるのを聞いた事がある。なんでも被害者は首を鋭利な何かでバッサリと斬られ、オマケに滅茶苦茶頑丈な糸で宙釣りにされているらしい。

 なんでそんな殺し方をするのか。そして凶器は何で、どうして目撃者が少ないのか。そんな事を言っていた。そして、近々捜査権が普通刑事課から特妖課に移されるらしいと言う事を。

「洛中も物騒だねぇ……」

 ママのそんな言葉を聞きながら、アタシは味噌汁を飲み干した。


「行ってきます!」

 アタシはそう言って、愛用のMTBに跨る。向かうは学校……では無く朱雀の家だ。アタシは一応自転車通学なんだけど、自転車で学校に行くより車は楽なのだ。最も、当の朱雀は不機嫌になるが……

 ペダルを漕ぐ事約五分。壬生寺のすぐ近くに黒島家はある。何処からどう見てもお寺か神社の様な白壁に囲まれ、しかもその上滅茶苦茶デカい門があるので観光客がちょいちょい間違えるらしい。

 その門を潜ると、直ぐに見慣れた黒いベンツが暖機していた。その横には、銀のフレームレス眼鏡と黒いダブルのスーツをピシッと着た、長身のイケメンが立っている。つまりは鞍馬さんだ。

「お待ちしておりました、神楽様。お早う御座います」

「あ、お早よう御座います」

 慇懃に頭を下げる鞍馬さん。自転車置き場にMTBを停めて、鞍馬さんが開けてくれたドアから中を覗くと……

「神楽おはよ〜」

「……おはよ」

 随分元気な翼と、少し眠そうな朱雀が居た。翼はアタシの家より遠いので、翼の起きる時間的にアタシより先に到着してる訳が無い。まぁまた泊まりだろう。

「ん。おはよ」

 アタシが乗り込むと、鞍馬さんはベンツをゆっくりと発進させる。案の定、二人から同じシャンプーの匂いがした。阿呆兄ちゃんへ。この二人はもう結婚してると言う解釈で間違いありません。


「で、やっぱ行くの?事件現場げんば

 昼休み。何時も通りお弁当を三人で食べていた時、アタシはふと気になって聞いた。と、一瞬朱雀は箸を止めて溜息を付く。

陰陽寮よしのはそもそも妖怪犯罪かどうか決めかねてるけど、まぁ警察は陰陽寮に捜査権を移すでしょ。と言うか……アンタ、また付いて来る気?」

「そりゃまぁ、新聞部だし」

「一度でも事件を新聞に載せた事ある?」

 それを言われると辛い。が。

「でもどうせ同じ車じゃん」

 そう言うと朱雀は黙った。先にアタシだけを置いて行くと言う選択もあるのに。何時もは超ツンツンしているが、偶にこうしてデレるのだ。そりゃ翼も惚れる訳だ。

「そう言えばさ」

 そんな話をしていると、翼が思い出した様にアタシに聞いてきた。

「前言ってた新着の噂、調べた?」

「あ〜、そうそう」

 忘れる所だった。ご存知の通りこの三人の内、デジタル担当はアタシ。だから新着の噂を見つけては、洛中限定で纏めているのだ。

 プリントした内容を綴じた奴を二人に渡す。早速朱雀はペラペラと捲って内容を見ていた。が。

「例の事件に関わる様な噂は無いと思うよ?アタシも見てるけど」

「……そう」

 朱雀はそう返し、追加で買って来たメロンパンをもそもそと食べる。そう。朱雀はかなりの大食いだ。普段から鞄に大量にパンなりお握りなりが入っている。しかもペットボトルの水も何本も入っている。体力の無い朱雀が一体何故、こんなに重い鞄を持ち運べるのか。それは誰にも分からない。

「確かに、四条とか祇園周辺の噂は殆ど無い……か」

「洛中だって広いし、他より妖力も濃いからねぇ」

 翼の言う通り。妖力が濃いと言う事は、それだけ妖怪も暴れやすいし怪奇現象も起きやすい。つまりそれだけこの手の噂話も増えるのだ。

 しかし。母数が増えたからと言っても、特定のエリアの噂が増える訳では無い。と言うか寧ろ、増えた場合はそれこそそっちが怪しいのだけど。

「でも妙に少なくない?あの辺りの噂」

「まぁ、そんな事もあるでしょ。前回から一ヶ月しか経ってないし」

 翼の言う通り。確かに今回分には祇園周辺の噂が少ない。なんせ祇園周辺は洛中のメインだし、観光客も他より多い。だから普段はその手の噂も多いのだけど……

「あ、そう言えば朱雀。文化祭何するの」

 少し重くなった空気を取っ払う為に、アタシはそう言って別の話題を振った。丁度一週間後、この学園の文化祭はある。アタシと翼は同じクラスだから知っているが、朱雀のクラスが何をするかは聞いていない。

