第6話 母親の憂鬱

学園対抗戦の日。ジェイとアイが出かけた後、ケイナは上手く行って良かったと一人で紅茶を飲んでいた。

最初、ジェイが学園対抗戦に参加すると聞いた時にはどうしたものかと散々に悩む羽目になったからだ。ジェイは魔法が使えず、更に魔法そのものへの抵抗力も無いに等しい。下手に魔法を浴びれば事故死の可能性もある。

それ故に、自身の弟子の中に対魔法の法衣を作れる者がおり、しかもそれがジェイの学校の教師であった事は非常に喜ばしい事だった。

そもそも、ジェイの体質の事は校長と話がついており、単位など取れなくても実は問題無いのだ。

ジェイは知らぬところでその将来までが決定されている。

彼は夢である騎士にはなれない。

小さな役所の閑職で飼い殺しにされる。それは国の決定事項だった。

しかしながら、母親として一緒に過ごした12年という時間は、そこに宿った思い出は、それを良しとはしたくなかった。



12年前、国の外にある小さな村が魔物に襲われた。

そこへ魔物掃討と生存者の確保の為に送られた騎士団へ同行したケイナは、非常に凄惨で奇妙な光景を目にすることとなった。

村は殆ど全滅しており生存者は居ないと思われたが、廃墟となった小さな家の中に、母親と思しき女性に抱かれた一歳くらいの赤ん坊がいた。母親は既に息をしていなかった。

近くには父親と思われる黒髪の男性が力尽きて倒れていた。

男性は鎧を着込み、剣を携えていた。

近くには大量の魔物の死骸も転がっていたから、最初はこの男性が家族を守る為に戦い、しかし妻は助けられず赤ん坊だけが生き残ってしまったのだろうと思われた。

しかしそうではなかったのだ。

魔物の死骸を調べるうち、剣で切られた傷だけでなく、恐ろしい程の高温で焼かれた物が混ざっている事にケイナは気が付いた。

北峰の大魔女と呼ばれる自分でさえ使う事が出来ないであろうレベルの火炎魔法で焼かれた物だ。

魔法が当たった魔物は殆ど原型を留めないレベルで焼け焦げ、更にその周囲にあった壁はガラス状に溶けていた。


誰がこれをやったんだろう?

こんな真似、果たして人間に可能なの?


そう考えた時、ケイナは自分を見つめる視線に気が付いた。

生き残りの赤ん坊が自分を見つめていた。

しかし、その赤ん坊は普通ではなかった。額の中央に有ってはならない物がある。

額が縦に裂け、そこには巨大な眼球が収まっていた。

ついさっき赤ん坊の顔を見た時にはそんなものは無かった。

間違いなく唯の赤ん坊だった筈だ。


同時に確信した。

アレがこの魔物達をやったのだと。

ケイナは恐怖に駆られたが、叫ぶ事が出来なかった。


「人間の女。我はまだ幼い。我を保護せよ。我を育てよ。我を生かせ。」


地響きの様な声だった。

赤ん坊の口は動いていない。しかし、それは間違いなく赤ん坊が発した声だった。


本能的に理解していた。

アレは絶対的な強者で、捕食者だ。

そして、自分は捕食される側だ。逆らってはならないと。


その日、ケイナの家に家族が増えた。

赤ん坊の名前が分かりそうなものは身につけていた子供服だけで、「J」と言う文字だけが辛うじて読めるくらいボロボロに痛んでいた。

仕方なく、ケイナは赤ん坊をジェイと呼ぶことにした。


ジェイを保護して一週間ほどしただろうか。ケイナの夢に金色で単眼のドラゴンが現れ、言った。


我は生まれ変わるつもりなどなかった。しかし再び生を受けたからには人間を観察してみたい。故に我を封じろ。やり方は教えよう。


ケイナは問う。


何故、せっかく生まれ変わったのに自ら封印などされようと言うのです?


