4 神魔格闘拳法?

「では、早速ですからお手並みを拝見しても宜しいでしょうか?」


黄泉姫は言うが早いか早々に部屋を出ていくと皐月ちゃんが口を開く。


「お手並みって…?」


俺が?と思っていると無言のままに皐月ちゃんが部屋から出ていくのを見て慌てて追い掛ける先には大きな道場の様な板縁の広間、仕切りも衝立も無いかなり広い場所に連れてこられた。


「此処ならばある程度の事をしても大丈夫でしょ?さぁ、何処からでもどうぞ…」


そう言うと皐月ちゃんは道場の中央まで歩くと俺に向かって空手の三戦サンチンの様な構えをとりながら言ってくる。

俺は意外と武闘派なのかなと思いつつも皐月ちゃんに近寄る。


「最初がいきなり格闘ってどうなの?普通は勉強からって思うんだけど?」


近寄れば見た目以上に皐月ちゃんが本気なのが分かれば軽く冷や汗をかきつつ恐る恐る訪ねる…こう見えても幼い頃に祖父に無理矢理教え込まれた武術を少しはを嗜んでいる為か、皐月ちゃんから立ち上るオーラの様な気配とただならぬ雰囲気に間合いギリギリ外側から話し掛ける。

俺が間合いに入らないのを見て眉間にシワを寄せる皐月ちゃん。


「少しは出来るみたいですね?ですが貴方が今から向かう世界は今までとは全く違う世界…剣も魔法も魔獣も魔物も悪魔さえいる世界…人の命が簡単に失われる世界なのです」


「だから簡単には死なない様に訓練をするのですよ…」


皐月ちゃんは言うが早いか片足が少し前に出たかと思えば一瞬で俺の目の前にまでやって来た…


(瞬歩?)


心の中でそう叫んだと同時に全身から寒気と冷や汗を掛けば身に付いた護身が反射神経のみで体を後方に蹴り飛べば同時に拳圧を浴びると目線を今まで自分のいた場所に向ければ皐月ちゃんが正拳突きをしていた。


(おいおい、ただの正拳突きで2mは離れ俺に拳圧って…有り得ないだろ?って言うか当たったら洒落にならないぞ!?)


皐月ちゃんは自分の拳が俺に当たらなかった事が意外なのか驚いた表情をしてみれれば今までに見せなかった怒った顔になると再び俺の目の前にまで瞬歩で近付く。


今度は拳や蹴りと言った連撃が始まる。


最も皐月ちゃんの顔と目付きを見れば今度はさすがの俺も構えていた為に猛攻とも言える拳激の嵐を辛うじて受け止めいなし交わしていく。

俺が皐月ちゃんの攻撃を躱す度に皐月ちゃんの攻撃が早く重くなる。

このままでは流石にヤバイと思い始めればいなす手に拳を握り力を籠める。

皐月ちゃんはその変化にようやく連撃を止めると飛び退く様に離れる。


「ようやく闘う気になりましたか?その拳で何をするか… 見せて下さい…」


皐月ちゃんは俺を睨む様に見据えれば再び三戦サンチンの構えを取れば受けの体勢をとって見せる。


どうやら俺が力を見せないと納得しないらしい…俺の、俺自身が忌むべき力…しかし同時に喜ぶ力…幼い頃から闘う事も傷付く事も傷付けられる事も嫌だったのに鍛えられ、自分なりに訓練して手に入れてしまった力…。


元の世界では試す場など無い忌むべき力…。


俺は拳を胸の前で握れば立ち尽くすが、気持ちと心が深く静かに沈んでいくのが分かる。


此処は元の世界ではなく死後の世界、自分も相手も人では無い…なら…


“使っても大丈夫だよな?”


心の中で何がが叫ぶと同時に生きてきた今までに溜め込んだ気持ちと力が溢れだす、幼い頃に両親を無くし、厳格な祖父母に育てられ、田舎故の閉鎖的な環境が虐めを産み出し、その対象となって虐められてきた自分…けれども得た力を使うことを禁じられ心は次第に疲弊し一人を選ぶ様になった。


高校生になる頃には逃げる様に寮のある学校に入学、そこからは平穏な日常だったが幼少期からの人間不振は簡単には払拭出来ず、虐めこそ無かった物の友達と呼べる相手は作れず卒業、大学には自力で学費を稼ぎながら三流ながらも卒業し氷河期と呼ばれる最中にもブラック企業に入社、そのまま現在に至る…


そんな俺の心を表す様な力が此だ…


「“龍爆閃”」


俺は握った拳を無造作に横に真後ろまで振れば、体を前に倒す様にしながら踏み込み一気に駆け抜ける、皐月ちゃんより遥かに遅い駆け足の様に踏み込み。


だけれども、一歩一歩が強く踏み込む。


皐月ちゃんは躱さない。


俺の力を見たいと言ったのだから躱す筈が無い。


俺は確信して大技を出す。


この一撃で納得して貰おう。


この一撃で納得しよう。


今までの自分に…此からなり得る自分に…。


不意に黄泉姫が言った言葉を思い出す…“願望者”…


(そうか俺が望んでいたものは…)


俺は不意に自分が何故此処に来たのか理解した、そして自分の望んだ物が何だったのかを…。


同時に俺は自分の間合いに皐月ちゃんが入ったのに気付く。


皐月ちゃんの顔は青褪めていた…直感で気付いたのだ…この一撃は只では済まない…しかし、もう遅い…躱せる間合いでは無い…。


そして俺は、知り合いだろうが、肉親だろうが、好きになった子だろうが、この拳を振り抜ける…俺の心は壊れているのだから…


ドガァーーーーン!


俺の拳が皐月ちゃんに当たると思った瞬間、道場の屋根が爆発する様に弾け吹き飛ぶ、同時に俺の拳がまるで鉄の壁でも叩いたかの様な音を立てると共に止まる。


崩れ落ちる天井の破片と埃、土煙で前が見えないがどうやら俺の拳は皐月ちゃんには当たっていないらしい。

俺は少し安堵すると共に、なら何に俺の拳が止められたと考える。


普通に止める事は出来ない、半端な壁でも止まらない、何故と思うと不意に上から声が聞こえる。

土煙が晴れ始め、目の前と上が見えてくる。

上には黄泉姫がいた…黄泉姫は何かの上に乗っている。


「何やら珍妙な気配を感じて駆け込めば、一体何事じゃ?」


黄泉姫が何時もの扇子を持たずに口に手を当て俺を見下す様に睨み付ける。


程なく俺は目の前の壁の様な物が何かを知る。


此は“扇?”


「妾が止めねば皐月は大怪我じゃったの?普通は有り得ぬ…魂だけになった人間が如何に力を得たとは言え、妾達に傷を負わせる事が出来るなど…」


黄泉姫の口調が先程とは明らかに違う険のある口調…いや、殺意にも似た口調で俺に問い掛ける様に言う。


「対神魔格闘拳法“龍神拳”…遥昔に失われた古代の暗殺拳を何故に主が使える?それは、或いは妾すら殺す事が出来る拳じゃぞ?」


黄泉姫のより一層強い口調と共に紡がれる言葉に俺は意識もせずに口元が緩み吊り上がると同時に龍爆閃を撃ち込んだ扇が拳を中心にバキバキバキっと音を立ててヒビ入って行くのだった。

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