八月 心読む者
「……っと。ここだな?」
車を止めたカメラマンの藤森は、雑誌記者の辻にそう聞いた。
「そうそう。ここら辺で出るって噂だ」
「ホントか?」
辻の返答に、怪訝な表情を見せる藤森。彼らは心霊系の雑誌社に勤めており、今日も取材としてここに訪れていた。彼らが居るのは、古知谷 阿弥陀寺の山門の近くにある駐車場。二人はそのまま山門を過ぎ、裏手の山に分け入った。
「しかしまぁ、クッソ暑いなここ……」
「そりゃ唯の山だからな」
蝉時雨の止まぬ中、吹き出す汗を拭いながら山を進む二人。そんな事を言いながらも、この二人の足が止まる事は無い。何故ならこの二人にとって今回の企画は、決して外す事の出来ないものだからだ。
「ったく……お前がデスクの不興さえ買わなきゃ、こんな事には……」
「へへ、悪い悪い」
そんな事を言って頭を掻く辻。そう。この辻が一週間程前に彼らのデスクと喧嘩をしなければ、こんな所で必死に山を登る必要も無かった。だが当の辻はその事を悪びれる事無く、嫌がる藤森を無理矢理連れて来た訳だ。
「さ、ここら辺だな」
そう言って辻が山の中腹辺り。目前の鬱蒼と茂った杉林が開けると、大きな送電塔が聳え立っていた。青々とした大空と、燦燦と照り付ける真夏の太陽が目に痛い。藤森は半分呆れながらも、しっかりカメラの調節をしてしまう。
「んで、何が出るんだよ」
露出の調整をしながら、藤森は辻に聞いた。
「今回は……何と、あの特級危険生物の
「おいおい、マジかよ……」
楽しげな辻の回答に、藤森の表情はどんどん険しくなる。それは単に何時もの怪しげな情報と言うだけでは無く、相手が危険な奴かもしれないと言う事だからだ。
特別指定級危険生物。妖怪の中でも人間との意思疎通が出来ず、尚且つ人間・妖怪の区別無く襲い掛かってくる妖怪はこの様に区分けされる。そんな中でも覚は心…つまり思考を読む妖怪で、襲われてしまうと逃げる事すら出来ない。
「ま、だからお前を連れて来たんだけどな」
だが。そんな覚でも対処方法が存在する。それは複数人で対処する事である。何故なら覚は思考を読んで攻撃してくるのだが、複数人居るとどれが誰の思考なのかが分からなくなるので隙が出来るのだ。本職の陰陽師であれば、その隙を狙って討伐するのがセオリーとなっている。
そして、辻が覚を狙う理由。それは先に書いた覚の凶暴性故に、写真が一般に流れていないからだ。それ故そんな写真を撮れれば、どんな雑誌でも一面を飾れるのは必定と言えよう。だからこそ、辻はデスクの鼻を明かせると躍起になっているのだ。
「今回の情報は本物なんだろうな……?」
「安心しろ。絶対に当たるって噂の占い―」
その時、送電塔を挟んだ反対側の茂みが揺れる。二人に緊張が走った。そのまま身を隠し、カメラだけを藪から突き出す。
「……撮れよ……?」
「……言われなくても……!」
辻の言葉が、藤森のプロ根性に火を付けた。暑さだけでは無い汗をそのままに、藤森はレンズ越しに茂みを見つめた。そして、そこから顔を覗かせたのは……
「……ッ!」
真っ白な毛が特徴的な、大きな猿の様な獣。体長は三メートルを超すだろうか。それが覚だった。藤森は夢中で写真を撮る。辻も興奮気味に、その姿をメモに収める。と、覚は此方に気付いたのか、茂みの中に帰って行った。
「……見たよな」
「ああ。資料で見た事がある。本物だ……」
興奮冷め有らぬ二人は、顔を見合わせてそう口々に呟く。そして互いの肩を叩きながら、下に停めた車まで戻って行った。そして、藤森が車内で写真を確認した時、それに気付いた。いや、既に気付いた時には遅かったと言うべきか。
覚を撮った写真の中の一枚。それは、覚が彼らを見て嗤っているものだった。
「夏休みだ~!」
「朱雀んちで合宿だ~!」
朝早く。具体的には時刻は五時。阿呆二人がこんなテンションでウチの離れに入って来た。人が徹夜でゲームしてると言うのに……
「五月蝿い帰れ」
ウチはそれだけ言って障子を閉めた……のだが、すぐ隣の別の障子を開けて入ろうとしてくる。蝉並みに五月蝿い奴らだ。しかも折角エアコンを全開にしていると言うのに、何故か縁側のドアまで開け放っているから熱風が吹き込んできて暑い。まだ日はそんなに高くないのに……夏は嫌いだ。
「と言う訳で合宿だよ、朱雀」
と、ウチが暑がっていると翼がそんな巫山戯た事を言って来た。知るかんな事。まぁ、確かに毎年夏休みになると同時に泊まりに来るが……
「今年位静かに出来ない訳?」
折角高校生になったのだ。少しぐらい落ち着いても罰は当たらないだろうに。だが残念な事に、この二人は夏休みを静かに過ごす大切さが全く分からないらしい。つくづく思っているのだが、ウチはホテルではないのだ。そんなコンスタントに泊まりに来られても困る。
しかも、神楽はさも当たり前の様に庭にテントを張っていた。さっきから何だか騒々しいと思っていたが……そんなものを敷設していたのか。自由の権化か此奴等。
「ほら、朱雀も部屋でゲームしてないで……さ!テント貼るの手伝ってよ」
「いやどう考えても人んちの庭でする事じゃないでしょ」
しかも早朝に。常識が無いのだろうか。
「え、でも昨日の内に雪葉さんには許可取ってあるよ?」
あの阿呆親め…… ウチの脳裏にふはふはした
兎に角。この阿呆達を強制排除した所で、いつの間にかここに戻ってくるのが何時ものパターン。しかも下手をすれば、阿呆らしさと騒々しさが増し増しになってしまう可能性すらある。それだけは避ける必要があると考えれば、まだ早朝にいつの間にか泊まりに来たり、勝手に庭にテントを敷設されたりするだけマシ……
いや全然マシじゃない。可笑しいでしょ普通。あり得てたまるか。大体何で唯の女子高生が自衛隊用の官給品テントを建てられんだ。百歩譲って普通のテントならまだ分るけど、こんなに大きなテントはそうそう見た事が無い。強いて言えば、特撮怪獣物とかそこら辺だろうか。どの道普通に生活していれば目にする事は無い。
と、思い出した。そう言えば神楽のお父さん、現役自衛官だ。だったらこんなテントを持ってても違和感は無いや違和感しかない。流石に現役自衛官でも普段から持ってる訳が無い。大方勝手に持ち出したんだろう。ま、怒られるのは奴の勝手だが。と言うか此奴、このテントで寝泊まりするつもりか?
