魔法使いの国は優しくない

ハバネロ

第1話 初期魔法と落ちこぼれ

「アルム・ケイ合格。次、マックス・オムロ。」


ピッと笛を吹き、教師は次の生徒の順番を促す。


「ハイ!」


マックスと呼ばれた少年は大きく返事をすると右手を掲げ、何やらぶつぶつと呟く。


「ファイアーボール!」


マックスが叫ぶと、その右手からは小さな火球が放たれる。放たれた火球はそのまま真っすぐに岸壁にぶつかると、岸壁には小さく焼け焦げた跡が出来ていた。


「マックス・オムロ合格。次・・・ジェイ・カシマ。どうする?やるか?」


ジェイと呼ばれた少年は少しばかり嫌な顔をする。しかし、


「やります。」


と答えると先ほどマックスが行ったのと同じ詠唱を行う。

しかし、ジェイの目の前の岸壁には焦げ跡が出来るどころか、彼の右手には火球すら出現していなかった。

周囲からの視線は冷たく、ジェイは年齢の割に小さな体をさらに小さくしていた。


「ジェイ・カシマ不合格。・・・これで全員だな。」


教師は溜息をつくと他の生徒は全員教室に戻らせ、ジェイに話しかける。


「本当にお前、剣技も魔法知識も満点なのに、何で魔法実技はからっきしなんだろうなあ。」


「魔法の才能は姉ちゃんに全部持ってかれたんですよ。多分。」


「ああ、3年生の魔法実技の首席だったな、お前のお姉さんは。でも剣技と知識は並みだったと思うが?」


「弟の俺が言うのもなんですけど、魔法を使うことに関しては天才なんですよ姉ちゃん。理論じゃなくて自然に体が動くみたいな。俺が小さいころには使えてたし・・・その、俺の剣技は・・・まあ、姉ちゃんよりは頑張ってますよ。それに、確かに実技はダメですけど、せめて知識はと思って勉強もしてるつもりです。」


今年で13になる少年は二つ上の姉の自慢と必死の自己弁護をしていた。


(分かってはいたが、さてどうしたものかなあ。)


教師は考え込む。

魔法の王国と呼ばれる極北の国アリアス。この国ではどんな身分の人間でも必ず魔法が使えるように義務教育を行う。

特に冬が長いこの国では炎の魔法は生きるための必須スキルであり、最低限だれでもこれだけは使える様にと教えられる。

今行われた試験は初期も初期の、それこそ才能がある者であれば、言葉を喋る様になれば直ぐにでも使える様になるほど簡単な魔法の発動試験で。

所謂義務教育課程の最低限の物であり、この先に進んでも大丈夫かというほんの確認事項であり、本来であれば誰一人として落後する者など居ない筈の試験で・・・ジェイはその本来居ない筈の落後者となってしまったのだ。


(魔力の石はジェイが入学してから一度として反応していない。となるとやはりジェイは魔力を持っていないと言う事になるのか?いやいや、下位アンデッドじゃあるまいしそんなことは有り得ないはずだ。だって、こいつはちゃんと生きてるじゃないか。)


この学園の中央ホールには魔力の石と呼ばれる石が設置されている。

それは触れるだけでその個人が持っている魔法の素質を炎の魔法が得意なら赤、水や冷気なら青と、それぞれの光を放つことで教えてくれる物だ。

入学したときに全員が必ず触り、その適正を検査される。

その時点の魔力の大きさによって光の強さは多少変わるが、それでも必ず反応していたのだ。ジェイが触るまでは。

生物であればそれこそ、そこらを飛んでいる羽虫であっても必ず魔力は持っている。魔力を持っていないのは、下位アンデッドと呼ばれる知能すらなく生物を襲う亡者や、機械兵器だけのはずだ。

それ故に教師たちはそんな事は有り得ないと何度もジェイに魔力の石を触らせたし、ジェイもそれを嫌がったりはしなかった。偉大な魔法使いである母親と、天才の名を欲しいままにする姉を見て育った少年は、自分にもきっと魔法の才能がある筈と信じていたからだ。

しかしそんな彼の思いとは裏腹に、魔力の石は一度として光らず、彼の魔法も一度として発動しないまま入学から約6年、今日に至っている。


ビュウと風が吹く。暖かくなってきたとはいえ、朝になれば水桶は凍るし、山肌の雪も溶けてはいない。まだまだ春の訪れは遠い。

教師はジェイの方を見ると、


「ジェイ。とりあえず教室に戻りなさい。君の成績の事はまた相談するとしよう、ここは寒いからな。」


と促す。


「ハイ。先生も早く戻った方がいいですよ。」


ジェイはそう返事をするとくるりと先生に背を向けて走った。

その眼には一筋の水滴が流れていた。

彼はやはり、とても悔しかったのだ。

そして教師はそんなジェイに気が付いていた。



教室に戻ったジェイを待っていたのはクラスメイトであるマックスだった。

このクラスには30名ほどが在籍しているが、男子はジェイと彼を含めて3人しか居ない。

ジェイが机に座ると、隣の椅子を持ってきてジェイの正面に座る。


「ジェ~イ~。お前アレに落ちるとかバッカじゃねーのー。ってあれ、お前泣いてね?ヴェインに何言われたんだよ。」


「別に何も・・・てーかさ、あんまバカにすんなよ?剣技の授業で泣かすぞ?」


「こえーこえー。剣でお前に勝てないのはこの6年で骨身に染みてんだよ、勘弁してくれって。」


「まーな。まあ、魔法は絶対勝てないんだけど。」


「・・・いやさあ、お前が魔法使えたら誰も勝てねーぞ多分。お前、剣だと学園でもトップクラスじゃん。こないだも3年の先輩シバいてたじゃん。あっちが魔法使わなかったからだけど。」