「……アンタ達は?」

「ん?ボク達はカフェをやるよ」

 そう。アタシ達1-Cは普通のカフェだ。企画当初はネコミミだのメイドだの男装だのと色々出ては来たけど、予算と言う大きな壁が立ち塞がったので普通のカフェである。と、朱雀は小さく鼻で笑った。

「あっそ。じゃ、売上はウチが貰ったから」

「え、朱雀達もカフェなの?ボク通うわ」

「いや?和食屋」

 和食屋。えらい渋い所だ。

「アタシはてっきり、くろしまやかふぇとコラボするかと思ってたんだけど」

「んな訳無いでしょ。後、翼。残念だけどウチは厨房だから」

「え〜、ボク朱雀が働いてる所見たかった……」

 いや、寧ろアタシが行きたい。朱雀の料理の腕は折り紙付きだ。なんせ毎日あんなに美味しい料理を食べて、味覚の良さも半端では無い。その朱雀が作る和食なら、絶対に美味い。と言うか。

「マジで売上負けるかも」

 売上で負けた方が何か言う事を聞く。それを最初に言い出したのは朱雀だった。成程。あんな賭け、自分が勝つのが分かってたから言ったのか。流石朱雀。策士である。

「え、んじゃ色々考えなきゃ」

 そう言って慌てる翼を放置して、朱雀は荷物を持って立ち上がる。時計を見れば、そろそろ昼休みも終わりである。アタシもそろそろ片付けなきゃ。

「……調査する方向が違う……か」

 お弁当を片付けるウチの耳に、朱雀のそんな呟きが耳に残った。


「で、あれは何なの。騒がしいんだけど」

 現場に付いて早々、朱雀は大隈さんに聞いた。その指先には、プラカードや垂れ幕を持って拡声器で何かを叫んでいる人達が。

「ん?あぁ、朱雀の嬢ちゃんは知らないか。あれだよ。反妖怪主義者って奴だ。行く先行く先でこうして集会されてちゃ邪魔で仕方無いが……何もして無い以上、俺達も手を出す訳には行かねぇしな」

「……そ」

 反妖怪主義。妖怪が悪さをするなら、人間社会から排除するべき。そう言う考え方だ。その殆どはああして集会を開くだけだけど、中には善良な妖怪に過激な行動を取る者も居る。

 妖怪は確かに人を襲う。でもそれは、本当に極一部のアウトローだけ。人だって、人を殺しているアウトローが居るのに。

「妖怪ってのは、基本人間と見た目も違うからね。排除の対象になりやすいんだ」

 翼の説明は、理解出来るけどしたくなかった。でも、今それを気にしていても仕方無い。取り敢えず捜査を優先だ。

「んで、お嬢さん方。これが今回の被害者ガイシャの写真だ。遺体からだは既に森検死官が持って行ったよ」

 大隈さんはそう言って、アタシ達に写真を渡してくれた。成程、確かに白い紐でグルグル巻きにされてるし、首から上が無い。しかも宙釣りだ。普通の女の子ならこれで悲鳴を上げるのだろうけど、アタシ達はもう見慣れてしまったので何とも無い。

 もう一枚。此方は首だ。随分雑に転がされている。表情は苦しんで居ないから、本当に一瞬で斬り落とされたのだろう。うむむ、なむなむ。

「随分綺麗に斬り落とされてるけど、凶器は刀か何か?」

 遺体があった場所に手を合わせていると、朱雀は写真を見て言った。が、大隈さんは首を横に振る。

「いや、どうやら刀程綺麗な切断痕じゃないらしい。紐か何か……って森検死官は言ってたな」

「紐……か」

 紐で首を斬る。滅茶苦茶な話に聞こえるけど、例えば朱雀なら簡単に出来るだろう。紐を扱える妖怪なら尚更だ。

「……女郎蜘蛛……とか?」

 アタシがそう言うと、大隈さんと翼が手を打った。女郎蜘蛛。蜘蛛の経立であり、女性の姿を取る特別指定級危険生物だ。人間と殆ど区別の付かない姿をしており、そのせいで捕食事件が発覚し難いと言う特徴がある。