「お二方、残りのお荷物をお持ちしました」
そう言って、鞍馬が大きなバックを幾つも敷設中のテントに運び込む。相当量あるので山みたいになってる。いや一体何が入ってるんだそれ。年々バッグの量が増えてる気もするし。気になったので、近くに転がって来た鞄を開けてみた。中に入っていたのは……
「……服屋でもやるつもり?」
色取り取りの服だった。薄手のシャツからチェックのスカート、細身のジーンズに……ショーツやらなんやら。まさかこのバック、全部着替えか……?そう思っていると、翼がこっちを見てニヤニヤしていた。
「な~んだ、朱雀。ソレに興味あるなら言ってくれればいいのに……ムッツリさんだなぁ」
「誰が興味なんかあるか」
短めのスカートの端をチラチラとする翼の顔に、丸めたショーツをぶつけてやった。全く、阿呆らしい……
「こんなに服を持ってくる必要ないでしょ」
毎日ファッションショーが出来る位には服が詰め込まれてる。だが、神楽はウチの方を振り向いて決め顔でこう言って来た。
「朱雀。服と銃弾は多いなんて事は無いんだよ」
やっぱり阿呆だ。とは言え、確かにウチは基本が和服。洋服なんてそれこそ数える程しかない。それでも多いと思うが……もしかしたら、友人宅に泊まりに行くならこれ位の量は当たり前なのかも。
だが。どう見たって服が入っているとは思えない鞄が幾つかある。あまり洋服を持っていないウチだって、流石に長細いハードケースやコンパクトなジュラルミンケースには入れない。当然、中身は予想が付く。そしてこんなものを持って来てると言う事は、当たり前の様にウチの仕事に付いて来るつもりだ。全く、頭が痛い。
「兎に角。泊まるつもりなら、そのテントで寝泊まりして」
それだけ言ってウチは障子を閉めた……のだが。
「……中に入れてくれたら、今年も英語と数学の宿題手伝ってあげるよ?」
翼にこう言われてしまっては、どれだけ固く閉ざした扉も開けざるを得ない。前に書いた通り、ウチの英語の成績は赤点ギリギリ回避中の超低空飛行。数学だって得意では無い……と言うより此方も英語程では無いにせよ、中破して自力航行不可の駆逐艦位にはピンチだ。その点に関しては、この二人の協力が無ければ危ない訳で……
「……分かった」
「あ~、やっぱり涼しい……」
「アタシ的には寒い迄あるけどね、朱雀の部屋」
悪魔と同じと分かっていながらも、この二人を招き入れる他無い。しかも悔しい事に、英語に関しては神楽の方が圧倒的に上である。これに関しては何故かは全く分からないが……神楽は昔から、英語だけは得意なのだ。そう、英語だけは。
まぁいい。どの道外に放り出しておく訳にもいかない。熱中症にでもなられたら面倒だし、第一この庭は来客にも見えるので神楽なんて置いといたらどうなる事やら。面倒は仕舞っておくに限る。
そんなこんなで外の荷物をウチの部屋に運び込むと、約半分が荷物で埋まった。自慢では無いが、ウチの部屋は十六畳はある。その約半分を埋めているんだから……結構な量の荷物である。しかも下手に積むので、本棚にゲームを取りに行くのが難しくなってしまった。これも策略か?
