真綿で首を絞めるように

@chauchau

君の言葉は


『ごめんね、津田くんのこと嫌いってわけじゃなくて』

『別に今他に好きな人が居るわけじゃないんだけど』

『あー、その気持ちは、うん、素直に嬉しくて、その』


『『『津田くんはいいひとなんだけど……』』』







「じゃあ、付き合ってくれよッッ!!」


 振り下ろされた拳が鈍い音を響かせる。隣近所の席に座っていた他の客がなんだなんだと視線を向けるものの、ずらりと並んだ空の大ジョッキの数を確認しただの酔っ払いの戯言かと興味はすぐに失われていく。


「そうだねぇ」


「だって、なんで、だってさァ!」


「うんうん」


「いいひとって、そう言われたら何も言えなくてッ! だからいいひとなら付き合ってみてもッ! そっから考えてみてもしかしたら相性良いかもしれなくてッ!」


「あー、あるある」


「素直に言えよ、俺のここが嫌いって! ここが嫌で付き合いませんって言ってくれよぉ! そしたら俺、そこ直すんだよぉ、直すからよぉぉぉ~~ッ!!」


 瞳から鼻から色んな汁を垂れ流し、男は店自慢の超大ジョッキハイボールを飲み干していく。

 彼が店にやってきて早一時間。ずっとこの調子が続いていた。店からすれば良い迷惑ではあるのだが、一応ちゃんと注文し店に金を落としてくれていることと、愚痴っている内容があまりにも情けないこと、そしてなにより、


「よしよし、たんと飲んで泣きなさいな」


 酔いつぶれていく男の隣に、ちゃんと介抱役が座っていたため男は強制退場を免れていた。情けなく泣き続ける男に若干適当感はあるものの、律儀に返答をしてあげる一人の女性。

 ハイボールを水のように飲み干していく男とは違い、日本酒を少しずつ嗜む彼女の飲み方は実に絵になっていた。


「……ぐず、なぁ……、さくらぁ……」


「ん~? なんだい」


「俺、どこが駄目なのかなぁ……」


 捨てられた子犬のようにか細い男の声色に、ずっと前を向いて飲んでいた女性、桜は隣の男へ視線を移す。

 彼女の視界には、鼻水とか涙で見たくもないほどに汚くぐじゅぐじゅになった男の姿。これが自分の幼馴染だと言うのだから情けない、とため息もつきたくなる彼女だが、さすがに今ここでそれをすると本当に心を折ってしまいかねないと自重する。


「今日で何人目だっけ、フラれたの」


「……十三人目………」


「多いね、相変わらず」


「そりゃよ……」


 むくり、と男は崩れ切っていた身体を持ち上げる。手を伸ばしたのは殻付き銀杏。ぱきり、ぱきり、と器具を用いてその固い殻を割っていく。


「美人のお前と違ってさ。俺は顔は良く言って普通だし、運動神経も頭も別にこれといってだし、じゃあ面白いかと言われたらこれまた普通だしよ」


「味があるとは思うけどね」


「でもよ、やっぱり彼女欲しいわけよ。大学生なんだから、キャンパスデートの一つとか、ぐだぐだおうちデートとかしたいわけよ。分かるか?」


「分かる分かる」


「じゃあ、頑張るしかねえじゃん……、黙ってて女の子が告白してくれるなんて少女漫画の世界だけだっての、頑張るしかねえじゃん! だから頑張ってんだよ! でも、駄目なんだよぉ……!!」


 いつも注文するだけあって、愚痴りながらでも彼は器用に殻を割っていく。初めて一緒に食べたときは独特の風味が苦手だと言っていたのを彼女は少し懐かしく思い出していた。


「それがさ……、三年生になっても彼女歴イコール年齢で。サークルの後輩にもネタにされていく始末でさ……、あれだぜ? 俺と一緒に居ると惚れられるから要注意な、とか新歓コンパで言われていくんだぜ……、馬鹿みたいだろ……」


「可哀そうにな」


「実際惚れたんだけど」


「十三人だもんな」


 大学に入って実質二年ということを考慮すれば、だいたい二か月に一回は告白しているようなものである。それはまあ、ネタにされるのも致し方ないかもしれない。


「俺以外の同期はさ、どんどん彼女出来てて。元々モテてたのは良いんだよ、しょうがねえよ住む世界が違うんだから。でもよ、俺と同じで今まで彼女居たことない奴らもどんどんでさ、もうさ、なんかさ…………はぁ……」


 全ての銀杏の殻を剥き終えて、彼は再び崩れ落ちていく。

 ほくほくと湯気を立てている美味しい実を口に放り込みながら、彼女は少しだけ困った風に悩んだものの、何か決心した瞳を見せていく。


「……言おうか?」


「…………うん?」


「君が、いいひとって言われてフラれる理由」


「まじかッッッ!?」


 抱き着かんばかりに立ち上がり近づく彼の肩に手を置いて、無理やり座らせた後、ため息一つ彼女は口を開く。


「ショックだと思うけど」


「それはしょうがねえ。でもそこを変えればなんとかなるんなら俺は聞く!」


「……、いいひとってのはね。とどのつまり、どうでもいいひとってことさ」


 ひく、と頬が一瞬引きつったのを見逃さず、彼女は御猪口を持ち上げ、唇を濡らす。


「まず、当たり前だけど誰だって嫌われたくはない。君の場合、後輩だとか先輩だとか同期だとか、まあ近くの人に告白しているんだろう? なら、なおさらだ。これからがあるからね」