 そして女郎蜘蛛は当然、蜘蛛糸を出す事が出来る。しかも獲物を吊るすのも確認されていた筈。まぁアタシも、陰陽寮の資料を読んだに過ぎないんだけど。

「朱雀の嬢ちゃん、どう思う?女郎蜘蛛だと思うかい?」

「……どうだろう」

 が。朱雀の顔は思案顔だった。少し眉間に皺が寄り、明らかに何かを悩んでいる。

「もし仮に、この周辺で女郎蜘蛛の痕跡が発見されたなら頷ける。事件発生もこの一帯だし、女郎蜘蛛の行動範囲は狭いから。けど」

 朱雀は昼間の資料を取り出して、パラパラと捲ってアタシを見た。

「……本当に、これで噂は全部?」

「え、あ、うん」

 アタシが返すと、溜息を付いて資料を仕舞う朱雀。そして、中指で眉間を押し上げる様に揉んだ。悩んでいる時の朱雀の癖である。

「じゃ、やっぱ微妙なラインか。羆、一応警戒網張って。やらないで被害増やすよりマシだから」

「はいよ、朱雀の嬢ちゃん」

 そう言って、大隈さんは無線を入れる為に覆面パトカーに戻って行く。朱雀はその背中を見ながら、もう一度眉間を揉んでいた。

 そして。朱雀の悩みは的中してしまう。




「え、女郎蜘蛛見つかった!?」

 朱雀から電話が掛かって来たのは、それから二日後だった。それと同時位にアタシの部屋の窓から、家の前に一台のベンツが止まったのが見えた。鞍馬さんの運転しているアレである。余程急ぎらしい。

「取り敢えず乗って。中で話す」

「あ、うん」

 アタシは急いでクーガーの入った鞄を手に、階段を降りて玄関へ。

「どした翼」

 阿呆兄ちゃんがリビングで特撮を見つつ、そんな呑気な声を出す。

「ゴメン家空けるから!じゃ!」

 それだけ言って、アタシも車に乗り込んだ。中には既に翼も居て、朱雀はペットボトルを開けて指を入れていた。これで水に妖力を込めて、後で能力を簡単に発動させるのだ。

 ドアが閉まるが速いか、鞍馬さんはベンツを走らせる。そして朱雀はペットボトルのキャップを締め、ホルスターに引っ掛けていた。

「ついさっき、警戒中のパトカーが女郎蜘蛛らしき存在を確認した。で、逃げたから追ったら住宅街でロスト。急いで結界だけ張って、閉じ込めたらしい」

 成程、それは急ぎな訳だ。アタシも鞄からクーガーを出して、マガジンの中身を確認する。M8000クーガーL。ベレッタクーガーの中でも軽量で、ショートグリップを採用している。翼のG17同様、アタシ達が帯刀になった日に鞍馬さんから貰ったのだ。

「弾は座席横の箱にたっぷり入れてあります。どうぞ好きなだけお持ち下さい」

 鞍馬さんがそう言って、手で工具箱を指した。重いそれを開けると、グロッグとクーガーの空マガジンと9×19mmパラベラムの紙箱が入っている。銃はあっても、普通では弾は買えないから有り難い。

「現場に着いたら、神楽は別行動。OK?」

「うん」

 アタシはマガジンを装填して頷いた。ここで二手に分かれるのは、単純に能力の差だ。翼の能力は非戦闘型。アタシや朱雀みたいに戦えないから、何方かに着くのが正しい。

 そして現場である西之町に到着すると、既に覆面パトカーが道を塞いでいた。野次馬やあの反妖怪運動の人達もいる。それらを抜けてベンツを降りると、直ぐに大隈さんと鮫島さんがやって来た。二人共、手にM870ブリーチャーを持っている。

「封鎖完了。二班は古門前通から追い込むそうです」

「了解。いい、二人共」

 鮫島さんの報告を聞いて、朱雀はアタシ達を見た。普段より強い、朱雀の殺気に似たオーラをもろに浴びて、少し背中に冷たいものが走る。怖。

「相手は特別指定級危険生物の女郎蜘蛛。確かに人間に姿は似てるけど、躊躇ためらう必要は無い。殺せ」

「う、うん」

「了解」

 朱雀の言葉に、頷くのがやっと。まるで真剣の様な研ぎ澄まされた殺気が朱雀から溢れ、気圧されて居るのだ。

 しかし確かに、相手は人に害する妖怪の中でも最上級に危険な存在。用心するに越した事は無い。クーガーを握る力が自然と強くなる。

「じゃ、総員……突入」

 朱雀の言葉で、アタシ達は結界に踏み込んだ。一瞬冷水に入った様な感覚がし、人混みや街の音とは隔絶される。静まり返ったこの場所が、今から戦場に変わるのだ。

「お邪魔しまーす……よっと」

 アタシは目の前の一軒家の鍵を撃ち、外開きのドアを開けて中に入る。ここは結界内。余程の破壊で無ければ、現実の世界には反映されない。

 ゆっくりとパイカットをしつつ、先ずは二階に。踊り場から上を見上げつつ、足音を成る可く立てない様に上がって行くと……

「……クリア、かな」

 二階の部屋全てに、何の痕跡も無かった。次は一階。再び慎重に銃を構えながら降りる。一階はどうやら部屋が三ヶ所あり、廊下の一番奥がキッチンらしい。

 額を流れる冷たい汗。しかし拭うのは後だ。玄関側からドアを開け、中をチェックして行く。久々の緊張感に呼吸も忘れそうになる。この緊張感、先々月の覚戦以来だ。いや、その後の夏休み明けのテストでも同じ緊張感を味わったからそんな久々では無かった。

