第2日目 夢は「高等遊民」であった

夏目漱石の言った、高等遊民。今でいう、浮浪者のようなもの?なのかな。

昔の小説家は、実家が太いケースが多くて羨ましいよね。そう思うのは僕だけじゃないはず。

いつだって自分にないものを持っている人は、羨ましいものです(如意棒とかは例外)。


羨ましいなんていっているけれども、現状に大それた不満があるわけでもないのです(実は)。今はふわふわと池を漂う木の葉のようにこの世をさまよっているのであります。それがいいか悪いかわからんけれど(わからんのかい)。


過去な話ですが、僕は高校生の頃から

「勉学とは何ぞや。特に数式は訳が分からない。なぜXやYの解を求めるなくてはならないのか。答えがわからぬ。果たして、Xが出てくる場面が世の中に存在するのか。Xなんて分からなくてもいい。UFOの存在も分からないのだから」

「人間というものは他人に規定されることなく、時間にも左右されることなく、自由に生きる権利を有する。労働などくそくらえだ。他者に指示される何ぞ、真っ平御免だ。僕は高等遊民として生涯過ごす」

などと母親に嘯いては、困らせていた長男坊でした。僕は舌先三寸だけは上手く

「お兄ちゃんなら、立派な詐欺師になれるよ」

と妹にもお墨付きをもらっているほどです(現実の話です。怖いです)。



そんな僕も、正社員にならなくては、もう、やり直しのきかない時期に差し掛かっていることは周りを見ていて理解しました(ようやくです)。労働意欲に燃えるわけでも、血が騒いでいるわけでも(Dの文字が入ってるわけでも)、世の中に対して奉仕の気持ち(マザーテレサ)があるわけでもない。ただの諦念。うんこはトイレでしなくてはならないのと同じで、大きな流れには抗えないのでした。


この決心までには時間となかなかの勇気がいるのでした(現実逃避してたってこと)。


前職をやめた直後は、人が嫌いになり、街中で出会う人出会う人に

「アイヘイチュー、アイヘイチュー(笑)」

と連呼しておりました。今考えると、二十歳を超えた参政権を有する常識的な人間の所業ではありません。かといって反省の色は全くありません。本当にごめんよ(ごめんよ)。


そんな人間嫌い克服しないまま、アルバイトを始めるのです(生活苦ね)。人生に何の目標もない僕は、しょうがなく、世間の波にもまれるのです。

どうせ世の中にはくそ野郎しかいないんだろう、 という捻くれた考えは、見事に覆されました(天変地異みたくね)。アルバイト先では人に恵まれ、こんな自分でもなんとか生活費程度は払えるほど働いていたのです。可愛がってもらって、バイト先の人とよく遊んだりもできるほどに、人間に耐性が付きました(苦手な生き物でした)。


そんな日常を過ごしているとき、ふと将来のことを考えると


これからの自分の未来像(リア充)、明るい青写真(原っぱで裸で走り回っている僕)、演歌歌手としての紅白出場(夢)、全て描けなかったのです。


ピーターパンでいてもしょうがないし、そろそろ真面目に大人にならないといけない。マイクの右手で持っていてもしょうがないし、そろそろ左手に持ち替えなくてはならない。今の環境にいたままではダメだ、将来後悔してしまうだろう。今の紺色のスーツではダメだ、ミラーボールみたいにしなくては注目されないだろう。

恥をかき捨て、ミスはつきものなんだから頑張ろう。歌詞は忘れても、雰囲気でごまかせるだろう。

日常生活を顧みた僕に、突飛な考えが僕の脳裏に浮かびました。



「未来に向かって一歩進めなくては( ー`дー´)キリッ」



っつっても、未来で待ってる人はいないですがね・・・(マジタイムリープしてぇなぁ)。


とりあえず、バイトを辞めました。この発想が鬼神(スサノオ)です。マジでイカレテいます。

正直、今思うのは、働きながら探すべきでした。今でも後悔しています(マジタイムリープしてぇ)。


んで、無職(透明)。何にも帰属していない恐怖ってのは、ニート特有の感覚だと思います。自分のアイデンティティを外部的に証明(Xってことかな?)できないのですから。ベタな比喩を使うと、大海原に投げ出された気分です(使い古されている)。まあまあの比喩を使うと、ブラックホールに吸い込まれた気分です(うーーむ)。わかりづらい表現だと、マジ卍です(!)。わかってくれますでしょうか。そこ、わからないからって首を横に振って可哀そうな目つきで見ない。先生、悲しくなっちゃうよ・・・(生徒→溜息)。



話が逸れちゃってるね。そう、んで

「高等遊民って思ったほど楽しくないんじゃない?」

ってことを思ったの(勝手にね)。


自由って難しい概念で、やっぱり人は無意識・意識的にでも規定されたがっているもんだと思うの。これが上記の帰属しない恐怖は、それに起因するのだろうってね。多分、高等遊民と呼ばれる人もそうなるんじゃないかと。まあ、これが分かったところで、どうしようもないことなんだけど。ごめん、おちのない話してすみませんね(マジタイムリープしてぇ)。


じゃあ、作り話。


昔々、自信のないカエルがいた。他のカエルほど跳べないし、うまく鳴くこともできない。自分には全く才能のないと思っていたんだ。でもね、そのカエルは気づいていない一つだけ才能があったんだ。他のカエルのいいところを見つける才能だ。そのカエルは、よく跳べるカエルを褒めたり、歌唱力のあるカエルに新しい歌を教えたりしたんだ。自信のないカエルはそれだけで十分だった。でも、住んでいる森が人間によって開発されたんだ。その中で、生存競争が始まる。よく跳べるカエルは違う土地に移り住んだ。歌声のうまいカエルはその美声でメスのカエルを呼び込んで幸せに暮らした。才能のないカエルは満足しながらトラックに轢かれてぺっちゃんこ。おしまい、おしまい。


なんか恥ずかしいです。この物語に何の意味があるかはそこらへんおいて、どぶに捨て、最終的に大きな海が受け入れてくれることを祈っています(タイムリープはもういい。ビルゲイツに生まれ変わりたい)。



まあ、適当なウソを書いてみたけれど、感想として僕はカエルが好きじゃないってことくらいかな(ここは本当)。次は本当のことを一つ言って、今回は締めくくりたい(最後決めるぜ)。







次、僕とお会いするときは、年末のNHKで。

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