第2話 姉と王女と金の竜

ジェイが目を覚ますとそこは自室で、当然のごとく見慣れた天井があった。

何か酷く怖い夢を見た気がするが内容が思い出せない。

ぼんやりとした頭で体を起こそうとするが、何かががっちりと左腕を抑え込んでおり起き上がれない。


(ああまたか。)


そう思って左を見ると姉が機嫌良さそうに眠っており、ジェイの左腕を抱え込んでいた。全裸で。

彼女が自分に対して姉弟を超えた感情を抱いているのは以前から理解していたが、中等部へ上がってから一段とアピールが露骨になっている。


(相変わらずのぺったんこっぷり。・・・いやまあ、大きい方が好きな訳じゃないけどさ。)


ジェイは何とか姉を起こさないように左腕を引き抜くとさっさと着替えて愛用の木剣を持ち出し鍛錬へと向かう。


(ほんと、顔だけ見たら惚れる男が多いのも分かるよ、うん。目鼻立ちは整ってるし、綺麗な赤髪だし、容姿だけなら自慢の姉だよ?)


ジェイは天才(天災?)と呼ばれる姉のエキセントリックな行動に幼いころから付き合わされていた。

それ故に。


(仮に姉弟じゃなくても姉ちゃんと付き合いたいとは思わねーよなあ・・・。)


アイの好意と行動はジェイ相手にはだだ滑りなのであった。




ぶー・・・と口を尖らせてアイは教室の机に突っ伏していた。

今日こそ既成事実を・・・と意気込んでジェイのベッドへ裸で潜り込んだものの、ついつい眠ってしまって失敗した事に対する自己と、全裸の女の子が横で眠っていても手を出さないジェイへの不満をあらわにしていた。一度や二度でないだけに、フラストレーションはたまる一方である。


「どうしたのです?アイさん。そんなに口を尖らせたらアヒルさんになってしまいますわよ。」


若干人とズレた感じで声をかけてきたのはアイの友人であり、この国の第三王女であるラナである。

本来であれば王女なんてものには大量の家庭教師がついて学校に通うなんてことは無いのであろうが、この国の王家には『王族たるもの庶民の暮らしを正確に知るべし。』という家訓と伝統があり、ラナやその姉たちもまた学校へ通っていた。

この国に5つあるどの学校へ通うかは彼女自身がくじを引いた結果であり、お嬢様学校でも何でもない、本当に庶民の通う一般的な学校になったのは偶然である。


「んー・・・ちょっとねえ。弟にねえ。フラれちゃったのよ。何度目よ私。って思ってたら自己嫌悪でぶっ潰れそうなのよ。はぐれコカトリスでも出ないかしら。ストレス解消したいわ。」


「何だかいろいろと突っ込みどころが多い会話ね。ラナが聞いたことに対してその返しってどうなのよ。」


今度は隣の席のエスタである。

エスタにしてみればアイは友人である。

むろん、アイにとってもエスタは友人なのだが、ある一点においてエスタの事を敵だと認識していた。

それは忘れもしない、1年前。

エスタの事を自宅に招待したときの事だ。

別に大きい方が好きな訳じゃないと(物理的な手段で)聞き出していたはずのジェイの視線は明らかにエスタの胸に向かっていた。1年前から彼女のそれは学校でも一番であり、現在も成長を続けている。


「コカトリスなんて出たらそこらの衛士には手に得ないんだから、あんま変な事言わないでよね。」


コカトリスはこのあたりの生態系でもかなり上位に位置しており、エスタの言う事は最もであるのだが・・・。


「お昼に食べたチキンステーキ覚えてる?」


「分けてもらったやつ?凄く美味しかったけど・・・。え、マジで?」


「マジよ。私が〆たの。」


「・・・付き合い長いけど、あんたの行動は理解できないわ。てーか石化毒とか無いんだアレ。」


そんな二人の様子をラナはニコニコとしながら見ていた。


「で、弟くんは難攻不落と。」


「ぶー・・・言わないでよぉ。」


ぶーたれるアイの方を見ながらラナが口を開く。


「その。もしかしてジェイ君には思い人でもおられるのでは?」


「「そりゃあんただ。」」


3人でいた時にたまたまジェイが通りかかったとき、明らかにジェイの態度が他の二人に向かうのとは違ったのである。それは明らかに王女だとか身分だとかのせいでは無く、ラナの事を好意を持つ異性として認識している様子だった。