 お風呂場までチェックが終わり、残すのはキッチン。必ずこの家に居るとは限らないが、居ないとも限らない。手が震えそうになるのを、呼吸で何とか抑えこむ。

 キッチンに入ると、先ずは四隅のチェック。目の前にはテーブルがあり、左壁には大きめの液晶テレビが壁に掛かっている。カウンタータイプのキッチンにはインスタント珈琲の入った瓶や、各種調味料が並んでいた。そして、部屋はこれで全部。

「……ふぅ」

 アタシは溜息を付いて、クーガーを降ろした。取り敢えずこの家はクリアである。一旦出て一息着こうと思いながら、廊下を歩いて居ると……突然、玄関が閉じた。だが誰も外には見えず、当然廊下にも居ない。となれば。

「上!!」

 上に向かってクーガーを構えた。しかし廊下の天井には居ない。と、背後で音がした。

「人のお家に上がり込んで、そんな危ないものを振り回すなんて……イケナイ娘だね」

 その刹那。アタシがしゃがむ事が出来たのは、それなりに場数を踏んだからだろうか。頭の上を蜘蛛の糸が通り過ぎ、玄関ドアにへばり付いた。

 アタシはそのまま後ろを振り向き、発砲。そこにはぶら下がる女……女郎蜘蛛の姿が。成程、キッチンの天井までは見ていない。完全にクリア漏れである。女郎蜘蛛は銃弾が当たる前に避け、冷蔵庫の扉に三つの穴を開けた。

「はい残念」

 女郎蜘蛛はそう言って、天井から降りた。そして蜘蛛糸を吐き出そうとする……が。

「発動しろ!ワンモアタイム!!」

 それがアタシの狙いだった。

 ワンモアタイム。アタシの能力。それはもう一度だけやり直す能力。そして今アタシがそれを掛けたのは、たった今発射した銃弾三発。銃の欠点は、真っ直ぐにしか飛ばないと言う事。それはつまり、だと言う事に他ならない。が、逆に言うならば。

「がっ!?」

 冷蔵庫に穴を開けた銃弾は、さっきの射線そのままにアタシのクーガーに戻る。当然、その射線上に居る女郎蜘蛛を貫いて、だ。

「よし、先ずは三発!」

「この……ガキがぁッ!!」

 再び飛んで来る蜘蛛糸。アタシは壁を使ってジャンプし、それを回避する。そしてもう一度発砲した。

「当たれッ!!」

 キッチンに引っ込み、それを回避した女郎蜘蛛。だが、今度は間違えない。着地と同時にまた発砲、能力も使う。すると、最初に撃った弾と今撃った弾が空中でぶつかり合い、乱反射してキッチンの天井を撃ち抜いた。

「ぎゃあッ!!」

 悲鳴と血飛沫を上げ、落下して来た女郎蜘蛛。その肩にしっかりと銃弾を打ち込み、ゆっくり近付く。流石に死んだかな―

「―甘いわッ!!」

 女郎蜘蛛はそう叫び、蜘蛛糸を吐いて動いた。アタシは飛んで避けたが、どうやら悪手だったらしい。アタシの足元を通過する女郎蜘蛛。成程、玄関ドアに糸を付け、それを手繰って加速したか。見れば腕が二対増え、まさに蜘蛛らしい姿に変わっている。