「使わせなきゃいいんだよ。詠唱させなきゃ怖くねーもん。詠唱せずに魔法使えるのなんて殆どいねーし。3年でも姉ちゃんくらい。いやまあ、こないだのはさあ。向こうにも使えない事情が有ったみたいなんだけどな。」


そう言ってジェイはひらひらと手を振る。

その手はとても少年の手とは思えないほど分厚くゴツゴツとしていた。

魔法が使えないのならばせめて剣はと、他の人間の数十倍の努力をしてきた結晶である。マックスはそれに気付いていたが、その事については何も言わなかった。


マックスが訪ねる。


「事情って?」


「姉ちゃんに告白したんだと。そしたら姉ちゃんが、『私の弟に剣だけで勝てたら付き合ってあげる。』と言ったらしい。今までの野郎の襲撃は大体そのせいみたい。」


ジェイは度々、姉と同年代の男子から喧嘩を売られていた。

それがどういう訳か毎回剣だけでの勝負であったため、ついに前回痺れを切らして倒した相手から聞き出したのだ。

ちなみにそのことを姉に問い詰めると、

『いいじゃない。剣だけでの真剣勝負ができる機会なんて殆どないわよ?』

と言ってニヤニヤ笑っていた。

ジェイにとってそれは、世界一邪悪な笑みであった。


「・・・それさあ、付き合える奴いないじゃん。」


「ブラコンなんだよ、勘弁してくんねーかなあ。この国って兄弟でも結婚できるじゃん?狙われてんだよ俺。」


「うわー・・・きっついなあそれ。」


そうなのだ。このアリアスという国は男女比が3:7とやや男性の数が足りない。

理由は不明だが、男の子が少しばかり生まれにくいのである。何度か他国から移民を募った事も有るが、それで生まれてくる子供も女の子ばかりだった。

そして、他国で結婚した者は普通に男の子の兄弟に恵まれたりしているので、女の子ばかり生まれるのは土地に掛かっている何らかの呪いのせいではないかと言うのが通説である。

それ故に、国を維持するために男は妻を何人か娶るのが普通であるし、推奨こそされないが、兄弟間での結婚も認められていた。

国のシステム上異母兄弟がいるのはよくある話であるし、その結婚も年間に数組程度はある。しかし同じ母親から生まれた兄弟姉妹で結婚する事は10年に一度有るか無いか程度であった。


今度はジェイがマックスに問いかける。


「ま、姉ちゃんのブラコンは置いといてだ。お前、姉ちゃんと付き合いたいと思う?」


「アイさんと?そりゃあなあ。お前から聞いてる限りだと性格は若干アレだけど間違いなく美人だしなあ。胸は無いけど。」


「なるほど。消し炭になるのと氷漬けにされるのとどっちがいい?」


「黙っててくれ。」


「ロゼッタのバターサンドで手を打とう。」


「わーったよ、今日の帰りな。先に帰んなよ?」


「おうよ。あ、フェイも誘おうぜ。」


「当たり前じゃん、3人だよ3人。」


予鈴が鳴る。

するとマックスはじゃあ後でなと手を振って自分の席へと戻っていった。

彼らのやり取りはいつもこの様な感じで、一見すればジェイがマックスに集っていたいたかの様に見える光景も、実はクラスに3人しか居ない男子の持ち回りで、献立は奢る当人以外の二人のどちらかが指定するのが常であった。

ロゼッタのバターサンドは彼らの現在のお気に入りであり、提案したとしても誰も反対はしないのだ。


ジェイは歴史の教科書を取り出して捲る。

そこには金色のドラゴンの絵が描かれている。

そのドラゴンは非常に特徴的で、顔の半分程が一つ目になっている。

そして、ジェイはその一つ目のドラゴンに何故か見覚えがあったのだ。

どこで見たかは思い出せない。

何故ならば、その絵は数年前に遺跡から見つかった、1000年も前に描かれた筈の絵だったからである。




キャラクター紹介

ジェイ・カシマ 本編主人公 13歳 男 黒髪 チビだけど筋肉質なせいで重い 顔は悪くない。魔法の国アリアスでただ一人魔法が使えない少年。剣は我流だったが伸び悩み始めたところで師に会い矯正される。努力家。童貞。モテないと思い込んでいるが、実は姉のせいである。


マックス・オムロ 13歳 男 赤髪 でかくてマッチョ 顔は男前。ジェイの悪友その1で彼女持ち。魔法も剣もそこそこ使える。


フェイ・アンダーソン 13歳 男 緑髪 中肉中背 美形。ジェイの悪友その2。女性からするとぱっと見保護欲を誘うタイプであるが、その実は腹黒。複数の年上女性と関係を持っているらしい。剣はからっきしだが回復魔法が得意な僧侶タイプ。女神とて誑してみせると言う謎の自信を持っている。


アルム・ケイ 13歳 女 赤髪 中肉中背 B モブ顔

マックスの彼女その1 その3まで居るらしい(この国では普通)


ヴェイン・アンダーソン 28歳 男 緑髪 フェイの兄でジェイたちの担任教師。既婚(二人)。弟と違い熱血漢で真っ直ぐなタイプ。そこそこマッチョで近くにいると暑苦しい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る