第6日目 君に手紙を書こう

元気かな?元気だろうね。君は小学生になったのだ。不安と期待がが入り混じったぐちゃぐちゃの絵の具の色みたいな気持ちを抱えて校門をくぐるだろう。

君に言っておきたいことがある。良いことではない。むしろ地雷を避けるための地図みたいなものだ。気をつけなくちゃならないことがいくつかあるよ。


君は正義感を四角四面に額縁に入れたような子だね。それが仇となる。いじめをする男の子を注意して、いじめを受けることになるんだ。たまったもんじゃないよな。間違ったことをしていることを論理的に伝えて、間違った方法で報復されるんだ。その出来事は、君の心に大きな傷を負わす。根っから明るかった君は、本の世界に逃避していくだろうね。初めて真剣に読破するのは『ハリーポッターと賢者の石』だ。自分自身のことに自信がなくなり、目の前の現実が嫌いになったんだろう。その頃から現実に向き合えなくなってくる。現実の優等生として立派に真面目に過ごす自分と甘美な正義が貫かれた空想の世界の二分化が大きく始まる。


いじめっ子に対する恨みは、中学生になっても続くんだから。そんなことは忘れなさい。いつか自分でいいと思える日が来るから。それは、長い真っ暗なトンネルの中をろうそく一つで進むような、孤独で心細く、辛くて恐怖を感じるものだろう。大丈夫だ。


中学生の時は、内向的な自分が周りの人間を下に見るようになる。成績優秀の現実の自分が内なる自分とのバランスを取ろうとするから。冷めてみてる君の視線に、周りの人間に気づかれ、上手く友達としゃべれなくなる。人との距離感がわからなくなるんだ。他人がまいた種に、自分で水を与えた結果だ。考え抜いて行動しない悪い癖を身に付けるようになり、人の視線が気になり人にどう思われるかが君の行動を左右するようになる。周りを気にしすぎて、純粋に人生が楽しめなくなる。


狭い世界の話なんだよ。全て今住んでいる地域の話だ。地元を出る瞬間、寂寥感に襲われるけれど、都会へ出て住んでみると楽になると思う。君は今、自分が生きている周りのことに必死かもしれない。でも何とかなる。自分が面白い、格好いいと思うものに打ち込みなさい。他人が理解しくれるからと言って、その物事が良いものだとは限らないから。


高校生の君は、今までの優等生から劣等生へと変わる。進学校の中で、延々と哲学的・形而上の問いに打ち込み、学問がおろそかになり、次々と成績が落ちていく。中学とは違い、勉強を真面目にするということが問われているんだ。ニーチェやプラトン、岩波文庫ばかり読んでないでもっと大きな世界を見なさい。見えるものが変わってくるはずだよ。本を読むにつれて、世間を憎むようになる。曖昧に「善」と「悪」が清濁入り混じり、理想のユートピアとは遠い世間を憎むのだ。でも世間は強いよ。知性や舌先ではどうにもならないくらい強大だ。一人では生きてはいけないからね。草枕は大学生になってから読むけれど、その時に痛感するから。


人と異なることを格好いいと思う感性はいいと思う。でも、その時からどんどん独り善がりになるよ。他の人の感性を否定せずとも、君の感性は存在していいものだ。もしかしたら、良いものかもしれない。格好いいと何かに思えたら、他の人に共感されなくてもいいよ。共感よりも大切なことはあるからだ。皆がわかるものに面白いものがあるとは思えないからね。


大学になると、とことん落ちぶれる。大学の講義もくだらないものに感じる。君が文学部を選ばなかったからだ。経済を選んで正解だったとも思うし。たくさんの人と本に出会う。異なる価値観の人が集まって、一つのものを作ったりする一人になるんだ。でも、その中で疎外感を感じる。皆は現実的な問題を行動で解決していく。君は舌先三寸で解決しようとする。怠慢だね。できれば行動して、様々な人に会いに行くといい。意外にみんな孤独なんだから、話を聞くと面白いと思うよ。面白いことが好きになるのも、このあたりだ。人に笑ってもらうのが好きになるんだ。馬鹿みたいにラジオを聴くことになる。一つのことに専念することが得意な君は「面白い」を考える。そのせいで人を傷つけ、「楽しい」を否定することになる。人生はそんなやわじゃない。矛盾があるのだから、面白いはずなんだけれど、時々小学生の正義感を振りかざす自分がのぞき出て、その矛盾を言葉で封殺しようする。止めておきなさい。真実を伝えることは、人を傷つけることだから。軽いウソを添えてあげるのが優しさを言うものだよ。


阿呆ほど人と交わったり、嫌ったり忙しかっただろうね。自分のコンプレックスと、自分の自信ある部分が混ざり合ってルサンチマンと傲慢とが一斉に襲い掛かってくる時期だ。落語やラジオや本を面白がって、その世界に没頭する。でも、注意してほしい。元々は、面白いが好きじゃなかったかもしれないんだ。格好いいが好きだったんだね。面白いことが格好良く映った瞬間があったんだと思う。だから、格好よくあるためにはどうしたらいいか考えなさい。そうすれば、あまり人を傷つけずに行けると思うよ。でも忘れちゃならないのは、君が生きてるのは幸運ではなく誰かの努力や支えがあるということだ。忘れちゃだめだよ。


学生時代に送りたいのは、この手紙です。

君はどんな手紙になるのだろうね。書いてみるといい。

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