第3話 師の思いと誰かの夢

森の中、ジェイと初老の男が対峙していた。

ガツンガツンと木剣同士がぶつかり合っているとは思えない音が周囲に響いている。


「フッ!」


ジェイが振るった木剣は男の首を狙う。


「甘い。」


男はそう言って自分の木剣でジェイを捌くと、今度は力任せにジェイを振り払う。

しかしジェイは自分で軽く後ろへ飛んでそれをいなすとまた男へと切りかかる。

今度は男の脚を狙うが、それは軽く避けられてしまう。


「攻撃が直線的すぎると何度も言ったぞジェイ。」


言うと男は、攻撃を躱されて体制を崩したジェイの腹を目掛けて思い切り右足を振りぬく。

その蹴りはジェイのみぞおちを捉え、吹っ飛ばされた彼はその場で吐瀉した。

食事前で有り、出る物は胃液しかない。


「ふむ。今日はここまでだな。昨日より3分長く持った。上出来だ。」


「ゲッホ・・・蹴りは・・・卑怯です・・・ししょー・・・。」


「卑怯もらっきょうも有るか。お前はただでさえ魔法が使えん。そんな事では生き残れんぞ。・・・ほれ、傷見せろ。」


そう言って『師匠』はジェイの腹を見る。

肋骨は折れていない。

これなら自分が苦手な回復魔法でもなんとかなるだろう。

そう考えて回復魔法を使う。

ジェイは魔法を使えないばかりか、魔力そのものへの耐性が非常に低かった。

姉が回復魔法を掛けると魔力が強すぎて逆にやけどをする程である。

最も、一回それで失敗してからは姉はかなり加減して回復魔法を使う様になったのだが。

それ故に、回復魔法が苦手な師匠と言うのはある意味丁度良かったのである。


「まだ痛むか?」


「いえ、もう大丈夫です。ありがとうございました。」


それを聞いた師匠はジェイにそろそろ帰る様に促すが、今日は学校が休みであることを聞いてふむ、と考え直す。

それならばもう少し、この若い弟子に稽古をつけてもいいかもしれない。


「それなら少し休憩してもう少し稽古をするか。まだまだお前さんは甘いからな。それでも同年代の連中には先ず負けないであろう鍛え方はしてあるつもりだが。」


そう言って彼は木剣を置くと、薪に火をつける。

そして近くに置いてあったポットを火に掛けると岩の上に座った。

師匠の名はシエン・タカシマという。

シエンがジェイと出会ったのは3年前だった。

たまたま学校に剣技の講師として来ていた彼は、下手糞な剣の使い方をしているのに他の生徒よりは強いというジェイの事をとても奇妙に思った。

ただ魔法が使えないその一点のみで軽んじられる彼はそれでも道を外れることなく、自分の努力のみで剣の腕を磨いていた。

ジェイは剣の才は凡庸であったが、魔法とは違い、まるで使えないことは無い。故に才能の差を人の数倍の努力で埋めようとしていた。

惜しむらくは、魔法使いばかりのこの国では、ジェイの事をきちんと指導できる者が居なかった事である。

故にシエンはジェイの師に名乗り出た。

シエンはアリエスから遥か南東の島国であるヤマトから来た旅の剣客であったが、この地上では最上級の魔物であるヒドラを屠ったパーティの一員という名声はアリアスにも届いていた。

40代後半に差し掛かっているが、その剣の腕はますます磨かれている。


「さて、ジェイ。前にも言ったが、戦いと言うものは選択肢の多い方が有利になる。例えば剣士が魔法も使うことが出来ればそれだけで有利であるし、そこに体術も加われば更に選択肢は広がる訳だ。分かるな?」


「はい。確かに。」


「この国は剣士の実力ははっきり言って大したことは無いが、魔法はそうではない。俺の生まれた国と逆だな。お前さんはむしろあっちの方が過ごしやすいかもしれん。まあ、あっちはこの国のように複数の女と関係を持ったりって事は出来んがな。」


「・・・師匠、結構スケベですよね。」


「俺は助平じゃない。度助平だ。」


「はっきり言いきりましたね。」


「冗談はさておき。」


(本当に冗談かよ、このおっさん?)