「失礼致します、お嬢様」
仕方無いとふて寝しようとした時、今度はノックと共に鞍馬が入って来た。何だ何だ次から次に。だが鞍馬の顔は神妙で……阿呆二人の顔を輝かせるのには十分な意味を秘めていた。
「鮫島様より、お仕事の依頼で御座います」
幾ら朝早くとは言え、流石は八月。車を降りるとクソ暑い。能力が無ければ汗だく確実だろう。しかも日差しが痛い。目にも肌にも。なんて日だ。ウチはこんな時間まで起きていた事を後悔した。そう、クソ眠いのだ。
現場になったのは三千院近くの古知谷 阿弥陀寺。正確にはその山門の近くにある駐車場らしい。なんでそんな
だが。唯でさえ目が痛いそんな夏の日差しを反射する、凄く見覚えのある黄色いテープが張られているのを見た。警察の規制線だ。そしてそんな規制線を潜り少し歩くと……どうしてこんな所に呼び出されたのかを理解する。
阿弥陀寺駐車場と書かれた看板傍の広場。そこにあったのは、大破した乗用車だった。しかも事故とかでは無いのは見て分かる。それ位徹底的に破壊されていた。フレームが原形を留めておらず、散乱したパーツは規制線ギリギリの所まで散らばっている。そして、ブルーシートが掛けられた所からは……血とその他色々な匂いが混じって流れて来た。馴れてしまえばどうという事は無いが、やはり嫌なものである。
しかもただ死んだのであれば、ここまで混沌とした匂いでは無い。と言う事は、普通の死に方では無さそうだ。やれやれ。早速面倒事の匂いがしてきた。
「朝早くに申し訳ありません。黒島さん」
鳴り響くヒールの音。ふと見れば、やっぱり鮫島警部補が歩いて来た。こんな朝早いと言うのに、紫紺のパンツスーツをピシッと着こなしている。だがその額には汗の一滴も流れていない。暑くないのだろうか、この人。
「しかし、見てお分かり頂ける通り……」
警部補は説明をし掛けたが、ウチは手で制した。言わなくたって分かる。乗用車を叩き壊せる相手だ。これだけ派手にやらかす相手と言えば……
「がしゃどくろか
「……いや、覚だ」
そんな事を言いながら、大きな欠伸を浮かべる阿呆が一人。そう、羆だ。此方は警部補とは違い、クシャクシャでヨレヨレな半袖シャツが痛々しい。大方、夜勤明けで帰る直前に呼び出されたと言った所だろうか。成程、つまりウチと同じ徹夜だ。少しだが同情する。
しかし覚か……寄りにもよって、特級危険生物を相手にする羽目になるとは。厄介と言うより面倒だ。
別に特級危険生物……今回は覚だが、此奴が特別強いと言う事は無い。厄介な所と言えば、此方の心……つまり思考を読んで来る事だ。分かりやすく言えば、どれ程しっかりと作戦を組んでもそれを見透かされてしまう。だが。逆にその能力が此奴の弱点でもある。そう、複数人で戦いを挑むと言う事だ。……何か最初の方に同じような事が書いてある気がする。
だが。とすれば気になる事がある。覚は自身の能力の関係上、縄張りが他の妖怪よりハッキリしている。そして、ここら辺に覚の縄張りは無い筈だ。その昔は幾つかの個体が生息していたらしいが…それらは全て討伐されている。
そう思っていると、眠そうな目を擦って羆は一枚の写真を見せて来た。そこには、真っ白な毛の大きな猿の様な物が映っている。前に陰陽寮のライブラリーで見た。これは間違いなく覚である。
「どこで?」
「この中のメモリに入ってました」
そう言って、警部補はボロボロに壊されたカメラを出した。ものの見事に粉砕されている……が、メモリが入っていたであろう所は奇跡的に壊れていない。そしてこびり付いているのは血だろう。
「被害者の身元は現在確認中ですが……恐らくこの会社の記者かと」
差し出された雑誌に見覚えは無い。タイトルや表紙からすると、所謂オカルト雑誌と言う奴だと言う事は分かるが……
「これと同じタイトルの雑誌が幾つかと腕章が車から発見されました」
なら、その線で間違い無いだろう。そんな事より、被害者の状態が聞きたかった。だがブルーシートの膨らみ方からして、もう遺体は無いだろう。夏だから遺体の痛みも激しいだろうし。
「……はらわたを食われてた。二人ともな」
羆が欠伸を噛み殺しながら、被害者の写真を見せてくれた。見事に胴体が空っぽである。が。ウチは違和感に気付いた。
「……二人?」
前に書いた通り、覚への対策は複数人で行動する事。だが被害者は二人……個別に行動していた所を狙われた可能性もあるが、もし車で逃げようとしていた所を狙われたとなれば初めての事案となる。そうなった場合の対策法を考えねば……
「……さん。黒島さん」
と、警部補に呼ばれていた様だ。どうやら考え込み過ぎて、その声に気付かなかったらしい。ウチの悪い癖だ。見れば、その手には無線機が握られていた。
「これを……?」
「はい。これから我々は山狩りを行います。ですが、黒島さんにはその体力は無いでしょう」
ぐぬぬ。どうやら弱点はバレている……と言うか、小学校以来の知り合いだから知っていて当然か。なんだか色々癪だが、取り合えず受け取って置く。
「ですので、黒島さんは目標発見まで待機をお願いします。発見次第此方は遅滞戦闘に努めますので、なるべく早めに来て頂きたい。宜しいですね?」