 すでにショックを受けているのは火に見て明らかだが、それを彼自身が望んだのだと彼女は言葉を紡ぎ続ける。


「なら、貴方のここが嫌いです、とか、物足りませんとか、他人に聞かれたら自分の株を落とすような台詞を言う人は少ないものだよ。色恋沙汰なんてのは酒の席での恰好のネタだ。もしもそんな断り方をしたと広まれば、自分が不利になる。もしかしたら本当に好きな人が居るかもしれないしね」


「だから、」


「いいひと。なんだけど……」


「……………………普通さ」


「うん」


「その断り方ってさ、ふんわりしてて傷つけないようになっているわけじゃん」


「そうだね。双方にとってね」


「でも、みんな一緒なんだよ。十三人全員がその答え、そしたらなんか……もうさ、」


「真綿」


「あ?」


「真綿で首を絞める。聞いたことないかぃ?」


「あー、ことわざの? うん、そう、それそれ。そんな感じ……。ほかにもさ、酒の席で女の子が、えー津田先輩って彼女居そうなのにぃ、意外ぃ! とか言われるんだけど」


「それを言うってことはつまり、貴方は私の眼中にありません、と宣言しているとほぼ一緒だろうね」


「……だよな」


 注文していた焼き鳥五本セットが運ばれる。どよんとした空気のなか、彼は分けやすいように串を外していく。


「いいひと、脱却出来るかな……」


「ここまで来たから言うけどさ」


「おう」


「高校なり大学なりの恋愛に、結婚と言う節目を見据えている者は少ない。勿論、そのまま付き合って結婚は多いパターンだけどね。でも、学生の時分でそこまで考えて人生設計しているものは、と聞かれればそんなことはないさ。実際、数か月どころか数日で別れたなんて話もザラだしね」


「ぽこぽこ変えている奴もいるしな」


「そうなってくると、相手に何を求めるかが重要になる」


「……うん?」


「極論、……暴論かな? を言うけど、彼氏彼女ってのはアクセサリーのような面があるってことさ」


「俺を友達に紹介しても、褒めるとこなんか出てこないだろうな。まあ、あれか優しそうだね、ってところか?」


「女性が男を褒めるべき箇所を見つけれないときの最後の砦だね。それとね、君は、なんだろうか安心感がありすぎるのかもしれないね」


「時々言われるけど、よく分からん」


「君は旦那には持ってこいということさ、だけど、彼氏ではない。今だって、なにも言わずに料理を取り分けて、自分が食べれないのに私が好きな銀杏を注文し殻まで剥いてくれた」


 彼が分けてくれた焼き鳥に彼女は箸をつける。


「どうすりゃ良いんだろうな」


「さて。偉そうに言っているが私も年齢イコール彼氏いない歴の女だ。加えていえば、チャラチャラした所謂彼女をとっかえひっかえしているような男など願え下げなものだから、どうアドバイスしたものか分からん」


「チャラチャラなぁ……」


「君がそうならないことを幼馴染として祈るよ」



 ―――――――――――――――――



「ぁざっした~~ッ!!」


 時計の針が頂上を超えるころ、二人は店を後にした。ふらふらと足元がおぼつか無い彼を彼女が必死に支えている。


「うっぷ、ッ!」


「ほら、ちゃんと歩いて」


「悪、うぅ!?」


「ああ、もう……、いっそのこと思いっきり溝に吐きなさい」


「…………うぶげぇぇ~~ッ!!」


 びちゃびちゃ、と吐しゃ物をぶちまける背中を彼女は優しく撫で続ける。


「どうだい」


「……少し、すっきりした……、悪いな」


「良いさ。それよりこっちはもう終電がないんだ。いつも通り泊めさせてもらうよ」


「ああ、ちゃんと布団もあっから」


「寝間着も借りるよ。まったく何が悲しくてフラれて酔いつぶれて吐くまで飲んだ男の部屋に泊まらなくてはいけないのか」


「良いじゃねぇか、幼馴染なんだからよ」


「そういうものかな」


「……なんじゃね? 分からねえけど」


 幾分酒が抜けたとはいえ、まだ不安感の残る彼の腕をがっちりと掴みながら二人は彼の下宿先へと暗い道を歩いていく。


「まったくもって、真綿な言葉だよ」


「あ?」


「こっちの話。さ、しっかり歩いて、ほら」


「お、っ、待、待って、早、! 早い……!」


 引きずられていくようにして、彼の悲鳴は闇の中に吸い込まれていくのであった。

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