 更に発砲……したかったのだが。女郎蜘蛛が玄関に到達したのが先だった。アタシの手からクーガーが離れ、冷蔵庫に蜘蛛糸で縫い付けられる。しまった。

「銃が無ければ、何にも出来ないでしょう?」

 そう言って、女郎蜘蛛は糸を吐く。それはアタシの左肩に直撃して、カウンターを越えて壁に縫い付けられた。

「―かハッ!」

 背中を打った衝撃で、肺の空気が全て出る。苦しいより痛いより、次に何か行動を取らなければ死ぬと言う思いが先に出た。

 ゆっくり且つ悠然と近付いて来る女郎蜘蛛。その顔には愉悦の笑みが浮かんでいる。アタシは目の前に転がっている物を、手当り次第に投げ付けた。

「あらあら、随時可愛らしい抵抗ね」

 女郎蜘蛛はそんな事を言いながら、アタシの投げたあれやこれやを避ける。そして笑顔のまま、アタシの右手に蜘蛛糸を付けた。

「最早絶体絶命かしら?」

「それは……どうかな!?」

 アタシは腹筋で無理矢理身体を持ち上げて、両足蹴りを女郎蜘蛛の腹に入れる。多分肺の空気を全部出した筈だ。そして、アタシは切札を使った。

「ワンモアタイム!」

 投げた調味料達が、蹌踉よろめく女郎蜘蛛に襲い掛かる。色とりどりのスパイスに塗れ、咳き込む女郎蜘蛛。アタシもつられてせた。辛。

「ゲッホゲッホ……この……このガキが……ゲッホッ!!」

 女郎蜘蛛は、咳き込みながらも蜘蛛糸を吐き出す―が。

「ゴホッゴホッ……ま、またまたやらせて貰いました……!!」

 その糸は、恐らく狙っていたであろうアタシの足を抜け、全く見当違いの所に直撃した。驚く女郎蜘蛛は、また蜘蛛糸を吐くが……これも違う所に。

「な……何をしたぁ!!」

「何って……カフェインを吸引して貰ったんですよ。クスリは飲むより吸うに限りますからね」

 そう。アタシはただ、何も考えずに調味料を投げた訳では無い。全てはインスタント珈琲を隠す為だ。

 作戦はこうだ。まず女郎蜘蛛に近付いて貰い、肺の空気を抜く。そして呼吸を荒くさせ、インスタント珈琲を吸い込んでもらう。インスタント珈琲は瓶なので、女郎蜘蛛に直撃しようがしまいが割れるし中身は舞い上がる。それを吸い込んでくれれば、カフェインが速攻で吸収されてアタシの勝ちである。粘液吸引は飲むより素早く、確実に身体に回るって聞いた事あるし。

 カフェインが蜘蛛を酔わせる。これを知らなければこんな事は考えなかったし、本当に積んでいただろう。翼、余計な知識をありがとう。しかしここからどうしたものか。ワンモアタイムで蜘蛛糸を逃れ、クーガーを手にしても……再び同じ箇所を蜘蛛糸で張り付けられたら、それこそ一巻の終わりだ。

「この……この……ぐぁッ!!」

 そんな事を考えていると、突然女郎蜘蛛の胸から水で出来た刃が伸びた。いや、正確に言えばその後ろに―

「朱雀!ナイスタイミング!」

 朱雀の見慣れた髪飾りが見えた。どうやら発砲音を聞きつけて、助けに来てくれたらしい。

「煩い」

 朱雀はそう返して、刀を縦一文字に降ろした。今まで以上の血とその他諸々が床を染め、女郎蜘蛛はぐしゃりと力無く崩れ落ちる。噎せ返るような、嗅ぎ馴れてしまった血とその他諸々の匂いが部屋に満ちた。そして、朱雀はその頭を掴んで―握り潰す。さっきまで頭だった物が辺り一面に散らばる。うわグロい。

「女郎蜘蛛の排除を確認。神楽、コイツだけ?」

 アタシが頷くと、朱雀は血溜りに指を浸した。一瞬血溜りが泡立ち、直ぐに粉へと変わる。相変わらず滅茶苦茶な能力だ。

「ふぅ、ありがとう。死ぬかと思った……」

 朱雀に蜘蛛糸を引き千切ってもらい、床に降りる。と、途端に足に力が入らなくなった。緊張が解けたのもある。だが、それ以上に。

「……撃ったんだ。撃てたんだ、アタシ。人の形をしたものを」

 その恐怖と驚愕と、そして少しの―興奮。確かに覚は撃ったけど、あれは人と言うよりゴリラだからまだ何とかなった。けれど。

 そんなアタシを見、朱雀は顔を近付けた。そして、女郎蜘蛛だったものを指差す。

「……何故頭を狙わなかった。どんな妖怪でも、頭を潰せば殺せるのに。神楽の腕なら、一発で吹き飛ばせたでしょ」

「それは……」

 アタシには撃てなかった。敵である事は分かってはいたけれど、どうしても抵抗がある。と、朱雀はその思考を読んだのか、アタシに言う。

「戸惑うな、神楽。。死にたくなければ。それが人の形をしていようが、何であろうが―殺せ」

 そう言う朱雀は―妙な表現ではあるけれど―美しかった。本当に美しかった。だがそれは、抜身の日本刀を見た時の様な……危うさと紙一重の美しさ。住んでいる世界が違う。それがよく分かる。