宜しいも何も、そうして貰えるなら有難い。正直此方も徹夜明けで真面に戦えるとは言い難いし、休めるならそれ以上の行幸は無い。尚無線機には使い方が書いてある黄色いテープがゴテゴテと貼られており、これなら機械音痴なウチでも使いこなせそうだ。多分。
じゃ、ウチは車で休もう……と、思ったのだが。何と鞍馬の奴はウチを置いて何処かに居なくなっていた。そしてここは、京都は端の方にある三千院の辺り。ウチにどうしろと言うのだ。
「あの……弩阿呆!」
ウチの怒声は、夏の青空に吸い込まれていった。今度絶対に新作メイドゲーを先にクリアして、速攻でネタバレしてやる。覚えとけ……
結局、ウチは警察の仮設テントで休む事になった。現場があまりにも狭いので、阿弥陀寺手前の道路を塞ぐように立っている。まぁどの道、この辺り一帯は暫く封鎖になるだろう。近くの民家や民宿には申し訳無いが……覚が暴れるよりマシと思ってもらわなければならない。
「やっほ~、朱雀」
「お邪魔しま~す」
そんなこんなで暫く仮眠を取っていると、何処からか聞き覚えのある……と言うかつい数時間前に聞いたばかりの声が聞こえて来た。目を開けたくないのだが、開けないと何をされるか分かったものじゃない。
仕方なく開けた視界には、案の定翼と神楽の顔が映る。何で来た此奴等。若干痛む頭を押さえて椅子から身体を起こすと、翼が冷たい麦茶を渡してくれた。どうやらクーラーボックスにボトルごと入れて来たらしい。クソ暑いのでありがたい。
じゃなくて。
「なんで居る訳、アンタ達」
「だって……朱雀を愛してるからさ♡」
思わずイラっと来たので扇子で叩く。どうして此奴は何時もこうなのか。しかも此奴等を連れて来たであろう鞍馬の阿呆は、またしてもいつの間にか車ごと姿を消していた。外には神楽と、さっき見た様な荷物が幾つか。よく見ればあの軍用テントもある。正直言って、こっちのテントより真面な物だった気がする。
ここは事件現場……と言うより、対特級危険生物の最前線基地みたいな所だ。まぁ、テント自体は襤褸いけど……それでも危険極まりないのには変わらない。単独戦闘能力が高い神楽ならともかく、翼は弱いのだから危ないだろう。それに状況判断的に見て、今回の覚は従来とはまったく異なる特性持ちの可能性すらある。そんな変異種を相手にさせるには、この二人では役不足にも程がある。
「兎に角。邪魔だから前線に来ない様に。良い?」
「え~、何でさ」
言わなくても分かるだろうに。翼はキョトンとした表情でそう言って来た。
「……アンタ達が居たって足手纏いなの。それに全く戦力にもならないんだから、絶対に出て来ないで。分かった?」
ウチがそう言うと、翼は眼を輝かせて頷いた。待て待て待て、その反応はおかしいでしょ。
「オッケー!前には行かないよ!」
何だか引っかかる言い回しだが、事の真意を問う前に居なくなった。どうやら神楽の方に行ったらしい。何だか嫌な予感がするが……考えないでおこう。兎に角、これで一息付けそうだ。やれやれ…
前回同様、ウチの基本は待機だ。なので無線が鳴るまでここで待つ必要がある。ここは警察のテントなので、ちょくちょく捜査関係者が出入りするのだが……何とも居心地が悪い。それはそうか。一応必要な事とは言え、目標を探し出すのを他人に任せてここでただ座っているのだ。一応PSPは持って来ているが……ここでやるだけの厚顔無恥さは無い。
だが悲しい事に、さっきから全く鳴らないのだ。お陰でかれこれ四時間は此処にいるだけ。流石に居づらさが半端じゃないので、翼が置いて行ったクーラーボックスの中に入っていた麦茶を配ったりした。が、それでも無線は鳴らない。こうなってくると耐久戦の構えである。
翼と神楽は、いつの間にか居なくなっていた。大量にあった荷物もどこかに無くなっているので、恐らく何処かでテントを設営して何かやっているのかもしれない。本当に何しに来たんだあの二人。しかし本を持っていない。もうPSPを起動してしまおうか。そう思った時、どこかで聞いた事のある呼び出し音が鳴り響いた。まだゲームをスタートしてないので、無線機の方が鳴っているので間違いなさそうだ。
「こちら朱雀」
「大隈だ。見つかったぜ嬢ちゃん」
ナイス羆。ウチはパイプ椅子を倒しそうな勢いで立ち上がった。これで暇じゃなくなる。
「今、姐さんがアサルト持たせた奴らと遅滞戦闘してる。なるべく急いで来てくれ」
「って事は、複数人いても混乱してないって事?」
ウチが聞くと、羆は一瞬悩んだような唸りを上げた。どうやらウチの言葉が理解できなかったらしい。呆れたものだ。
「覚が慌ててないって事で良い?」
「あ~、うん。多分」
あやふやな返事が返って来た。全く、これだから羆は……
ウチはテントを出、急いで羆が言って来たポイントに向かう。予めここら一体をグリッドで分け、大体のエリアを把握しやすそうにしたのだ。流石ウチ。どこぞの羆なんて目じゃない。