ドラゴンは答える。


1000年の昔、我はこの地上を気の赴くまま破壊し、蹂躙した。

人間など取るに足らないゴミの様なものだと思っていた。

しかし違ったのだ。

我を倒したのは人間だった。

彼らは互いに助け合い、我を倒した。

その時に思ったのだ。

我は何を間違えたのだろう?とな。

考えても考えても答えは出なかった。

生まれ変わってなお分からぬ。

我を産んだ人間の女が死んだ時、そしてそのツガイの男が死んだ時、我は怒りの他に、もう一つ感じたことの無い感情を持ったのだ。

酷い喪失感だった。アレが何なのか我には分からぬ。

1000年前に死んだ時にすら感じたことの無い感情だ。

・・・人間をもっと知れば分かるかも知れぬ。

いまこの人間の雛である肉体には我の魂が宿っておるが、我が魔力はこの肉体には強すぎて何れ壊れる。

それでは困る。次の機会があるかも分からぬし、あったとして人間に生まれてくるかも分からぬ。

故に、我はこの肉体が我が魔力を使っても壊れぬ様に改良する。

汝にはその手伝いをして貰いたい。


ケイナは問う。


貴方を封じたとして、その肉体はどうなるのです?


ドラゴンは答える。


この肉体には我の他に人間の魂が宿っている。

これは我の魂と一部が融合しているから、我はそこから外を観る。

人間の魂は人間として育つ。

そして人間の魂が死なぬ限り、我の封印は解けぬ。そのように術をかける。

そうだ、名乗って居らなんだ。

我はイクス。竜王イクスだ。

頼んだぞ、人間。


そう言ってドラゴンは消えた。

目を覚ましたケイナは、早速言われたとおりにした。

人間の体には魔力が流れる回路が生まれつき備わっている。

そこに流れていたのは、赤ん坊の物とは思えないほど膨大な魔力だった。

これでは赤ん坊の体など、あっという間に自身の・・・いや、竜王の魔力で壊れてしまうだろう。

本来外側に向かう魔力の流れをせき止め、内側に流れるようにする。

そして、竜王の魂を竜王自身の魔力で封印した。

これにより、竜王の魔力はその封印に使われることになり、赤ん坊の体には流れなくなる。

そして、ジェイの魂は竜王と繋がっているから、ジェイ自身の魔力も封じられることとなってしまった。これがジェイがいかに望もうと魔法を使えなくなってしまった顛末である。


ケイナが1000年前の竜王イクスについて調べると、それは絶対によみがえってはならない類の化け物であった。


曰く、そのブレスは山一つを薙ぎ払った。

曰く、気ままに街を襲い、国を滅ぼして回った。

曰く、その竜王だけが使うことが出来た魔法は大陸一つを消し飛ばした。


多少誇張は入っているのであろうが、それでもそれは決して捨ておいてはならないものだ。

ケイナは国に奇妙な赤ん坊とそれに宿る竜王を報告した。

そして、下手に殺せばこの国が地上から消えるかもしれない事も。

王は渋ったが、ケイナが面倒を見るという約束でジェイは生かされた。

そしてそれから12年。ケイナはジェイの母親として過ごした。

ケイナは思っていた。

血は繋がっていなくても、ジェイは可愛い息子であると。

そのことは騎士である夫も認めている。

アイが生まれた後、夫は魔物との戦いで男性としての機能を喪失してしまった。

二人目の子供を、特に男の子を欲しがっていた夫はジェイの事をとても喜んでいた。


それ故に。


学園対抗戦なんかに出したくは無かった。

つまらない事故で死なれては困る。

竜王が目覚めることが怖いのではない。

ただただ、血のつながらない我が子を心から愛していたからである。



キャラクター紹介


ケイナ・カシマ 38歳女性 虚乳

魔法の国アリアスでも五指に入る魔法使い。人呼んで北峰の大魔女。

現在の気性は穏やかであるが、若いころはアイそっくりであった。

夫は騎士であり、この国では珍しい一夫一婦の夫婦である。

原因は夫が男性機能を失っているため。

12年前にジェイを保護し、彼の中に居る竜王イクスに頼まれて封印した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る