にんにく味の


「あ、これ美味しい」


 騒がしいとも静かとも言い難い、丁度良く音が溢れた空間に素朴な呟きが一つ落ちた。


 強かそうな女店主が営む街角の小さな居酒屋の、メニューに「おススメ」とデカデカ書かれたこの料理は「アヒージョ」と言うらしかった。パチパチと音を立てる熱い油の中に、魚介や野菜などの具材が沈んでいる。

 ちなみに、俺は先程迂闊に口に入れてしまい、舌をちょっと火傷した。


 目の前に座って熱い具材をふうふうと冷ましながら口に運んでいる彼女は、独り言に近い感想を零したきり、テーブル上の料理に夢中だった。


 高校時代部活の同期だった彼女は若干派手な見た目になっていたものの、相変わらずマイペースだった。酒が入ってもかつてとあまり変わらない穏やかな時間が流れていく。

 しかし、店に入る前から空腹を訴えていた彼女は、口に食べ物を運ぶ手を緩めようとしない。完全に視界から外された俺は、自分の食料を確保するべく負けじと箸を動かしていた。


 沈黙。途切れる会話。箸と食器が擦れる音。店主が串カツを揚げる音。二階ではサラリーマン達が宴会をしているらしい、ワッという歓声。

 環境音がやけに耳につく。しきりに音を立てていた油は、少しずつ静かになり始めていた。


 空腹が解消されるにつれ、段々と沈黙が気まずくなってくる。彼女は変わらず皿に夢中だ。口紅が落ちることも気にせずに、油の池からイカを掬い上げ、口に運んでいく。そういえばこいつ、食べる時は無口になるタイプだったな。


 俺は少し働くようになった頭で、何か話題はないか考えていた。

 今大学では何をやっているのか?バイトはどうだ?観てるドラマはあるか?


 以前までは当たり前のようにできた話題が、どこか気恥ずかしい。

 変な興味があると思われないだろうか。余計なことばかり頭を駆け巡り、実際に口に出すことはなかった。


 沈黙が辛い。唇を油で光らせる彼女を、恨めしげな目で見る。そろそろ空腹もマシになっただろ。

 不満を流し込むように、水滴で濡れたジョッキを持ち、ハイボールを流し込む。ゴンと音を立ててジョッキを置くと同時に、口に箸を咥えたままの彼女がバッと顔を上げた。


「……あ、にんにく食べちゃった」


 唐突なその言葉につられて皿の中に目をやると、大きめに切られたにんにくがあることに気付く。

 まぁ、美味いだろうな。


 一瞬しまった、という顔をした彼女は、ふと俺の顔を見つめて


「まぁ……お前ならいいか」


 と零した。


 静寂。

 ワンテンポ遅れて、脚に死球が掠ったような、強烈ながらじわじわと効いてくるような衝撃。

 俺の脳は、彼女の言葉を咀嚼しようと突然動き始める。


 なんだそれは。


 俺の阿呆面を眺めながら、彼女はにんにくをガリガリと噛み砕く。たまに食べたくなるんだよねぇ、なんて呑気に笑う彼女に「わかる」と形だけの返事をする。


 青春かよ。何を意識してるんだ。

 頭の中を占めるのは怒りなのか呆れなのか、はたまた軽蔑なのか。もしかしたら、そんなネガティブな感情ではないのかもしれない。

 俺は、アルコールに浸かった上に重労働を強いられている脳を休めるためにハーッと大袈裟に溜息を吐いた。


「……お前」


 責めるような声色で話しかけられた彼女は、二つ目のにんにくを口の中に放り込みながら訝しげにこちらに目線を寄越した。


 目が、合う。


「あー……、一人で全部食うなよ……」

「あ、つい……」


 すっかり空になって冷めてしまった皿の中の油が、一つ寂しく泡を吐いた。


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