外に出て直ぐ、ペットボトルを二本使って乗りやすい大きさのボードを作った。別に自転車には乗れない訳じゃないが、今回は使わない事にする。別に乗れない訳じゃないから。ボードはそのまま、滑る様に奔り出した。如何いう原理で動いてるのかは知らないが、この際動けば何だって良い。……まぁ、流石に何で水が空を滑空出来るのかについては、一度じっくり考えてみたい所ではあるが……
兎に角羆の言うポイントの側まで来ると、空に居ても解るくらいの銃声と硝煙の匂いがして来た。かなりの弾幕を張っているらしい。良く目を凝らせば、白い何かが木々の隙間から蠢いているのが分かる。珍しい。アルビノ種か。
ウチは新しくペットボトルの口を切り、それを刀にして飛び降りた。狙うは覚の首筋だ。
「そりゃあッ!!」
一閃。しかし、刃が空中で止まる。マジか。予測はしていたが、奴はウチの刃を両手で挟んだのだ。そして、弾幕の方に向かって投げる―
「のも、予測済みッ!!」
飛んで来た弾丸を足場に、再び覚へ斬り掛かる。今度は左から真横に一閃……のつもりだったのだが。
「お前、賢くないな」
そんな覚の言葉と共に、丸太の様な足に蹴られた。咄嗟に刀でガード出来たが、とんでもない奴である。
「アンタ……この状況で心が読める訳……?」
「そうだ」
覚は頷いた。無茶苦茶な奴である。ウチの背後にはMk-16 CQBを構えた特妖の警察隊が控えている。足元の草がキラキラと輝くのは、大量に薬莢をバラ撒いたからだろう。陸自が見たら、泣いて羨ましがる光景だ。
ウチと警官隊、合わせて総勢20人は下らない。それなのにも関わらず、今の今まで射撃を全て避けていた訳だ。となれば、否が応でも信じる他無い。
「俺は、別に貴様等を皆殺しにしたい訳じゃない」
覚はそんな事を言い、猿の様な顔をニヤリと歪める。此奴……人間の言葉をここまで喋れるとなると、相当に知性も高いだろう。
「この山を俺の領土として認めろ。それだけで良い」
「無茶を言うぜ!このエテ公!」
「羆、ステイ」
鮫島警部補は熱り立つ羆を殴り、黙らせる。陰陽寮的には、無理な話では無い。少々民家には近いが、結界さえ張ってしまえば問題無い。特別指定級危険生物であっても、ここまで知性が高ければ考慮の余地もあろう。が、しかし。
「残念だけど、アンタは既に二人殺してる。それも捕食してね。
ウチの言葉に、覚は呆れた様に首を振る。そして、体勢を低くした。
「……残念だ。皆殺しに―」
その時。覚の左肩が弾けた。恐らく、ウチを含めた全員が呆気に取られたのだろう。と、もう一発。さっきとズレた所に着弾し、鮮血の花を咲かせる。超遠距離からの狙撃だ。成程。思考が全て読める訳じゃないらしい。となれば、そこに何か攻略のヒントがある筈だ。
「グ、グァァァッ!」
奴の叫びと共に、ウチは動く。狙うは当然左肩。刀を振り上げ、袈裟斬りの構えで飛び上がる。血走った覚の目がウチを捉え―
「残念。ウチの攻撃はもう終わっている」
刀が右手で弾かれるその刹那、ウチは奴の左腕にペットボトルを投げ付けていた。ウチを弾くならペットボトルが、ペットボトルを弾くならウチの攻撃が刺さる。予測されていたとしても、左手が使えない以上回避は何方か一方。
「発動しろ!ウォーター・ワールドッ!!」
着地で衝撃を逃しつつ、ウチは指を鳴らした。左腕に突き刺さっていたペットボトルから、ウチの能力を帯びた水が体内に。内部で氷の針となり、腕を破壊しながら上がって行く。白い体毛が紅く染まり、覚は悶えながら叫んだ。
「がアッ!!俺を、俺を舐めるなぁッ!!」
その声と共に、覚は無事な右手で左腕を―引き千切った。ギリギリの所で能力が身体に到達しない、完璧なタイミング。それを知った上で、奴は敢えてウチの能力を受けたのだ。なんて奴だ。
覚は引き千切った左腕を、全力でこちらに投げ付ける。避けるのは簡単だが、後ろの警官隊に当たってしまう。やれやれ。
「そらっ!」
ウチが刀で左腕を細かく斬る。飛び散る奴の血は、全てウチの能力で弾いた。後に残るのは、獣道に残る血痕。上手い事逃げ遂せたらしい。
「黒島さん、如何しますか」
「追わないで下さい。少なくとも、この山は奴のテリトリーです。下手に追えば、手負いとは言え壊滅させられます」
警部補を制し、獣道を見る。恐らくだが、この先の何処かで待ち伏せているだろう。手負いの獣は恐ろしいのだ。それが知性を持っていれば尚更である。
「今は山を降りましょう」
「了解」
ウチの言葉に、警官隊は撤収を始める。足元の空薬莢は、警部補が指を鳴らして真鍮インゴットに変えて回収していた。ウチが言うのも何だが、えらく便利な能力である。
そんな事より。ウチはあの狙撃をした阿呆二人の事を思い出す。ナイスと褒めるべきか、危ないから止めろと𠮟るべきか……それが問題だ。
「で、取り敢えず一発拳骨してから褒めた。と」
「ま、そう言う事」
「割合理不尽では?」
阿呆二人の内の片割れ(胸が大きい方)がそんな事を言うので、もう一度拳を握ったら口を閉じた。分かりやすい奴である。
前には行かないよ。この阿呆はそんな事を抜かしていたが、まさか「狙撃」するから「前には行かない」と言う意味だとは。誰が