 本当に、朱雀は何時もと変わらぬ調子で人を斬れるのだろう。何時もと変わらぬ調子で、殺した後に日常に戻れるのだろう。朱雀に狂気は無く、全てにおいてフラットなままに続いているのだ。

 と、そんなアタシの頭に、朱雀の手が乗った。そして少しだけ動く。もしやこれは―

「……デレた?」

「デレてない」

 即答。しかし、その一瞬朱雀の瞳は微かに動いた。どうやらツンドラでは無く、ツン多めのデレらしい。兎に角、そんなこんなでこの事件は幕を閉じた―


と、思っていたのだけど。




 学園祭当日。朱雀達1-Dからはあり得ない位美味しそうな匂いが漂って来た。前日から思ってはいたが、レベルが全然違い過ぎる。どの位違うかと言うと、普通のカフェをやっていたアタシ達1-Cが暇な位である。

「二人共、一寸早いけど回って来て良いよ」

 そうクラス委員長が言ってくれた時には、お客様の数は数えるくらい。そんなに入らないとは思っていたけど、まさかここまでとは。

「後ついでに、隣の敵情視察をお願い。ほら、冬月さんなら黒島さんの彼女割とかあるでしょ」

「はいは~い」

 そんな割引があるかどうかはさて置き、行列の出来ている隣は凄く気になる。そう思ってクラスを出ると―

「あ、翼さんと神楽さん!板長が来たら呼ぶ様に言ってました!此方へどうぞ!」

 外でお客様を捌いていた桜庭さんに呼ばれ、あれよあれよと言う間に厨房に通された。いや、比喩抜きに”厨房”だったのである。

 教室の三分の一程を丸々使い、簡易ではあるけれどコンロが存在し、排気ダクトは窓に伸びていた。そして何より、働いている全員が白い調理衣を着ているのである。サイズこそ違うが、黒島家の厨房と似ている気がする。

「三番さん里芋の炊いたんと真鯖の塩焼き、ご飯付き入ります!」

「吉川ちゃん飾りお願い!椀物今出すから!」

「八番さんの関東煮、今出ます!」

 そんな声が辺りに響き、アタシ達の疎外感は半端では無い。だってどう見ても本物の料理屋だし。これは売上負けたわ。そう思って居ると、明らかに一人だけ目立っている割烹着の人が近づいて来た。要は朱雀である。

「んじゃ、ウチは離れるけど……全員、教えた通りに作れば良いから」

「はい、板長!」

 そんな声を背に、朱雀は割烹着を脱いで畳む。その下の着物は、紫紺に紅葉を散らした秋らしいデザイン。確か黑しま屋の新作の筈だ。と言うか。

「板長なんだ、朱雀」

「勝手にあの子達が呼んでるだけ。ウチで一週間研修させたら、何時の間にかね」

 道理で。しかしそれなら、味に間違いは無い。そりゃあ行列にもなる筈だ。

「所で神楽。宿題は出来てる?」

「あ、うん。今渡すよ」

 アタシはそう言って、朱雀と翼に新たな資料を渡した。そう。あの一戦の後、朱雀にはとある事を調べる様に言われていたのだ。

「これ……何時もの怪奇現象報告サイトじゃないね。個人ブログとかTwitterじゃん」

「そ。朱雀は四条周辺の、ここ二週間の記録を見たいって言ったんだよ。大変だったんだよ?滅茶苦茶大量の情報の中から、四条周辺の記録だけをサルベージするのは、さ」

 実際、本当に使い物にならないデータを除いても、かなりの厚さの資料が出来上がっている。持って来るのも大変だった。しかし、内容はあまり役に立つとは思えない。なんせ「工事が多くてお気に入りのお店に行けなかった」だの「先斗町近くで映画の撮影してた」だの、本当に日常の1ページ程度のものばかり。

「でも何の役に立つの?それ。だって女郎蜘蛛は―」

「―あれはハズレだった」

 資料を捲り終わった朱雀の口から出たのは、そんな滅茶苦茶な言葉だった。え、ハズレ……?

