夏の酒


「胸はやっぱり大きさじゃねぇ?」

「いや、大事なのは感度だろ」


 夏の夜。頭の悪い会話が周りの喧騒に掻き消えていく。私は目の前で繰り広げられる会話を無視して、レモン汁がかかり過ぎた唐揚げを口の中へ放り込み、冷えたグラスの中身を煽った。 口の中で炭酸が弾ける。僅かに抜ける梅の香りに、私は小さく「薄…」と悪態を吐いた。


 男二人、女二人。気の置けないいつもの面子。年頃の男女四人の酒の席。盛り上がるのは、下世話な噂話や猥談ばかり。意識の高い世間話なんて出てくるはずもなく。酒と熱気に煽られて、下品な会話は加速する。


「まぁ、こいつは貧乳だしなぁ。感度いいのか?」


 そう言った私の目の前に座る奴の指差した先、私の隣でポテトフライに手をつけていた彼女は、ニヤニヤと笑う彼の言葉に「失礼な」と形だけの怒りを見せた。

 本当、失礼極まりない。私ははっと笑いを零し、水滴でびっしょりと濡れたグラスを掴むと中身を口の中に流し込んだ。相変わらず殆ど水の味をした梅酒は、暑さで溶けた氷でますます味を薄める。


「どうだろうなぁ。まぁ、俺、こいつの身体はタイプじゃないんだけど」


 先の言葉に反応した斜め前の彼は、私と同じようにはっと笑い、グラスに口をつける。隣の彼女は「私だって、もっと背高い方が好きなんだから」と律儀に言い返し、唐揚げを豪快に頬張る。


 色気なく肉に齧り付く彼女の頬は赤い。酒に強くない彼女はもう酔ったらしい。しかし、私の目にはその赤い顔が違うように見えて、思わず目を逸らした。どうやら私も浮ついているようだ。誤魔化しとばかりに皿に伸ばした箸が空を切り、テーブルにある皿がほぼ空になったと気付く。


 目の前で恋人の営みを明け透けに語る男たちに無断で、近くにいた店員に水を人数分と適当な料理を注文する。

 会話は止まらない。

 彼女はもう、自分たちの営みが次々に暴露されていくことに突っ込むのをやめたらしい。メニューを眺めながら、残ったポテトフライの残骸をひたすら口に運んでいる。


 酒の力で暴かれるのは、私の知らない彼女の一面か、それとも彼女の本性か。

 「友人」としてではない、ひとりの「女」としての彼女が丸裸になっていく。


 私は聞こえる会話を遮断するように、グラスの四分の一程までに減り、ぬるくなった梅酒を一気に煽り、目を見開いた。

 嫌に味が薄かったのは、氷で薄められたのではなく、グラスの底に酒が溜まったままだったかららしい。一気に口の中に広がるアルコールに私は顔を顰めつつ、なんとか嚥下する。


 あぁ、あつい。

 人の熱気で上がっていく店内の温度が。

 アルコールが通ったばかりの喉の奥が。

 酒のせいだけではない、高められた体温が。


 この空気を、熱を冷ましてくれ。

 そんな私の心の声に呼応したかのように怠そうなアルバイト店員がやってきて、「水お持ちしました」という台詞とともに氷水の入ったグラスが乱雑にテーブルに置かれた。

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