警察の仮設本部の側、高野川近くの空地に構えた神楽持ち込みの大型テントの下には、何時の間にやら素敵なキャンプ空間が出来上がっていた。電源用の発電機のみならず、まさか小型エアコンまで持ち込んでいたとは。ウチは呆れながら、クーラーボックスの中から冷えた麦茶を出して飲む。
「しかし、見事な狙撃ではありました。お二方には感謝します」
そう警部補は言い、二人へ頭を下げた。それを翼は少し恥ずかしそうに、神楽は誇らしげに受け取る。ああ、阿呆だ阿呆だ。
だがしかし。恐らく次あの覚と戦う時は、間違い無く狙撃も考慮に入れて来るだろう。そう考えていると、羆がのっそり入って来た。
「よぉ、嬢ちゃん。言われた通り、そこらの民家からホース伸ばして水を巻いといたぜ。こりゃ水道代がとんでもない事になるな」
「経費で付けといて」
ウチは労いも兼ねて、羆にコーラを投げてやる。と、翼はキョトンとして聞いて来た。
「打ち水でもするの?」
「違う。あの覚はウチの能力を学習した筈。なら、ただの水でも予防になる」
少なくとも強襲を防ぐだけで、攻撃全てを回避出来る訳ではないが。無いよりはマシだ。
「んま、あんなに盛大に水流したら結構な金額になるからなぁ。出来れば短期決戦にしてもらいたいが」
「それはアイツ次第。追い込みポイントの選定は」
「出来てます」
警部補はそう言い、テーブルに広域マップを広げた。そして、この住宅地に程近いゴルフ場を示す。今回の作戦の要だ。
覚を追い込みポイントに誘い出し、ウチが対処するのが作戦だ。しかし詳しい内容自体は知らない。何故ならウチが作戦の詳細を知っていると、それこそ奴に覚られてしまうからだ。その為、基本は警察に一存している。
「あのぉ……そこでボク達から提案なんですが……」
ゴルフ場の詳細資料を見ていると、翼がおずおずといった形で手を上げた。まだ懲りてないのか。
「要は、朱雀の動き方を知られ無ければ良いんですよね」
「それが出来ればどれだけ楽だと」
「はい朱雀はこっち来る」
突然神楽がウチの腰を掴み、無理矢理テントの外に出した。嗚呼、小型エアコン側の快適空間が。じゃなくて。
「……何か作戦がある訳?」
「勿論!アタシと翼の最高傑作の奴がね!」
信用出来るか怪しい所だ。とは言え、先のダブル狙撃の件もある。もしかした、超ナイスなアイデアかも知れない。
「分かった。信用してあげる」
「やった!」
「ただし」
はしゃぐ神楽に、ウチは釘を刺しておく。そうしなければ、勝手に暴走しかねないのだ。
「前線には出ない事。当然、狙撃も駄目。それは警察隊に任せる事。分かった?」
「はーい!」
返事だけは良い奴だ。信用出来るかどうかは兎も角、これで前には出て来ないだろう。と、笑顔で翼がテントから出て来た。
「神楽、オッケー貰ったよ。例のアレ」
「……何するつもりなの」
「それは秘密♪」
ウチの質問には答えず、翼はニコニコとしていた。と、神楽がとんでも無い事を言い出す。
「あ、そうだ。朱雀用のテント建てとくね」
「は?」
テント?何を言っているんだ。
「帰るに決まってるでしょ。一時撤退」
「えぇ〜?警察の人達も泊まり込みなのに?」
うぐ。
「覚が次いつ来るか分からないのに?」
うぐぐ。
「アタシ達と同じテントで寝れるのに?」
「別にそれは良い」
なんなら何時もの事だから。しかし仕方無い。言われてみれば一々来たりするより、ここに陣を張った方が良いのも分かる。それに何故か鞍馬が居ない。ここは大原、京都の外れ。歩いて帰るなんて無理である
結局、神楽が建てたテントで寝る事になった。夏のキャンプ体験と聞けば聞こえは良いが……せめてシャワーくらい浴びたいものである。
次の日。朝起きると、二人は既に居なかった。先に起きたらしい。蝉は五月蝿いが、まだ涼しい時間だ。枕元には、恐らくウチ用の着替えが用意してある。洋服……間違い無くウチのものでは無い。しかしサイズはほぼ一緒。と言う事は花梨のだろう。
一体いつの間に用意したんだ。呆れ半分で調べていると……牛皮と金属で出来た輪が転がり出て来た。なんじゃこれ。
「あ、朱雀起きたんだ」
ウチがゴソゴソしていると、テントの入り口からヒョイと翼が顔を出した。途端に蝉の鳴き声が増える。何だか暑さが増した気が。
「花梨ちゃんに洋服借りたんだ。ほら、和服だと戦いにくいだろうし」
「……別にそれは良いけど。この輪っかは何」
ウチがそう言うと、翼は笑顔で一つ手に取る。そしてそれの金具を外し、ウチの首に回して付けた。
「今付けたのはチョーカー。で、そっちがブレスレットとアンクレットだよ。朱雀、お洒落なアクセサリーとか似合いそうなのに、普段全く付けないじゃん」
まぁ、戦闘の邪魔だから。しかし何故こんなものを……そう思った時、ウチの脳裏にとある能力が浮かんだ。と、翼は微笑んでウチの唇に指を当てる。
どうやら正解らしい。成程、考えたものだ。ウチはブレスレットとアンクレットも着け、外へ出る。それを待っていた様に、警部補がM82A1のマガジンに弾を籠めながら挨拶して来た。
「お早う御座います。早速ですが山中に仕掛けたセンサーに、覚と思われる反応が発見されました。コチラニ近付いているそうです」