「あの家から、女郎蜘蛛被害者の遺体が出た。けど、全部中身を座れて木乃伊状態だった。ウチも久々に戦ったから忘れてたけど、女郎蜘蛛は首を斬ったりしない」

「え、じゃ、じゃあ……」

 冤罪だった。アタシはそう言おうとしたが、朱雀が先にそれを否定する。

「人間食ってたから、冤罪じゃない。寧ろ感謝されて然るべきレベル。しかも……」

 そう言って、朱雀は資料をポンポンと叩いた。その表情は、何処か笑顔を思わせる。アタシも翼程じゃあ無いけど、朱雀の表情を読み取れる様になって来た。

「この資料のお陰で、真犯人の尻尾が掴めた。翼、お父さんに連絡して」

「はいは〜い!」

 翼の返事と共に、朱雀はガラケーを取り出す。そして、アタシに向けて言い放った。

「鞍馬に連絡して。掛け方忘れたから」




「黒島様。代表が直接お見えになりますので、今暫くお待ち下さい」

「ありがとう」

 朱雀はそう言って、営業スマイルを案内してくれた人に見せる。う〜ん、可愛い。しかしその人が居なくなった途端、普段の仏頂面に。流石は黒島家現当主。

「神楽、安全装置は外してある?」

「え?あ、うん」

 ここに到着するなり、朱雀に言われたのは「何時でも撃てる用意をしろ」と言う事。殴り込みに行く訳では無い筈だけど……

「失礼します」

 その声と共に、アタシ達が待っていた人物が現れた。黒地に金糸で柄を入れた、瀟洒な和服を来た女性。事件現場で見た時とは違い、随分と大人しめな印象を受けるこの人は―

「お待たせして申し訳ありません。わたくし、『妖怪から洛中を守る市民会』代表の寺岡真千子てらおかまちこと申します」

 そう。アタシ達は、あの現場で見た反妖怪運動家の総本山に来ていたのだ。


「お忙しい中、態々代表自ら対応して頂き誠に恐縮で御座います」

 営業スマイルと共に流れ出る、朱雀の営業ボイス。普段のテンションとは違い、滅茶苦茶優しげな印象を受ける。

「いえいえ、黒島様と言えば妖怪退治の専門家。次期陰陽頭じきおんみょうがしらになるお方だとお聞きしております。我々と志を同じくして居られる方を、適当にあしらう訳には参りませんから」

 寺岡さんはそう言って、笑顔でパンフレットを出してくる。その表紙には、『人々を脅かす凶悪な妖怪を排除しよう!!』と言う文言がポップに踊る。朱雀、多分内心ブチギレてるだろうなぁ……

「で……今回はどう言ったご用向で御座いましょう」

「では、単刀直入に。先日の連続首切り宙釣り殺人事件は御存知……ですよね。現場近くで拝見しました」

 早速朱雀は本題に入る。と、それを聞いて寺岡さんの顔に花が咲いた。

「えぇ、えぇ!聞き及んでおります!黒島様の御活躍で、犯人の女郎蜘蛛を―」

「事件現場に、警察より先に着いていたとお聞きしましたが……」

 一瞬、拍子抜けした表情の寺岡さん。が、直ぐに取り直して話し始める。

「えぇ。我々の仲間が、事件と聞いて直ぐに我々に連絡してくれたのです。我々の活動は、洛中全域に広がっております故」

「成程……成程……」

 朱雀は頷いて、アタシの方を見た。営業スマイルでは無く、何時もの仏頂面……と言うか、かなりキレてる顔で。

「神楽、構え」

「なッ!?」

 アタシがクーガーを向けると、寺岡さんは驚愕の表情を浮かべた。そりゃそうだ。日常的に生きていて、銃を向けられる事等まぁ先ず無いだろうし。

「黒島様……これは一体……!?」

「寺岡さん。貴方達は、一つ大きなミスを犯した。それは……」

 朱雀はそう言って、アタシの出した資料の一つを掲げる。そこには、「先斗町で映画撮影してた」と言うコメントと―

「これ、貴方ですよね」

 寺岡さんの写った写真が載っていた。正確には、撮影現場の奥の方で今と同じ着物を着、何人かの工事現場に居そうな人達に囲まれながら。しかも、その日付の次の日に、その近くの龍馬通で死体が見つかっている。

 しかも。「工事が多くて」と言う書き込みが指していたのは、事件現場のある辺り。けれど。

「調べた所、この近辺で工事が行われた形跡はありません。しかも、貴方の服装は目立つ様で……度々現場周辺で目撃されていました。最も、警察は早々に妖怪犯罪と仮定し、普通刑事課の捜査は取り止めてしまったのですが」

 実際、割と直ぐに特妖課に捜査権が委譲された。だからこの人は、容疑者からすり抜けたのだ。

「で、でも……それは私達の活動地域が事件現場と被っていただけで―」

「それに。普通刑事課が捜査していた頃から、何故妖怪の犯罪だと断言出来たのです?陰陽寮も妖怪犯罪かどうかは不明だとしていたのに」

「それは……」

 明らかに動揺し、冷静さを失っている寺岡さん。そして、朱雀は決め手の一発を決める。

「一番の証拠は、女郎蜘蛛の家にあった死体。それらに共通していたのは……貴方達の活動の邪魔をしていた者達だと言う事実。つまり貴方達はあの女郎蜘蛛を利用し、反対する者を消していた。そしてその上で、女郎蜘蛛が邪魔になったので自分達で死体を作って妖怪の仕業にし、陰陽寮なり特妖課なりを誘い出して一件落着……違いますか?」