後で聞きだしたことだが、ジェイは小さいころからラナに対して憧れを抱いていたそうだ。なんでも5年前の王の年始の演説の時に、側に控えていたラナの事を見て一目ぼれしたとか。


「え?そうなんですの?あら困ったわ。どうしましょうかしら。」


顔を赤らめるラナに対してアイは茫然とした顔をする。


「え、まんざらでもないの?魔法とか使えないわよ?ていうか、そもそも貴族ですらないけど。」


「人の価値は魔法ではありませんわ。それに、わたくしと同じく第三王女だった伯母様は平民の方に嫁いでますし、王族と言っても割と融通が利きますの。跡取りは兄がするし、二人も姉がおりますし。・・・わたくし、まだ結婚相手決まってませんし。」


よりによって愛する我が弟と王女が両想いである事が発覚したアイは、とんでもねぇ事になっちまったぜと心の中で毒を吐く。


「後はそう・・・ジェイ君があの事を思い出してくれたら良いのですけれど。あらいけない。余計な事まで。」


思わせぶりな事を言うラナの事をアイとエスタは訝しむが、あの顔は聞いても絶対に答えてくれないだろうなと思い、それ以上は聞かないのであった。



ジェイが気がつくと、そこは深い森の中だった。

小川が流れ、木々は鬱蒼と茂っている。

ああ、またこの夢かと彼は肩を落とす。

どうせ朝には覚えていない。

けれどこの夢はとても恐ろしいのだ。

何故ならば。


ぞくりと。

頭のてっぺんから足のつま先まで震えるほどの悪寒を感じる。

その気配は自分の背後からしている。

恐る恐る振り返ってみれば、自分の真後ろには巨大な金色のドラゴンがいた。

その顔は特徴的で、顔の中央に巨大な目玉が一つだけあり、それはジェイの事を興味深げに観察している。

そして次の瞬間は消えてしまうが、ジェイはガタガタと震えていた。それは、絶対に敵わない天敵に出会った小動物の如く、このドラゴンとは戦ってはならないという本能的な恐怖であった。

この夢は朝になると忘れてしまう。

しかし、夢の中では毎回この夢を見ている事を思い出してしまうのだ。

一体これが何度目だったかはもう思い出せない。

しかし、はっきりとしている事もあった。

この夢を初めて見たのはとても小さな頃で、年に一度くらいだった。

ジェイが成長するに従って夢を見る頻度は増えていて、今では週に2度は見る様になっている。

そしてもう一つ。

それは、初めて夢を見た時は遥か遠くから感じただけの気配は、今やジェイの真後ろにまで迫っていると言う事だった。





キャラクター紹介

アイ・カシマ 15歳 ジェイの姉 72 赤髪で顔だけ見たら間違いなく国内でもトップレベルの美人。才能が魔法行使に対して振り切れており、魔力の石に触ったときは石が虹色に輝いた。弟に対しては姉弟の愛情を通り越した感情を持ち合わせており、ジェイの貞操を狙っているがいつも失敗する。天才肌であるが故か、エキセントリックな言動が目立つ。エスタの一部について複雑な感情を抱いている。


エスタ・ホーン 15歳 アイのクラスメイトで友人 98(いまだ成長中) 青髪、モブ顔だが有り余るアドバンテージ持ち。アイのエキセントリックな言動にあきれつつも見守る優しい友人。彼氏は居ない。悩みは肩こり。


ラナ・アイリス・サード 15歳 アイのクラスメイトで友人 80 金髪のアリアスの第三王女でまだ結婚相手は決まっていない。理由は第二王女が未だに嫁に行かないから。ジェイが認識する以前よりジェイの事を知っているようだ。


金の竜 ジェイの夢に出てくるドラゴン 詳細不明だが、かつて滅びた王国跡から1000年前に書かれた石板が発見された。顔の中央に巨大な一つ目がある謎の存在。

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