「了解しました。じゃ、追い込みポイントに先行してます」
ウチがそう言うと同時に、山の方から咆哮が聞こえて来た。一瞬で全員に緊張が走る。
「手塚!狙撃班を召集!」
「了解!」
手塚と呼ばれた警官が、綺麗な敬礼をして走って行った。他の警官達もそれぞれ武器を出し、臨戦態勢を整える。ウチが腰のベルトのホルダーにペットボトルを挿していると、警部補達狙撃班が勢揃いしていた。
「では、我々はこれで。確実に追い込みますので、その後はお願いします。各員、乗車!」
警部補達はバンに乗り込み、颯爽と現場に走って行く。恐らく遠距離から狙撃し、上手い事追い込むらしい。ウチもあまり悠長にしてはいられない。早速ペットボトルを一本開け、新しいボードを作ってのる。
「朱雀!朝ご飯用意しておくからね!」
翼のそんな声に、ウチは手を上げて返した。神楽は一体何処で何をしているか知らないが……邪魔さえしないのであれば別に良い。今は兎に角、奴を倒す事だけを考えよう。
ゴルフ場は高野川を挟んで反対側にある。ウチはゴルフをした事が無いから詳しくは知らないが、多分結構広いのだろう。見事に整えられた芝の上でウチは待つ。ジワジワと太陽が上り、刺さる様な暑さが肌を焼く。
と、目の前の山裾の辺りが大きく揺れる。そして単発特有の発砲音が響いて来た。7.62mmに混じり、12.7×99mm NATOの重い音が響く。間違い無い。奴を追い込んで来ている。
突然、木が飛んで来た。文字通り木である。恐らく根本で圧し折られたのだろうそれが、宙を割いてウチに向って来ているのだ。なんて事だ。
腰のホルスターからペットボトルを一本引き抜き、キャップを捻って中身を弓の形に変えた。自慢では無いが、ウチは射撃が死ぬ程下手である。しかし何故か、弓だけは得意なのだ。
更に一本、片手でキャップを開けて矢に変える。後は弦に接げ、全力で引き絞った。因みにどの道能力で撃つので、この行為に意味は無い。単に雰囲気である。
「ウォーター……ワールドッ!」
手から離れた水矢は真っ直ぐと飛び、木へ直撃する。当然ただの矢では無い、ウチの能力が掛かった矢。直様木の内部に潜り込み……爆散させる。水蒸気爆発を起こさせたのだ。
パラパラと木片が落ち、水蒸気が靄の様に漂う。同時に地面が揺れた。成程。ウチに能力を使わせて煙幕を張り、その隙に高野川を超えて来たらしい。例え川がウチの能力範囲であっても、見え無ければ攻撃出来無い。随分な小細工をする奴だ。
「早く出て来なさい。どうせアンタは死ぬんだから」
ウチが靄の向こうに居る覚に声を掛ける。それと同時に、手にした弓を刀に変えた。と、その時。
「そう言ってお前は、自分の周りに撒いた水を踏ませるつもりだな」
その声と共に、芝生の付いた土が辺りにばら撒かれた。恐らく地面を殴り、巻き上げた土らしい。それらは、ウチの用意していた罠を全て破壊する。やはり読まれていたか。
「分かっている筈だ。俺はお前の心を読めると」
そう言いながら、覚はゆっくりと歩いてくる。左肩から下は無く、白い毛を赤く染め上げている。そしてその顔は、ウチを殺そうと言う意志に満ちていた。
ウチは刀を中段に構え、息をゆっくりと吐く。行動を読まれているなら、逆に読ませてしまえば良い。ウチは頭の中で、奴を斬るパターンを同時並行で作り上げる。
飛び掛かりながら横一文字。敢えて一歩引き、後ろの罠を使ってブーストして袈裟斬り。刀を反し、下から突き上げる様に。回転を掛けながら、左から斜めに。
「……これッ!」
ウチは全力で、刀を突き出した。案の定横から刃を殴られ、刀が左に逸れる。それを利用し、身体を捻って右肩からの袈裟。覚は一歩下がり、がら空きになったウチの胴を蹴って来た。ガードは間に合わ―
「な!?」
一瞬。ウチの身体が勝手に動く。右手が身体の横に入り、蹴り上げた足にダメージを与える。始まった。
「貴様……そんな行動は考えていなかった筈だ!」
バックステップをし、ウチから距離を取る覚。その顔には焦りが見て取れる。そりゃそうだ。ウチだって回避出来ないと思っていたから。
「残念。人間はね、嘘付きなの。特にウチは!」
突然の突撃。覚もウチも驚く。ウチは覚の脳天に一撃を入れる為、刀を高く振り上げ―
「があッ!」
空中で逆さまになり、左下から逆袈裟に斬った。何がなんやら。曲芸じゃ無いんだぞ。
更に連撃。ウチはそのまま首を狙うつもりが、身体が勝手に元の向きに戻りながらの攻撃へ変えてしまう。
「何故!何故貴様は考えも無しに行動出来る!」
覚は何とか右手でガードしながら叫んだ。それはそうだ。なんせウチの意思で身体を動かしていない。幾ら心を読もうとも、分かる訳も無いだろう。
再びの猛攻。一撃、また一撃とウチの意識とは別の攻撃が覚を襲う。その全てを回避しようとする覚。だがそれは、致命に至る一撃を無理矢理回避しているに過ぎないのだ。
「も……もう止めてくれ……」
身体を白と赤の斑に染めた覚は、息も絶え絶えに言う。その両足は体重を支えるには不可能な程ボロボロになり、残された右手も何とか形を維持しているに過ぎない。最早勝敗は決したと言える。
