これも一つの恋愛論

「どんなタイプが好きなの?」


 日本に限っても、何億回と問われてきたであろう問い。一瞬の間の後に、その場にそぐわないような深いため息が落とされた。


「好きだねその話」

「女子会と言えばやっぱりこれでしょ」

「自分だって好きな人いないクセにさぁ」


 藺草香る広い和室に、色とりどりの浴衣が三つ。コロコロと高い声が響く。机の上には菓子の袋と酒のボトルが乱雑に置かれている。

 時折、涼やかな風が障子の隙間から入り、肌を撫でて通り過ぎる。が、部屋の中は煮詰められた蜜のように、ドロリとした熱を持っていた。


「っていうか、彼氏とはどうなの?」

「えっ私?うーん、普通?」

「普通って」

「会ってるの?」

「会ってるよ……先週も会ったよ」

「会って何するの?」

「ご飯食べて、ホテル行ってセックス」

「うわぁ」


 スナック菓子の袋が破られる音と、酒がグラスに移される水音とマドラーが氷をかき回す音。大袈裟なリアクションで仰け反った身体は、抵抗することなく、そのまま布団に崩れ落ちた。


「でもなんだかんだで続いてるよねぇ。今何年目だっけ?」

「えぇと、五年目?」

「もうそんなに経つかぁ」

「結婚とかって考えてる感じなの?」

「さぁ?」

「さぁって」

「適当だな」


 封を切られたビンは、その水位をどんどん下げていく。きちんと身に付けられていたはずの浴衣は既にはだけ、淡く色付いた脚が布団の上を滑る。


「あー、彼氏欲しいー!」

「それ、いつも言ってるじゃん」

「大学で良い人いないの?」

「えー……あ、この前、サークルの友達と出会い系アプリ入れてみた」

「それはやめときなよ」

「使ってみた?」

「この前メッセージきた」

「マジか」

「見たい」


 スマートフォンの小さな画面が顔で埋まる。

 点けられたまま、誰も見ていないテレビ画面からワッという歓声が聞こえた。

 それと対比するかのように、彼女らのクスクスという湿度の高い笑い声は、段々とボリュームを落としていく。


「出会い系はやめなよ。どうせ身体目当てってやつでしょ」

「そうだけどさぁ、彼氏欲しいんだよ」

「本当に欲しいの?」

「彼氏がいるっていう事実が欲しい」

「正直か」

「わからなくもないけどね」

「それ、彼氏持ちに言われてもね」


 溶けた氷がカランと音を立てたが、それは誰の耳にも届くことはなく、空気と混じって消えた。ビンの中の液体も、気が付けば残り僅か。それはこの小さな宴の終わりが近づいてきたいることを告げていた。


「だって大学生だよ?彼氏欲しくない?」

「私に聞くなよ」

「最近良い人いないの?」

「いないよ」

「つまんない!そんな枯れたこと言わないでさぁ」

「じゃあ今度付き合うとしたら?」

「えー……」


 会話が途切れる。

 空になった菓子袋がグシャリと音を立ててゴミ箱に放り込まれた。氷はすっかり溶けて、最早飲むことさえ忘れられたグラスの中の酒を薄めるばかり。


「あ、気を遣わなくていい人」

「無難!」

「ジャージで会っても許されるくらいの」

「女子力ないなぁ」

「らしいと言えばらしい」

「うるさいなぁ……毎回飾らないといけないなんて疲れるんだよ」

「そうだけど、乙女心ってやつがあるでしょ」

「私はないの」

「やっぱり変わってるよねぇ」

「あんたに言われたくないけどね」


 深夜にも関わらず賑やかな声を発していたテレビが静まり返る。静寂の中、窓の外を流れる川の流れに三つの声が溶けていった。

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