「お前は『魔物憑き』の事を知っておるか?この国では『フリーマン』と呼ぶらしいが。」


「魔物憑き・・・フリーマン?」


「知らんか。体の一部に魔物の要素を持って生まれてくる者の事だ。俺の国では排斥対象になるが、この国では逆らしいな。基本的に普通の人間よりも魔力が高く、魔法の適性が高いらしい。この国で重用されるのは魔法に偏重しておるせいであろうな。魔物憑きは剣や魔法の他にも攻撃手段を持っている。魔物の要素である部分をその魔物のように動かすことが出来る。つまり・・・。」


「フリーマンと戦うときは剣術・魔法・体術の他に更に選択肢が増えるって事ですか?」


「そういう事だ。憑いている魔物の正体が分からないとその攻撃手段も分からない。これは非常に恐ろしい事だ。もっとも、産まれてくる確率が非常に低いのでな。早々出あうことは無いが。そういった手合いも居ると言う事だ。頭に入れておくといい。」


「はい。」


そう答えてメモを取る弟子の姿を見てシエンは目を細める。

愛弟子は成長著しい。剣の腕だけなら既にこの国の下級騎士にも負けないだろう。

しかしそれでも大人には敵わない。

魔法が使えないというハンディは非常に大きい。

シエンですらこの国の正騎士と一人で戦うのは遠慮したいと思っている。

何故ならば、正騎士クラスになると詠唱を破棄して魔法を使う者が居るからである。

呪文詠唱破棄は非常に難しい技術だ。

そもそも魔法とは、自身の魔力を使って神や精霊、あるいは妖精などの住む別世界へのチャンネルを開き、その呪文によって適切な相手から力を借り、自らの魔力と借りてきた力とを反応させて最終的に物理的な現象を起こす技術の事だ。

個人が持っている魔力が強くなれば借りてこられる力も強くなるし、借りる相手の属性との相性をいう物もある。

呪文の詠唱を破棄すると言う事は適切な力を借りる相手を指定するという工程を飛ばすことになり、その結果、意図した物よりも強すぎたり弱すぎたり、はたまたまったく別の魔法が発動してしまったりと制御が非常に難しくなる。

簡単に出来る事ではないし、正騎士と言えど皆が皆できる訳ではないがそれでも魔法を使う際の最大の隙である詠唱を飛ばして魔法攻撃を行うと言う事は、それが出来ない相手にしてみれば厄介な事この上ない。

シエンには出来ないし、魔法の使えないこの弟子には関係のない技術ではあるが、そういうことが出来る手合いも居ると言う事はよくよく教えていた。

願わくば、この弟子がそういった相手と殺し合う事のない事をとシエンは思っていた。






銀髪の少女が辺りを見回すとそこは街中だった。

少女は泣いていたが、周囲の人は誰一人として気にも留めない。

否、彼女の姿を見て皆畏れていた。

少女の背中には漆黒の翼が生えている。この国で言うフリーマンである。

フリーマンはこの国では排除ではなく畏怖の対象となる。

しかし、それ故に。

力の制御が未熟な子供は非常に危険であると大人は知っていた。

それ故に。

見えている地雷には誰一人として近づかなかった。

いや、本当はもう一人少女の隣にいるのだが、もう一人の明るい金髪の少女は銀髪の少女よりも更に幼く、そちらの少女も泣いていて、余計に人々を遠ざける。

どうしてこの二人がこんな所に居るのかは少女たち自身ですら覚えていない。


「ねえきみたち。だいじょうぶ?」


「ふえ?」


不意に差し出された手。

その主は、自分たちとそれほど変わらない黒髪の男の子だった。


「あ、きみケガしてるじゃないか。」


そう言って男の子は銀髪の少女の手を取った。


「これでよし。」


「・・・ありがとう。」


男の子は少女の手にハンカチを巻くと、ニカっと笑った。

釣られて少女たちも笑う。

そして男の子は少女たちの手を取って歩き出した。



そこまで思い出したところで急激に意識が覚醒し彼女はむくりと体を起こした。


(ああ、またか。)


銀髪の少女はそう考えた。

これは自分の初恋の夢。

もう顔も名前も思い出せない相手の夢。

あの日、友達のラナと一緒に何かの用事で屋敷を抜け出して迷子になって、二人で泣いていたところを黒い髪の男の子に助けられた。

今では夢の中でしか会えない彼は、本当にいたのだろうか?


そして彼女は寝台の脇に置かれた小物入れを空ける。

その中には小さなハンカチが入っていた。少しだけ血で汚れたハンカチは、あの日から少女の宝物だ。

ハンカチには小さく、「J」と刺繍がされていた。


キャラクター紹介

シエン・タカシマ 48歳 遥か東国のヤマトから来た旅の剣客でジェイの師匠。ナンパ師にしてエロ親父。割と人類の限界近くまで強くなってるがその事には気が付いていない人。真面目なのかふざけているのかが掴みにくい。


銀髪の少女 夢の中でジェイの事を想う謎の少女。背中には黒い羽根が生えている。

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