 その瞬間。寺岡の腕が動いた。アタシは慌ててトリガーに指を掛けるが、それより先にワイヤーが巻き付いて銃身を切り落とした。あぁ、アタシの大事なクーガーちゃんが!後で治そう。

 しかも、そのままワイヤーはアタシの首に巻き付く。グイッと引っ張られて、寺岡の腕がアタシの身体を押さえ付けた。意外とパワーあるな。そして首にはワイヤーが。ぐ、ぐるじい……

「動くな黒島朱雀!!動くとこの女の首を斬る!」

「なんだ、アンタが犯人か。探す手間が省けた」

 朱雀はそう言って、後ろ手に何かを隠した。成程、もうのか。

「私は、正義を成した!妖怪なんて皆死ねばいい!人間を殺す様な化け物は、存在する事を許さない!」

「へぇ、そう」

 一瞬、朱雀の手が動く。その手には水の塊が握られていた。そして。

「わ、ワンモアタイム!」

 アタシは、アタシの身体に能力を掛ける。寺岡を吹き飛ばす様にして、朱雀の横に舞い戻った。あー、苦しかった。と、同時に朱雀は水の塊を投げた。それは寺岡に直撃し―

「ウォーター・ワールドッ!!」

「ぎゃっ!!」

 爆発。寺岡は後ろの本棚に直撃し、蔵書を派手に撒き散らした。うわぁ、凶悪。

「がっ……!……こ……この……化け物がぁ!!」

 そこまでボロボロになるも、まだ元気そうな寺岡。と、朱雀はゆっくり近付いて……ペットボトルを握り潰し、刀に変えた。

「ウチには、アンタの方が化け物に見えるけど。んで、化け物なら当然……」

「や、やめッ!!助けて!誰か!!殺されるっ!!貴方、た、助け」

 アタシを見る寺岡。けれど残念ながら、アタシは首を斬り落とそうとした人を助ける程義理堅くも無い。と言う訳で。

「やっちゃえ朱雀」

「……言われなくても」

 朱雀は寺岡の胸倉を掴み上げ、その首に刀を当て―

「ひっ!!」

 そんな悲鳴と共に、斬るフリをして水に戻した。けど、寺岡は気絶してぐったりとしている。そりゃビビるか。と、扉の方が慌ただしくなった。

「京都府警刑事課だ!大人しく……あれ?」

 そう言って入って来たのは、木島刑事率いる普通刑事課の皆さんだった。やっぱり今回は普通の事件として扱われるらしい。木島刑事は気絶した寺岡を見、手錠を取り出してカチャリと掛けた。

「13時45分、殺人未遂及び暴行罪で現行犯逮捕だ。お二人共、御協力感謝致します」

 木島刑事はそう言って、アタシ達に敬礼して来た。ここから先は、アタシ達民間人の範囲じゃない。ので、アタシと朱雀は後を任せて帰る事にした。




「んで、結局どうなったの?」

 数日後、お昼休み。翼にそう聞くと、少し悩んでから教えてくれた。

「一応、あの反妖怪主義団体は全員逮捕したんだけどね?首謀者の寺岡以下数名、今回の殺人事件の主犯を残して、残りの団員は皆証拠不十分で釈放になっちゃった。最近はまた新しい団体を作るだの何だのって騒いでるらしいよ」

 それはそれは。確かに全員の犯罪証明は不可能に近い。けど、そうして新しく作られた団体はまず間違いなく朱雀を目の敵にするだろう。そう思って朱雀を見ると、食べ終えた3つ目のベーグルの袋を小さく縛ってから溜息を付いた。

「……別に今更、ウチを憎む団体が増えても気にしないけど。でも、もしあっちから来たら……」

「来たら?」

「……潰す」

 怖。

「んで、文化祭の売上なんだけど……」

 翼がそう切り出すと、途端に朱雀は顔を背けた。そう。朱雀達1-Dは、学園祭史上最大の売上を叩き出した……のだけど。その後、あの簡易厨房の付設代とか衣装代、そもそもの材料費が朱雀のポケットマネーである事が発覚し、売上取り消しと相成った訳だ。と言う事はつまり。

 アタシと翼が、顔を背けたまま黙りを続けている朱雀を見続ける。五分程すると、流石の朱雀も根負けしたのか溜息を付いて、アタシと翼の方を向いた。

「……一人一つづつね」

「やったー!じゃあねぇじゃあねぇ!!」

「アタシは……そうだねぇ……」


「…………はぁ………………やれやれ」

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