「俺は……俺は山に籠もる……消して人間に近付かない……だから……だから……」
戦意喪失したらしい。随分と分りやすい奴だ。本来、人を喰った妖怪は殺す以外に対処が無い。人間は殺しやすく、食べ易いから。
だが。コイツは他の覚より知性がある。恐らく単なるアルビノでは無く、何か……例えば人間の手が入っている可能性もある。それを聞き出すのも、我々陰陽師の仕事では無いだろうか。
「……これ以上……攻撃しないでくれ……」
悲痛とも言えるその声を聞き、ウチは溜息と共に刀を下げた。そして水に戻し、地面に撒く。どうせ戦う気力も無いなら、相手にするだけ手間だ。
奴に背を向け、コースの端を見た。一瞬キラリと光る物が見える。双眼鏡かスコープか、或いはカメラか。成程、神楽はあそこに―
「そこに……居るんだな」
そんな声と共に、ボロボロだった筈の覚が走り出す。その光目掛けて。おぉ、ウチより速いぞ此奴。
光源……神楽は慌てて飛び出し、覚に向かって発砲する。しかしそれは当らない。避けられて居るのだ。
「先ずは貴様から―」
そう言い、神楽に右手を伸ばす覚。だがその右手は、空中で爆ぜて落ちた。
「な、なにぃッ!?」
更に更に。遠くへ飛び去って行った筈の銃弾が、全て弧を描いて覚を襲う。そこに意思は介在しない。何故なら、弾丸に心は無いからだ。
「が、がぁッ!がはっ!」
身体を弾丸に貫かれ、盛大に血を撒き散らす覚。ウチが辿り着いた時には、最早虫の息だった。
「全く……アンタみたいに予知能力が無くても、こうなる事は予測済みだっての」
ペットボトルを一本開け、中身を針の様にする。そしてそれを覚に投げ付け、身体の中心に突き刺した。
「あの時逃げておけば、見逃してやったのに……」
右脚を下げて体勢を低く取る。両手は開き、楽に。そして、パワーを溜めた右脚の踵を地面に擦り―走ってジャンプ。
「おりゃあッ!!」
空中で身体を捻り、回転。そのまま右脚を突き出して、覚の身体に刺さった針を蹴り埋めた。ウチはそのまま反動で着地。衝撃を脚を曲げて逃す。
「爆散しろ。ウォーターワールド!」
一瞬、覚の身体が大きく震えた。そして、膨れ上がって爆発する。やはり敵はキックで爆発するのがセオリーだ。日曜日の朝に発想が支配されてる気もするが……まぁ良いか。
「流石朱雀、綺麗なキックだったよ」
SR-25とビデオカメラを持ったが、笑顔でサムズアップして来た。当然、ウチも親指を上げて返す。これがマナーである。
「お!姉貴ー!!」
覚討伐から数時間後。撤収準備がほぼ終わった現場に、そんな呑気で阿呆な声が響く。嗚呼、頭が痛い。
ウチは溜息と共に、声の主にペットボトルを三本投げ付ける。綺麗な放物線を描いて飛ぶペットボトルだったが、不意に空中で静止した。
「姉貴!オレだって!危ないなぁ……もう」
そう言って、声の主……花梨は空中のペットボトルを操って回収した。花梨の能力「テイク・オン・ミー」だ。
テイク・オン・ミーは「視界内の無機物を指の数だけ操れる」能力。しかもリアルタイムであれば、双眼鏡やカメラの画像でも"視界内"判定になる。そう。さっき神楽がビデオカメラを持っていたのは、他でも無くこの為だ。
つまり。ビデオカメラ越しにウチのブレスレットやアンクレット、ベルトやチョーカーを操っていた訳である。成程考えたものだ。確かに幾ら心を読める覚でも、洛中の自宅にいる人間の考えまでは読めない。だから攻撃が通ったのだ。
「花梨ちゃんナイス!よしよしよしよし……」
「神楽姐さん!えへへ……」
神楽に抱き締められ、嬉しそうにニコニコする花梨。確かに今回のMVPだ。しかし……なんか一寸イラッと来たので、少し悪戯してやる。
良く考えたら此奴、ウチが炎天下で戦ってる時にクーラーの効いた部屋に居たのだ。そんなに涼しいのが好きなら……幾らでも涼しくしてやる。
「うぇ!?ちょ!!」
「うひゃっ!ペットボトルが!」
花梨が回収したペットボトルの水は、当然ウチの能力が込められている。それを少し操れば……水が吹き出すと言う訳だ。びしょ濡れになる二人。あー、スッキリした。
しかし今回の作戦、本当に見事だった。多分発案は翼だろうから、後で褒めておこう。今何処に居るか知らないが……
「国枝先輩、アドバイスありがとうございました」
「あぁ、翼ちゃん。良いんだよ別に。私は可愛い可愛い後輩の為なら、どんな時でもアドバイスを上げるよ」
「でも花梨ちゃんの事、良くご存知でしたね……」
「前に朱雀ちゃんから聞いた事があってね。それより翼ちゃん。前にも言ったけれど、朱雀ちゃんにはくれぐれも……」
「はい!国枝先輩がアドバイスをくれた事は内緒にしておきますね!ありがとうございました!」
「うんうん。また何時でも電話してね、翼ちゃん」
そう最後に言い、国枝薫は通話を終えた。そして、目の前に立つスーツ姿の者達に笑顔で喋り掛けた。
「さて……君達は何の用かな?」
「公安零課の皆さん」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます